秋田万歳

2017年1月28日
年明けから半月ほどの間、秋田県内各地で数々の小正月行事が行われた。
特に、1月15日は例年たくさんの行事が行われるが、今年は日曜日ということもあり倍増と言っていいぐらい多くの行事が行われた(管理人は所用のため、その日行事鑑賞はできなかった)。
が、15日を過ぎると2月に入るまでの少しの間、祭り・行事の開催数はグッと減って小休止状態となる。
そんな最中の1月28日、秋田市中心地で管理人が興味を惹かれたある催しが開かれた。

それが今回取り上げた「秋田万歳」である。
毎週末に自宅に無料配布される秋田魁新報発行のフリーペーパー「mari*mari」にて、1/28に秋田万歳の公演が行われるとの告知を見つけたのがきっかけだった。
秋田万歳。よく知られている「漫才」とは字が違うが、そちらについては説明不要だろう。

管理人は県南育ち(秋田万歳は秋田市で行われていた)で、なおかつ世代的にも秋田万歳とは全く接点がなかったので知識が皆無に等しい。
そこで、あらかじめ予習しておこう、と秋田県立図書館より2冊の書籍を借りる。
秋田市教育委員会より昭和53年に発行された「秋田万歳」と、秋田魁新報が昭和45年に発行した「秋田の民謡・芸能・文芸」である。
ともに発行からだいぶ時間が経っているが、秋田万歳とそれを含めた秋田の芸能の全体像を知るには十分すぎる内容だった。
基本的な知識はこちらのサイトでつけることでできた。

1月28日を迎える。
秋田万歳公演「春を言祝ぐ祝福芸の鑑賞会」は1時半から秋田市大町の旧金子家住宅で開かれる。
ねぶり流し館に隣接する旧金子家住宅
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ねぶり流し館に100円を払って、1時10分に入場
「定員先着50名」とのことだったが、受付の女性から「もう満席なので立ち見になりますけどいいですか?」と聞かれた。
もちろん立ち見で全然問題ない。
秋田の多くの行事と同じく後継者難が伝えられている芸能であり、どれぐらい席が埋まるかちょっと心配だっただけに「おお、結構埋まったんだなあ‥」と何だか喜ばしい。

ねぶり流し館から旧金子家住宅へ入る戸口に貼ってあったポスター
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旧金子家住宅に入ると‥
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中は大入り満員、まさに立錐の余地なしだった!
土間が客席にあてがわれているが、明らかに手狭で移動もままならない。
窮屈そうにしている年配の方もいた。
来年からは秋田市文化会館小ホールあたりで公演してもいいんじゃないか?などと思ってしまった。

管理人は舞台に向かって右端後方に陣取った。
隣の人たちとの距離が近く、開演までの時間に自然と会話が始まる。
おそらく70歳過ぎの方が大半だったが、皆さん共通して仰っていたのは「昔、よく秋田万歳がウチに来たんだよね~」ということ
幼少のみぎりに秋田万歳を楽しんだ経験を持っており、その懐かしさを再び味わおうと来られた方がほとんどのようだ。
プライベートな空間である自宅に万歳師を上げて、芸を披露してもらって楽しむというのは管理人にとっては全く想像がつかない世界だ。

そして、開演時間の1時半を迎える。
ほぼ定刻、鼓の音と何やら古めかしい調べに乗って万歳師2人が登場
秋田万歳が始まるようだ。
秋田万歳は太夫(向かって右)と才蔵(向かって左)の二人が基本の形だ。
現代に当てはめると太夫がツッコミ、才蔵がボケとなるのだろうが、太夫が上位で才蔵が下位のような関係性が何となく見て取れる。

入場の際に披露しているのは「経文揃(きょうもんぞろえ)万歳」
「秋田万歳」によると、大般若六百巻の日本渡来を祝っており、尾張万歳の影響を受けているのが経文揃万歳の特徴らしい。
で、肝心の内容はというと全く意味が分からない。
とにかく能や狂言のようなかんじで全く理解できないのだ。
その点について書籍「秋田万歳」でははっきりと、儀式万歳では太夫・才蔵両人のハーモニーの美しさを鑑賞していただき、ムードとして祝賀気分を感じていただく以外に楽しむ方法はない、と書いてある。
教育委員会の刊行物なのに、ずいぶん割り切った書き方をするなあ‥と思いつつも管理人も完全同意である。

太夫と才蔵がはけた後、秋田市民俗伝承館の方が挨拶し、それに続いて秋田民俗行事研究の重鎮、齊藤壽胤(さいとうじゅいん)さんの登場
秋田万歳について解説をされた。
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齊藤さんは「秋田万歳の謎を探る」というテーマで万歳がどのように生まれ、どのような意味を持つ芸能なのかを解説してくださった。
新春の予祝として各家々を訪れて芸を披露していた万歳師に、人々は神の姿を重ね合わせたのではないか、との説明に思わずうなずいてしまった。
つい先日まで数々の来訪神行事を回っていた管理人にとっては、万歳とナマハゲに思わぬ共通点を見い出せた気持ちになり嬉しかった。
また、鼓の名人だった加賀久之助(かがきゅうのすけ)さんが常々「鼓を打てば、明日の天気が分かる」と言っていた、というくだりは大変興味深い。
そう、万歳師はただの面白話を聞かせる人にとどまらず、明日の天気がわかる=未来のことが分かる=神に近い存在、ということを自ら証明していたのだ。

齊藤さんの解説に続いて太夫と才蔵が再び入ってくる。
御国万歳を披露する。

先にリンクを貼った「文化遺産オンライン」にも記述があるが、あらためて秋田万歳の構成について説明したい。
秋田万歳は儀式万歳と噺万歳の2種類で構成されている。
儀式万歳には以下の12番がある。
1.家建(やたて)万歳
2.経門揃(きょうもんぞろえ)万歳
3.神力(じんりき)万蔵
4.大峯(おおみね)万歳
5.御国(おくに)万歳
6.双六(すごろく)万歳
7.扇(おうぎ)万歳
8.お江戸万歳
9.本願寺(ほんがんじ)万歳
10.吉原万歳
11.桜万歳
12.御門開き(ごもんひらき)万歳

噺万歳のほうは12番と決まった数ではないが、儀式万歳以上の種類があるようだ。
儀式万歳のほうは○番という呼び方が相応しい古式ゆかしい演目なのに対し、噺万歳はまさに「ネタ」という呼び方がピッタリの客を笑わせることをメインとした内容だ。
また、噺万歳の合間などに「秋田音頭」や「ドンパン節」などの庶民的な舞踊や、「こっから舞」や「婆んば舞」、「ヅッツク舞」といった宴会芸に近い、下ネタをふんだんに取り入れた踊りが披露される。
これら盛りだくさんの内容を一括りにして「秋田万歳」ということになる。

続いては噺万歳
数ある演目から披露されるのは「神田の吉(きち)」
吉という男が才蔵の家を訪問し、才蔵がドブロクを振舞うまでが描写されている。
そしてこの吉、このあとの展開の伏線となるのだが眼を患っている。
それにしても「あめだまま(傷んだご飯)のようにメチャメチャって‥」ってどんな眼だよ。

「才蔵語り」とも呼ばれるとおりに、才蔵の独り舞台である。
ボケが9割8分ぐらい喋っているだろうか。
往年のツービートを見ているようだ。
ところで「神田」というのはおそらく東京の神田であろうから、この噺万歳は江戸万歳が元ネタとなっていることが推測できる。

酒を飲んで酔っ払った才蔵はこっから舞を踊る。
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「♫こっから舞は見さいな」のリフレインに乗せて艶笑譚が語られる。
管理人は全く知らなかったが、かつてはさなぶり(田植えを無事に終えたことを祝う席)などで秋田全域で踊られたらしい。
ときには男性役がスリこぎを持ち、女性役はすり鉢を持ちそれらを擦り合わせるといったような、結構際どい動きをすることもあったそうだ。

眼を病んでいる吉は才蔵に勧められて病院へ行き、医者から目尻に塗る粉薬を処方される。
ところが吉は「目尻」を「女尻」と思い込み、女房の尻に塗ろうとする。
必死に抗う女房を押さえて尻に粉薬を塗ろうとした瞬間、女房が放屁
その風で粉薬が吉の眼に入り、病がたちどころに治る。
そして吉は「さすがは医者、上手い仕掛けをするものだな」と感心する。

滑稽なストーリーだが、ストーリー以上に語りが面白い。
特に吉が女房の尻に粉薬を塗ろうとして、女房の屁のおかげで眼の病が治るまでのしゃべくりが秀逸だ。
「あば、なんぼがへづねがっただが、ボン!どやってしまった。その風で吉のまなぐさ粉薬飛んで吉のまなぐさひゃた。吉のまなぐバガッ!と開いだ」
秋田弁(東北弁でもよいと思うが)を理解できる人であれば、ここの面白さは理解できるだろう。
だが、誰が喋っても面白いというものではない気がする。
才蔵役の演者さんの小気味良い喋りと飄々としたキャラクターあってこその笑いだと思う。

続いて秋田音頭を披露したのち、1組目の太夫と才蔵がはける。
次は2組目の太夫と才蔵、女性のコンビが登場
才蔵の方はmari*mariで紹介されていた、堀井和子さんだ。
愛嬌のある才蔵ぶりで会場から喝采を浴びていた。
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披露するのは御江戸万歳
先ほどの「御国万歳」は秋田の風土がテーマの演目だが、御江戸万歳はその元ネタである。
独特のリズムを奏でる才蔵の鼓がとても味わい深い(笑)

このあと秋田音頭に続いて、才蔵の婆んば舞
こっから舞ほどではないが、こちらも随所に下ネタを散りばめて展開される。
とろろ飯を食べたあとに川を越えているときに大事なところが痒くなった、というくだりで会場は爆笑

そして噺万歳
結婚して婿に入った男の、茶と栗と柿を売ることができない滑稽さが表現されている。
「秋田万歳」を読むと、噺万歳として「大阪の豪商へ婿入り」という演目があるが、これあたりが元ネタになるのだろうか。
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会場の爆笑を取り続ける。
ひとえに才蔵を演じる堀井さんの典型的な秋田弁と、おおらかそうなキャラクターの為せる技であろう。

続いては御門開万歳
どうやら、かつて万歳師が門付けをする際にはこの御門開万歳が家々の玄関口で披露されたらしい。

つとめてニコニコとはしているものの、明らかに表情に疲労の色が出ている才蔵が思いがけず会場の笑いを誘う。
スタミナの維持が今後の課題ということになろうか(笑)

続いては3組目の太夫と才蔵
とは言ってもお二方とも既に1度出番を済ませている。
太夫役の女性は連投となる。
まずは桜万歳
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続いては噺万歳
なんと電車ネタである。

いわて銀河鉄道の駅「沼宮内(ぬまくない)」と山形県にある奥羽本線駅「及位(のぞき)」が登場する。
噺のなかに東北地方に実際に存在する駅名が出てくるあたりは秋田万歳オリジナルとも思えるが、奈良県奈良市にある帯解(おびとけ)駅が出てくることを考えると他の地域の万歳からの引用もあるのではないか?と考える(電車駅が扱われているのでもちろん近年の作だと思う)。
開演前に秋田万歳の説明をされた齊藤壽胤さんによると、地名を冠した古典万歳は現在全国に16ほどある、とのこと
そのなかの一つが秋田万歳なのだが、三河万歳、尾張万歳というところが有名らしく、他にも加賀万歳、越前万歳、伊勢万歳などさまざまな万歳が残っている。
秋田でもかつては五城目万歳や横手万歳などがあったそうだが、今では途絶えてしまっている。

続いては本日3回目になる秋田音頭

のんびりした踊りのように見えて実は結構ハードな動きだ。
一説によると、佐竹藩二代目藩主の家臣が佐竹公に秋田の踊りを見せようと、柔術の動きを取り入れて創作したとも言われている。
柔術の動きが入る踊りが楽なはずがない(というか楽な踊りなんてものはないと思う)。

さらに続いてドンパン節を披露
秋田音頭~ドンパン節と続く流れは、心憎いぐらいに秋田県民のツボを押さえる。

踊りっぱなしで体力的にキツイはずの太夫だが、何とか頑張った。
見ているほうはなんとも思わないが、踊り続けるというのもかなりたいへんなはずだ。
そんなたいへんさを感じさせずニコニコと踊りきった太夫に拍手を送りたい気分だ。

続いては最後の4組目となる両人の登場
太夫はトップバッターとして登場したが、才蔵の演者さんは最終組にして初めての登場となる。
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才蔵による秋田万歳の解説

かつて秋田万歳が門付けに回っていた頃の様子を笑いを交えて語る。
万歳師が「銭こ(ぜんこ)けれ」と家人に言うと、家人は「最後までやれ」と応酬したような話が出てくるが、万歳師たちはなるべくたくさんの家々を回って稼ぎたいということだろう、ものの10分しか万歳を披露しなかった、と隣にいたご婦人に教えてもらった。

続いては婆んば舞

太夫の奏でる正確な鼓のリズムに才蔵が奔放に秋田弁の語りを乗せていく。
その組み合わせがかなりいい感じだ。
その音楽的な響きは、古典芸能というよりも現代的なノリを聴く人に感じさせる。
日本語ラップの一つの完成された様式がここにある、というのは褒めすぎだろうか(別にラップではないし)。

次に披露するのは「ホイホイ節」

合間に「ホーイホイ、ほらホーイのホイ!」と繰り返される、一聴するとハチャメチャな演目だが、元ネタには聞き覚えがあるものが多い。
管理人が毎年観覧している西馬音内盆踊りの地口と同じネタだったからだ。
というか、秋田音頭の地口を西馬音内盆踊り、秋田万歳が各々取り入れているだけなので同じなのは当たり前だが、聞き覚えのある歌詞に思わずニンマリしてしまう。
そして2002年に開かれた「秋田音頭変わり歌コンクール」の入賞作なども取り入れられており、新旧の地口が散りばめられた構成となっているのだった。

最後の演目。こっから舞

本日こっから舞は2度に渡って踊られた訳だが、演者さんによって微妙に味わいが異なり面白い。
こちらの演者さんの舞は管理人が小さい頃の記憶として持っている、集落の人たちが集まって宴会をしているときの雰囲気に近く、懐かしさを感じてしまった。
そしてこっから舞が終わり、本日のプログラム終了となった。

開演から終演まで2時間余り
演者の皆さんが勢ぞろいして観客に挨拶
大きな拍手が送られた。
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思った以上に濃密な時間を過ごせた。
これも秋田万歳の伝統を血肉とした、芸達者な演者たちのおかげだろう。
で、考えるのはやはり「秋田万歳の継承について」である。

現在秋田市には「秋田万歳継承会」という団体があり、本日出演した皆さんは全員この会の所属である。
というか、秋田万歳を披露できる団体は秋田県内、いや日本国内で唯一この会だけだ。
その会員の皆さんが秋田県民に笑いを届けつつ、この貴重な芸能を存続させようといろいろと活動されている訳だが、仮に「秋田万歳をマスターして、もっと広めたい!」と新規会員が現れたとしてもそこから先にも高いハードルが待っている。
儀式万歳
先に書いたとおり、その語りはほとんど古文でありこれを覚えるのは並大抵の苦労ではないはず
書籍「秋田万歳」を読むと「吉原万歳」がいちばん短いようだが、それとて覚えられそうな気がしない。
太夫を演じられたお二方は何事もないように儀式万歳を披露していたが、あれほどの難文を何も見ずに語れるというだけで尊敬に値する。
では、太夫がダメなら才蔵ならイケるか?とつい考えてしまうのだが‥
才蔵の特徴は「ネイティブでディープな秋田弁」である。
と、なれば少なくとも秋田弁を喋れない人は必然的に演じることができない。
いや、できるにはできるだろうが、バリバリの秋田弁による語りでない以上は正統の秋田万歳とは言えないだろう。
また、今の秋田の若い人たちは秋田弁離れが顕著であり、才蔵を演じる資質を持ち合わせている人が以前と比べて激減している事実は否めない。
そして何より才蔵の本領は秋田弁を喋ることではなく、観客を笑わせることである。
秋田万歳をマスターしたその先には観客がいる訳であり、客を楽しませてナンボということなのだ。
そういった点からも秋田万歳は実は非常に高度な芸能であることが分かる。

この記事に秋田万歳継承会の電話番号を記載してよいか、をうかがうためにmari*mariに載っていた連絡先に電話をかけた。
継承会代表である平川金一さんのお宅である。
平川さんは1番目と3番目に才蔵を演じられた方だ。
ブログに電話番号をお載せしていいですか?と尋ねると「あぁ、是非載せてください」と快諾してくださった。
秋田万歳について少し話をする。
今後、秋田駅前のフォンテ秋田で公演の予定があること、竿燈祭り期間の8月3日~6日にねぶり流し館で公演することなどを教えていただいた。
また、継承会の現在の状況についても教えてくれた。
現在会員数は10人ほどであること、会員はだいたいが70歳代でいちばん若い方でも60歳代であること
会員に若い世代がおらず今後の継承に不安を抱えているご様子ではあったが、同時にこれからの公演に向けての意欲も電話の向こうから伝わってきた。
そして「これからも頑張ってください」と伝えたところ、「ありがとうございます!」と元気みなぎる声で応えてくださった。

管理人が先に述べたような理由で、秋田万歳の将来は決して順風満帆という訳ではない。
それでもこの日、旧金子家住宅でたくさんの人たちが心から笑い、万歳を楽しんだのは事実である。
いにしえの形式だけが引き継がれているのではない、今なお人々に笑いをもたらすことのできる生きている伝統芸能なのだ。
今ならまだその存在に触れることができるし、関わることだってできる。
そのありがたさをもっと認識しなければならない、と管理人は考える。

秋田万歳継承会代表 平川金一さん tel.018-833-3161

公演の行われた旧金子家住宅の地図


2 Replies to “秋田万歳”

  1. カメラワーク良かったです。
    女性漫才の『初々しさが、有る意味新鮮でした』、、、ご年配ですが(笑)。
    漫才と言えば何だか、笑わせるイメージが強いですが、万歳は弥栄を願う『前祝』の縁起物ですね。勉強になりました。

    1. 隣人1号さん
      いつもコメントありがとうございます!
      これからも秋田駅前フォンテや竿燈祭りなどで、楽しい万歳を披露してくれるそうです。
      秋田弁での語りはとても味わい深くていいですよ。
      機会があれば隣人1号さんもご覧になってください!

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