一日市裸参り

2017年1月1日
2016年もいよいよ終わろうとしている。
前回の記事、男鹿のナマハゲを存分に味わったのち自宅に帰らずにそのまま向かったのが、今回取り上げる一日市裸参りである。
裸参りの開始は1月1日午前0時
おそらく1月1日午前0時に始まる行事は全国に数多くあると思うが、この行事もその一つである。

20人ほどの若衆が八郎潟町内の6箇所の神社(内一つは消防署分署の施設)を、鉢巻にサラシ、白短パン、足袋に草履という出で立ちで参拝するのがこの行事である。
しかもただ参拝するのではなく、走って6箇所を次々と訪ねるという。
寒いし、疲れるし、やっている側はかなり大変だ。
下調べを‥と思い、youtubeにアップされている幾つかの動画を見ると確かに走っている。
どのようなコースを走るのか?については八郎潟町HPに掲載のこちらの地図が参考になった。
一日市神社や湖東地区消防署八郎潟分署など大きな神社や施設などはすぐに所在が判明したが、中嶋稲荷神社や押切愛宕神社などはかなり小さいらしく、どこにあるのか全く分からない。
ということでgoogleストリートビューとyoutubeの動画を照合し、場所の確認をすることとなった。
どうにか調べた位置は以下のとおり

中嶋稲荷神社

押切愛宕神社(地図の中央あたりです)

神社、施設6箇所全てを回ることも考えたが、全部をフォローするのもちょっとウザがられるかな?など考えた末、一日市コミュニティ防災センターでの出発の様子を見たあとに以下のコースを辿ることに決めた。
1,一日市神社
2,湖東地区消防署八郎潟分署
3,押切愛宕神社
4,大川菅原神社
これら4つを自動車で移動してときに先回りし、ときには後方から追いかけて撮影するプランを立てたのだった。

さて当日に話を戻そう。
男鹿のナマハゲが終わった夜9時半すぎに男鹿市北浦安全寺を発つ。
自動車で移動するには途中大潟村を経由する訳だが、車通りがほとんどなく、吹雪などでノロノロ運転をさせられることもなかったため、途中で休憩を入れても想定より早い11時には裸参りの行われる八郎潟町に到着したのだった。
ただし気温は相当に低い。
大潟村を通過した際には道路脇の寒暖計がマイナスを指し示していた。
そんな中で裸参りというのは、管理人にはちょっと、いや絶対無理だ。

八郎潟町内に入ると通り沿いに紙の灯篭が飾られ、風情が溢れている。
本当は夏の一日市盆踊りの際に飾られる灯篭だが、何年だか何10年だか前から裸参り行事などのイベントの際にも飾るようにしたのだとか
とても綺麗だけど、雪景色の中の紙灯籠というのも見たかった気がする。
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11:00過ぎに出発前の水垢離が行われる一日市コミュニティ防災センターへ到着
裸参りを行う若者たちは防災センターの中で支度中である。
それでも今や遅し、とばかりに行事の開始を待つ人たちが10~20人ほどいた。
秋田魁新報の記者さんや八郎潟町職員の方などもカメラを携えて来場していた。
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この樽神輿持って走るのきついよなあ‥と思って眺めていたが、地元の方の情報によると「中は空」だそうだ。
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そして、その方に教えていただいたのだが、これまでは行事に地元の中学生が参加していたものの、今年は中学生の参加は見送りになったそうだ。
その理由が「受験を控えたこの時期に、屋外で裸になって風邪などひかれたらたいへん」という親御さん方の配慮によるものらしい。
おそらく中学生のなかでも中三ぐらいの子たちが参加主体となっていたのだろう。
「これからの受験に向けて、裸参りで一発気合入れよう!!」という意味で参加させてもいいんじゃないか?と考えてしまうが、今どきの親御さんは真逆の思考をするんだなあ、と考え込んでしまった。
最終的な判断をするのは地元の方たち、および八郎潟町なので管理人が何かを言える立場ではないが、伝統行事の在り方をついつい考えてしまうのだった。

時間の経過とともに地元の人たちが続々と集まり、徐々に会場周辺が活気づいてきた。
やはり深夜の行事ということで若い人たちが多い。
おそらく一日市の人たちには新年のお参りと裸参りはセットの行事という共通した認識があるのだろう。
そして11時半を迎える。
下着姿の若衆が登場し、水垢離を始める。
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水垢離もきついよなあ‥と思って見ていたが、このように水垢離をすることで毛細血管が拡張し、その後はかえって体が温まるのだそうだ。
サウナのあとの水風呂と同じ原理だ。

一度防災センター内に下がった若衆が、正装に着替え再度登場
まずは建物前で記念撮影
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若衆の人数を数えると総勢15名
youtubeで以前の動画を見たときにはもっと人数多そうだったけどなあ‥といささか寂しい気になってしまう。
が、若衆にはそのような感傷は要らない。
これからのハードな行程に向けて皆引き締まった表情をしている。
因みに最前列でしゃがんでいる男性の右側の方が八郎潟町町長である。

そして0時を迎えて、ほぼ定刻に出発
「ジョヤサ!」の掛け声が勇ましい。
「除夜の鐘を合図に走り出す」みたいな情報を事前に聞いていたが、管理人には除夜の鐘は聞こえなかった。

最初に参拝する一日市神社まで近道があるそうで、そこだけは徒歩で移動することにした。
裸参り行列は一度大通りに出てから神社に向かうため少々遠回りになるのだ。
歩いて5分とかからずに一日市神社に到着
もう元旦の0時を過ぎたため、神社の境内はお参りの人たちで溢れていた。
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そして管理人が神社についた直後に、裸参り行列も神社に到着

参拝の様子
五穀豊穣、家内安全などを祈願する。

参拝が住むとすぐに裸参りは次の目的地、湖東地区消防署八郎潟分署に向けて走り出す。
管理人も遅れまじ、と防災センターに戻り車に飛び乗り移動を開始する。
八郎潟分署は大通り沿いにあって場所は分かりやすいが、裸参りマップによると一日市神社参拝のあと10分で行列が到着するため、のんびりとはしていられない。
ということでそれなりに急いだつもりなのだが、八郎潟分署に着くとすでに行列が到着しているではないか!
想像を上回るスピードなのだ。
八郎潟分署車庫内に祭ってある神棚に向かって拝礼
なにゆえ消防署の分署が裸参りコースに含まれているのかよく分からなかったが、どなたかに聞くべきだった。

地元の方から聞いた話だと先頭を走る露払いのスピード如何で早くなったり、遅くなったりということがあるそうだ。
ただ、走り始めてから終わるまでおおよそ1時間ぐらいが目安の行事なので、極端に早かったり遅かったりということはないらしい。
若衆は八郎潟分署で少し暖かい飲み物を入れた後にすぐ出発

管理人は当初の予定どおり、中嶋稲荷神社はスルーして押切愛宕神社へ先回りする。
googleストリートビューで予習した甲斐あって迷わず到着できた。
大通り沿いには裸参りに拍手を送る地元の人たちがたくさんいたが、中嶋稲荷神社~押切愛宕神社へ続く道路は大通りから外れるため、これまでとは少し雰囲気が異なり、暗い夜道を駆け抜けることとなる。

押切愛宕神社の社屋
注意しないと素通りしそうなぐらいに小さい。
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この神社は一日市中心街より少し離れた住宅地の中に位置する。
いくら元旦とはいえ、深夜だけあって周辺は静まり返っていた。
それでもおそらくご近所のご夫婦らしきお二人が参拝、裸参り見物に現れた。
そして遠くから「ジョヤサ!」の掛け声が聞こえてきた。

動画を見てもらうと分かるが、中心街から外れた場所のためほとんど明かりがなく神社の中からの明かりがほぼ唯一の光源である。
それほどまでに小さい神社ながら、このように毎年裸参り行列が参拝に訪れるというところに伝統行事ならではの奥深さを感じた。
そして、参拝のあと若衆が口々に「よし!大川だ!」と言っているのが聞き取れるだろうか。
次の大川菅原神社参拝に向けて気を引き締め直しているのであろう。

大川菅原神社は行政区画上でいうと、八郎潟町ではなく五城目町に所在する。
そして押切愛宕神社から向かうには馬場目川にかかる橋を越える必要がある。
ということで移動走行に15分ほどの時間を要する、少々離れた場所にあるのだ。
地元の方から聞いた話では、馬場目川にかかる橋を越えるときは吹きさらしになることが多く、行列にとってはちょっとした難関のような存在なのだとか

行列に先回りし、大川菅原神社に到着
大川菅原神社は広い境内を備えた雰囲気のよい神社である。
神社の詳細についてはこちらのブログに詳しい。

少し待っていると早速裸参りが境内に入ってきた。

そして参拝
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その後、再び橋を越えて八郎潟町町内へ戻る。

たしかに底冷えのする夜ではあるが、幸いにも風はほとんどなくその意味では若衆も無茶苦茶辛いということはなかったと思う。
それにしても、この時期の秋田であれば結構な量の雪が積もっていてもおかしくない。
もし、その中をこの行列が走るとなれば足元がとにかく冷たいはずである。
なんせ足袋に草履なのだ。
雪が染みない訳がない。
手足など体の末端部分が長時間雪に触れていると寒さを通り越して、痛くなることがある(本当に!)
若衆も寒いには違いないだろうが、雪上を走らずに済んだのはちょっとラッキーだったのではないだろうか。

そして防災センターのすぐ近くの太平山三吉神社を参拝して、ほぼ定刻の1時に防災センターへ到着

全員無事に完走しきった。
怪我やアクシデントなどなく裸参りを終えられて良かったと思う。
秋田魁新報の記者さんと八郎潟町役場の女性職員さんは何と全コースを走りながら同行したのだった。
魁の記者さんは若衆同様に汗びっしょりになっていた。
防災センターの中ではたくさんの人がこの後の慰労会の準備をしている。
地元の方が以前慰労会に参加した際には、お開きになった時分にはもう夜が明けていたらしい。
これからもう一つのハードな戦いが待っているということか。
お疲れさまでした、存分に慰労会を楽しんでください、との思いを置いて、自宅へ戻った。

2017年1月1日
深夜2時半に家に着き、ひと寝入りしたあと朝9時に起床した。
裸参りがどれぐらいニュースになっているかをチェックしよう、と思いネットを見ていると12月31日の秋田魁新報の記事で衝撃の事実を知った。
何と、一日市裸参りは今回の開催が最後というのだ。
前日に会場で話をした地元の方、魁の記者さん、八郎潟町職員の方、どなたもそんなこと言ってなかったぞ。
世間的にはとっくに周知の事実でありわざわざ話題にするようなことではなかったということか。
たしかに年々参加人数が減り参加者を募るのに一苦労している、とか中学生が参加を控えているとか、行事を取り巻く環境が厳しいことは知っていたが、ここまで切迫しているとは露ほども思わなかった。
記事を読むと「町内の若者有志が行事の引き継ぎに名乗りを上げている」とのことであり、次の開催の芽がない訳ではない。
120年前から行われている伝統行事であるとともに、一日市の人たちにとって大晦日~元旦にかけての風物詩であろう大切な行事である。
是非、若い方々に踏ん張ってもらって、2018年1月1日の午前0時に「ジョヤサ!」の掛け声を響かせて欲しいと強く願う。


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