山ノ神社 小屋コ焼き

2016年12月12日
昨日は秋田市内でも結構な量の雪が降った。
気温も0度かそこらのたいへん冷えた一日だった。
本格的な冬到来である。
で、お祭りや行事などがこの時期にあるかというと、やはり少ない。
年が明ければ小正月行事などが目白押しなのだが、12月は年の瀬ということもあるのだろうか圧倒的に少ないのである。

そんな状況ながら管理人が興味を覚えた、ある素朴な行事が横手市城野岡(じょうのおか)において開催される。
「山ノ神社 小屋コ焼き」である。
「小屋コ」とは「小屋ッコ」ぐらいの意味であろう。
東北地方において名詞のあとに「~ッコ」とつけて呼ぶ呼び方が未だポピュラーなのは広く知られているが、これも同じ使われ方と思われる。
管理人の実家(県南)のあたりでもやはり「~ッコ」という言い回しが頻繁に使われるし、管理人も地元の食堂で煙草を吸いたいときは「灰皿ッコエンすか?(灰皿借りていいですか?の意)」と言ってしまう。
そもそも「こややき」では少し言いづらいし、「こやこやき」と呼んだほうが語感的にも優れている。

そして小屋コ焼きだが、見事なぐらいに情報が少ない。
もともとこの行事を知るに至ったのは「秋田の祭り・行事」を読んでのことだが、他に情報を得るべくネットを探した。
と、こちらの記事に詳細なレポートや説明があり、たしかに行われているのだなと確信する。
ただし記事は2010年のものであり、その後に途絶えている可能性もあると考えて、横手市教育委員会文化財保護課に確認の電話をする。
たしかに今年も例年通り12月12日に開催されるとのこと
ほっと一安心
また、管理人は「秋田の祭り・行事」に記されていた開催時間(夜8~10時)を鵜呑みにしていたのだが、丁寧にも文化財保護課の職員の方が城野岡の方に確認を取って下さり、実は夜7時から開催という情報も得られたのだった(教えていただいて助かりました)。

開催日の12月12日は月曜日に当たる。
秋田市内の行事ならともかく、仕事終わりに横手まで車を走らせて見に行こうとは通常考えない。
しかも週の初め、月曜日である。
が、おそらくたいへん慎ましく行われるであろうこの行事に心惹かれたこと、会社↔家の往復で終わる1日ではない日もたまにはいいなあとぼんやり考えたことなどがきっかけとなり、この行事を見ることに決めた。
そして当日
少し早目に仕事を切り上げて秋田南ICより秋田道にのり、ひたすら南下
横手ICで高速を降りて迷うことなく山ノ神社に到着したのだった。
前日にgoogleストリートビューを見て、高速を降りたあとのルートを入念にイメージトレーニングした成果だろう。
ちょっと嬉しい。
それにしてもさすが横手
昨日はこの時期にしては珍しいぐらいのドカ雪だったらしく、すでに家屋の屋根に3~40cmほどの雪が積もっている。
反面、道路上には全くと言っていいほどに雪はなく除雪態勢の良好さを感じさせる。

主要道から山ノ神社へ入る目印となる城野岡会館
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城野岡会館から曲がって入る道路の左手側に神社があるのだが、どの道を行けば神社の参道へ繋がるかが分からない。
ストリートビューで神社近くまでのルートは表示されていたが、神社へ続く細い道は表示されなかったのだ。
明らかにすぐそこに神社があるのが分かるし、しかもそのあたりから人々の話し声も聞こえてきているので場所は間違いない。

写真左側の道路を入り神社に行きます。
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左に曲がるとこんな風景
このあたりの細い道はストリートビューでは表示されない。
写真ではメチャクチャ暗く写ってしまったが、実際には月明かりでそれほど暗くない。
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ちょうど行事の始まる7時少し前ということで何人かの人が神社に向かっていたので後を付いていく。
すると、どうみても普通の民家の敷地内に入っていくではないか。
「あれ?この人たちは神社に行くのではなく家に帰るだけなのかな?」とも考えたが、さにあらず。
一般家庭の敷地内を通過して神社への参道に入るのだった。
ということで行事の始まる少し前に無事に到着

神社の鳥居
それにしてもピントの定まらないボケボケの写真ばかりで恥ずかしいかぎりです。
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神社の境内にはすでに20~30人ぐらいの人が集まっていた。
大半が地元の方と思われる。
横手市のFacebookにこの行事を掲載するということで市役所職員の方もいらしていた。
また、やはり火を扱う行事だけに地元の消防団の方も参加というか立会っていた。
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そして神社の前方にこれから火を放たれる小屋がある。
その「小屋」なるものだが、4~5本の太い木を円錐形に組んでそれに藁をかぶせて作ったものであり、それが小屋かと言われるとちょっと違うのだ。
藁はその年に収穫された稲のものであり、この行事のために神社横の小屋(こちらは本当の小屋です)の中にストックしておくらしい。
また、各家庭から集められる藁の量も田の面積を基準にして決められているとのこと

藁保管用の小屋
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それにしても、高さ7mほどと言われる小屋コだが、近くで見ると結構高い。
しかも円錐形という形状のせいか、すこし人型に近くて、藁の怪物を思わせるところがある。
このてっぺんあたりが顔部分ということになろうか。
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そして小屋焼きの時間7時を迎える。
神社の中からロウソクを持った方が何人か出てきて、せーのというかんじで小屋に火を放つとみるみるうちに火が回るのだった。

火が付いたからといって、どんど焼きのように炎で団子を焼いて食べたり‥ということはしない。
ただ燃え上がるさまを眺めるだけだ。
それでもこの寒空の中、大きな焚き火となり参加者を暖めてくれる。
何故かわからないが、それだけで気持ちが満たされていくのを感じた。
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結構な火の勢い
火のついた藁が人の集まっている方に落下する恐れがあるのでちゃんと見ていないといけない。
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小屋焼き行事について少し調べてみた。
火祭として代表的なのは「左義長」と呼ばれるいわゆるどんど焼きである。
無病息災を願う小正月行事としてとして全国各地で行われているし、秋田県内各地でも類似の行事が行われる。
で、小屋焼きとなるとこれもおそらく全国的に行われていると思うが、ネットで調べても詳しい分布はよくわからなかった。
管理人的には新潟県十日町の奇祭バイトウが念頭に浮かぶ。
バイトウと呼ばれる藁小屋の中で飲食をし、その後に小屋に火をつけて五穀豊穣を願うという行事である。
何年か前にテレビでこの様子が放送されているのを見て、面白そうな祭りだなあ‥と興味を惹かれたのだった。
秋田県においては、にかほ市の「上郷の小正月行事」におけるサエの神小屋焼きがよく知られている。
(上郷の小正月行事は国指定重要無形民俗文化財に指定されている。因みに上郷の小正月行事の一つである奇祭「嫁つつき」が、来年2017年は新婚家庭がないため行われないという情報を先日「山田地蔵祭り」でご一緒したKHB東日本放送の方から教えてもらった。)
おそらく小屋コ焼きも小正月行事の一つだったのが、地域の都合などで12月のこの時期の開催に変わったのではないか?と地元の方からお聞きした。
また、12月12日は林業における山神の日であり、この日に祈願祭や忘年会や新年会を催すため、その影響もあるのではないか?とも教えてもらった。
なお、山ノ神社のお祭りについても、本来の例大祭の開催日である9月18日だと農作業の繁忙期と重なるため、1ヶ月前倒しして8月17日か18日に開いているとのこと
地元のおじさんが「このへんの人たちは全部自分たちの都合優先で決めるからね」と話しておられた。

火が参加者を暖める。
皆、一様にしみじみと火を見つめるのだった。
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地元の人からこの行事の起源について教えてもらったが、300年ほど前とも室町時代から始まったとも言われており詳しいことは分からないらしい。
そして管理人が気になるのは先ほど紹介した、秋田花まるっグリーンツーリズム推進協議会ブログ記事にも書かれているように、昔は小屋コは本当に小屋の形をしており、子供達が中で遊んでいるところに大人たちが押しかけて火をつけるという一連の動作である。
おそらく儀式的なものだったと思うが、今はその攻防は行われておらず小屋を燃やすという部分だけが切り取られた恰好になっている訳だ。
地元の若い方は以前はそのようなやり取りが行われていたことをご存知ないようで、年配の方が小さい頃の記憶として留めておられるだけに過ぎない。
復活させるというのは難しいにしても、大人たちと子供達がどのような約束事のなかで、どのような攻防をしていたのか、を今のうちにできるだけ詳細に記録しておいたほうがよいと思うのだがいかがだろうか。

神社の上から撮った様子
横手市を代表する大病院、平鹿病院が後方に写り込んでいる。
それにしてもこの神社、少し高いところにあって見晴らしが良い。

炎は15分もすれば勢いがなくなり、消えるのを待つだけとなる。
参加者も一人二人と帰っていくのだった。
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この行事を仕切るのはその年の当番の方となる。
城野岡には全部で58戸ほどの戸数がある、と教えてもらった。
かなり以前にこの行事を行わない年があったが、その年に限って地区で火災が発生して、ある方のお宅が焼けてしまったそうだ。
それ以来行事を怠ると禍をなすというので毎年続けているとのこと
小さな行事ではあるが、細々と続いている訳ではない。
このあたりは横手市中心部から遠くなく、決して過疎の村ということではないし、この先も地域の人たちの心の拠り所としてささやかに続けられていくのだろう。

昨日は結構雪が降ったが、今日は晴天
雪が積もる神社の境内を月明かりが照らす風景はなかなかに趣がある。
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火はほとんど消えかかっている。
火が消えるのをしっかりと見届ける必要があるので何人かが立ち会うものの、すでに行事が終わった雰囲気が漂う。
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せっかくこの行事を見に来たのだから‥と神社の中にあげてもらい、お神酒を頂いた。
神社の中はストーブが点いていてほっこりと暖かい。
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神社の中は年季を感じさせる作りだが、大きさの割には重厚で冬でも寒くなさそうなかんじだ。
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今年の当番のお二人
ご苦労さまでした。
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神社を後にして、そのまま帰路につく。
行事が始まってあらかた終わるまで30分ほど
思っていたとおりの素朴な行事だった。
これから厳しい冬を迎えるこの時期に、地域の人たちが集まる。
そして、小屋コを取り囲んで火が上がるさまを眺める。
一見大きな意味や意義はなさそうだが、地域の人たちが集まって焚き火のごとく燃え上がる小屋コを見て、各人が地域の営みに思いを馳せつつもこの先の平穏を願うということが大事なのだと思う。
地域のささやかながら大切な行事としてこれからも末永く続いて欲しい。


4 Replies to “山ノ神社 小屋コ焼き”

    1. ありがとうございます。
      秋田には、管理人も知らないような小さな行事がまだまだたくさんあると思います。
      隣人1号さんもいろいろ調べると面白いかもしれませんよ。

      1. 私の出身は湯沢市の三関地区でその昔、関口、上関、下関の三ヶ所に「関所」が有ったので三関と言われています。その中の下関という所で、三関のせり、サクランボが全国的にも有名。
        その村祭りに子供達が「恵比寿俵」を作り家々を回ります。さて、その歌詞が凄いぞ。
        一番♪姉ちゃ〜なぁ〜よ〜こちゃむげよ〜、♪頬被りウソだ〜、晩げなぁ行ったどぎ、おしゃぇでやるな〜え〜、、、夜這いの歌。
        二番、これがヤバイ♪山のなぁ〜あげび(アケビの実)っこよ〜、♪なに見で〜開ぐ〜、沢のなぁ〜松茸見て開くな〜え〜、、、今考えると赤面もの。
        昔の人は、性教育も大らかでした。都会ならPTAが騒ぐ歌詞ですね、、、笑。

        1. 隣人1号さん
          いつもコメントありがとうございます!
          二番の歌詞、凄いですね~
          確かに都会では聞けそうにないですね。
          いつか三関の地で、子供たちが声高らかに歌うところを見たいです。

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