本海獅子舞番楽(前ノ沢講中)

2017年3月26日
これまでたくさんの祭り・行事を鑑賞してきたが、今回取り上げるのはある意味「秋田の最高峰」の民俗芸能だ。
本海獅子舞番楽
京都醍醐寺三宝院末の修験者「本海坊」によって400年ほど前に鳥海山麓の村々に伝承され、平成23年には国指定重要無形民俗文化財に指定されている。
鳥海山の麓に伝えられたから、秋田の最高峰ということではない。

祭り初心者である管理人が、この民俗芸能の印象を一言で言えば「敷居が高そう」ということになる。
修験者であった本海坊が伝えたことから修験道の要素が加わっていたり、「集落」や「部落」ではなく、講中(こうちゅう)と呼ばれる神仏信仰の組織の呼称が伝承地域数を表す単位として用いられていたり、獅子頭・面・番楽幕などいにしえより使われてきたものが未だ現役として用いられていたりする「由緒正しい」伝統芸能なのだ。
昨日今日、民俗行事に興味を持ち始めたばかりの管理人からすると「俺なんかが鑑賞していいんかなあ‥」というかんじだ。
が、番楽を知らずして秋田の芸能を語るなかれ
いつかこの高みに挑む日が来ることは予想していた(「別にあんたが挑む訳じゃねーよ」というご指摘は正しい)。

そしてその日は思わぬ形で到来した。
1月のある日、秋田県立博物館で3月26日に本海獅子舞番楽が披露されるとの情報を得る。
事前申し込みが必要ということで、すぐさま電話をして申し込みを行ったのだった。
それはいいとして、この伝統芸能の名前は知っていてもその詳細についてはほとんど無知に等しい。
ということで、概要だけでも知っておこうと毎度のことながら少し予習をしてみた。

本海獅子舞番楽
現在、由利本荘市鳥海町にある13の講中によって継承されている伝統芸能だ。
13の講中は以下のとおりである。
・上百宅(かみももやけ)講中
・下百宅(しもももやけ)講中
・上直根(かみひたね)講中
・中直根(なかひたね)講中
・前ノ沢(まえのさわ)講中
・下直根(しもひたね)講中
・猿倉(さるくら)講中
・興屋(こうや)講中
・二階(にかい)講中
・天池(あまいけ)講中
・八木山(やきやま)講中
・平根(ひらね)講中
・提鍋(さげなべ)講中
各講中が1月の幕開きに始まり、秋~年末にかけての幕納めに至るまで、各地区の神社例祭や、盆獅子(お盆に行われる各地区の人々のお祓い)や、8月16日に行われる鳥海獅子まつりなどで番楽(獅子舞)を披露するということになる。
また、今年からは民俗芸能伝承館「まいーれ」のオープンにより、そちらのほうの定期公演に出演が予定されているということで、これまで以上に鑑賞機会が増えるはずだ。
現在受け継がれている演目の数はどうやら40ほどであり、それらは以下の7つの種類に大別できる。
(1)獅子舞
(2)式舞
(3)神舞
(4)武士舞
(5)女舞
(6)道化舞
(7)その他
各講中で演じられる舞(演目)は異なるが、今回出演する前ノ沢講中は「獅子祓い」(※「獅子祓い」については全ての講中で演じられる)、「神舞」(※7種類の中のひとつである「神舞」とは別で、この演目は「獅子舞」に属する)、「先番楽」、「鳥舞」、「信夫」、「三人立」、「もちつき」、「三番叟」、「曽我」をレパートリーとしている。
県立図書館で借りた、由利本荘市になる前の鳥海町教育委員会が作成した「本海番楽-鳥海山麓に伝わる修験の舞-」を読み、以上のようなことを予備知識として身に付けて鑑賞会当日に備えた。

そして3月26日を迎える。
1時前に自宅を出発して、1時半には会場となる秋田県立博物館に到着
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県立博物館はこれまで幾度となく訪れたが、今回のように郷土芸能の鑑賞で訪れるのは初めてだ。
今日の催しは企画展「四季のたのしみ くらしのいろどり」の付帯事業として開かれる。
番楽が行われる講堂の館内位置が分からないので受付の女性に教えていただいた。
講堂の中はそれなりに人が集まっていた。
後日読んだ秋田魁新報の記事によると120人ほどの観客が集まったらしい。
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舞台には、いかにも年代物というかんじの番楽幕が準備されている。
この幕は享和2年(1802年)の制作とのこと
また、前ノ沢講中ではもうひとつ幕を所有しており、そちらは延享4年(1747年)に作られたそうだ。
延享年間というと、どうやら徳川8代将軍吉宗の時期らしい。
暴れん坊将軍の頃の幕が現存しているというのもすごい。
秋田県内では最古の番楽幕だそうだ。
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そして開演時間の2時を迎えた。
進行役の男性による番楽の説明に続いて、会場入口より前ノ沢講中の皆さんが入場

太鼓、笛、鉦のお囃子方と一緒に最初の演目である「神舞」を演じる2人も入ってきた。
「神舞」は先に書いたように獅子舞としての演目である。
本海獅子舞番楽は「獅子舞に始まり、獅子舞に終わる」と最初に登場した方が説明されたように、この番楽では極めて重要な演目だ。
本海番楽ではなく、本海「獅子舞」番楽とわざわざネーミングするあたりにもその重要性が見てとれる。
事実、かつてこの番楽は「番楽」ではなく「獅子舞」と呼ばれていたらしい。

そして「神舞」が始まる。
神舞は、獅子頭を取る前の「下舞」と獅子頭を取ったあとの「獅子がかり」で構成される。
こちらが下舞

「四方堅め」と云われる、東西南北四方を向いて同じ動きを繰り返す所作が見られる。
四方堅めはこの番楽の演目に共通する決まりごとのようで、この後も幾度となく見られた。

続いては獅子がかり

上顎と下顎をカッカッと音を立てて歯を鳴らす「歯打ち」が特徴的だ。
この歯打ちは「天地和合」とも呼ばれ、獅子頭を左右に激しく振る「龍門の振り返し」、獅子頭を頭上に高くかざし、上身を前に倒して起こす「三条のみこし」と合わせて獅子舞の三大要素とされている。
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次はお祓い獅子
観客の中から6人が選ばれて獅子のお祓いを受ける。

盆の祓い獅子以外にも、新築の家庭において行われる火伏せの儀式などでお祓い獅子が行われるようだ。
前ノ沢は戸数20戸ほどの集落、とのことだったが、今でもお盆には各家庭をお祓い獅子で巡回する習わしになっているそうだ。

本海獅子舞番楽の肝とでも言うべき獅子舞を堪能した。
本当は、このブログで到底書ききれないぐらいの奥深い演目なのだが、その一端に触れられたのは素晴らしい体験だった。
そういえば、当ブログのいちばん最初の記事である元城獅子舞を鑑賞した際に、「鳥舞」や「信夫」などの演目がありながらそれらを総称して「元城獅子舞」との呼び名が付いていたことが不思議だったが、今回本海獅子舞番楽を知ってようやくその謎が解けたのだった。

続いては「三番叟」
この演目は「式舞」のひとつであり、延命息災、安穏祈念のため悪霊を踏み鎮めるための足拍子が特徴だ。
管理人はこれまで「さんばんそう」と呼ぶものだと思っていたが、正しくは「さんばそう」と呼ぶらしい。
そして舞が始まる。

「神舞」と同様にここでも四方堅めの動きが見られる。
神舞では12時の方向から時計回りに回る形で四方堅めが行われたが、神舞以外の演目では↑↓←→の順に四方堅めが行われるらしい。
黒面に白髭が特徴的な三番叟面は下顎が動く構造になっており、この仕掛けは「切顎」と呼ばれている。
また、扇と錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる道具を持って舞うのだが、錫杖については修験道に由来する道具であり、決して鈴などに持ち替えて舞われることはないそうだ。

続いては、武士舞の代表的な演目「信夫(しのぶ)」
高館合戦の折の信夫太郎景時の奮闘が題材となっている。
扇を返して舞ったあとに、太鼓を担ぎ上げて舞を見せるところから「銅取り信夫」とも呼ばれている。
三番叟と同様に信夫も面をつけて舞うのだが、これらの面はいにしえより使われているものでサイズが古人に合わせてあるため、現代の人たちが付けると少し小さく感じてしまうらしい。
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武士舞を代表する演目だけに勇ましく活発な舞が見られる。
武士舞ということで言うと以前に鑑賞した根子番楽が印象的だったが、本海獅子舞番楽の武士舞も重厚さを湛えている。

最後の演目は式舞から「鳥舞」
この舞は雌雄の鳥が睦み合う様子を表しているとのこと
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お揃いの被り物に袴姿での舞だが、カラフルな色使いの衣装が明るさを伝えてくれる。
おそらく装飾のなかに雌雄の違いが表現されていると思うが、そこはよく分からなかった。
因みに13講中の2つである、八木山講中、平根講中の鳥舞は、袴姿の雄鳥に対して雌鳥は振袖姿の出で立ちらしい。

そして鳥舞の終了を以て、全4演目が終了
出演者の皆さんが全員で観客に挨拶、満場の拍手を浴びていた。
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ということで、1時間ほどに渡って本海獅子舞番楽を鑑賞した。
13の講中それぞれに特徴を持っている奥深い伝統芸能であり、おそらく今回舞を披露した前ノ沢講中独特の所作や動きがあるのかもしれないが、今後他の講中と見比べてみないことには、さすがにそのあたりは分からない。
だが、先に書いたように民俗芸能伝承館まいーれのオープンに伴い、この由緒正しく、秋田が全国に誇り得る伝統芸能が徐々にクローズアップされていくだろうし、その詳細が知られるようになるのも有り得ない話ではない。
13の講中の独自性にも注目しながら、この伝統芸能を今後もフォローしていきたい。
そして秋田県民の皆さんも、土着性が極めて高いがゆえに稀有の存在となっているこの素晴らしい芸能に興味を持ち、是非一度鑑賞してほしいと思う。

※地図は秋田県立博物館


“本海獅子舞番楽(前ノ沢講中)” への4件の返信

  1. はじめまして。
    前ノ沢講中のものです。
    この度は私達の番楽をご覧いただき、またこのように大々的に取り上げていただき、光栄です。
    私は小学四年から、この番楽に関わり、来年還暦を迎える者です。
    それにしても、私達よりも番楽の事を良くご存じで、何とも頭が下がる思いです。
    子供だましのようなホームページですが、この小さな集落の行事などを公開しております。
    「鳥海前ノ沢太鼓保存会」で検索いただけます。
    もし、よろしければ是非祭りなどに遊びにいらして下さい。

    1. TAIKO BEATさん
      書き込みありがとうございます。
      そういえば、先日初めて民俗芸能伝承館まいーれに足を運び、猿倉人形芝居(木内勇吉一座)を鑑賞しました。
      都合でブログ記事にはできませんが、とても楽しく鑑賞できましたし、まいーれに常設展示されている番楽関係の展示室にも入りました。
      年季を感じさせる多数の面や獅子頭に圧倒された次第です!
      これからも足繁く通い、名物松皮餅を食べながら、伝統芸能の宝庫である鳥海町のことをもっと知りたいと思っています。
      どこかでお会いできることを楽しみにしております!

  2. はじめまして。
    前ノ沢講中のものです。
    このように大々的に取り上げていただき、光栄です。
    私は小学校四年から、この番楽に関わり、来年還暦を迎える者です。
    私達よりもこの本海番楽の内容をご存じで、大変驚いております。
    本当に小さな集落で、今では18戸になってしまいましたが、なんとかがんばっております。
    この集落で結成された「鳥海前ノ沢太鼓保存会」という団体にも所属しており、
    恥ずかしながら、子供だましのようなホームページも開設しております。
    今は私ではなく、他の者が管理人を務めておりますが、
    この集落のお祭りやら、様々な行事を取り上げております。
    よろしければご覧いただければと思います。
    「鳥海前ノ沢太鼓保存会」で検索出来ます。
    今後共、宜しくお願いいたします。
    ちなみに、今年8月16日には、毎年恒例の「鳥海獅子まつり」が行われ、鳥海全部の番楽団体が集合します。
    その中でも、私達は後進団体なので、是非上手な団体もご覧下さい。
    それでは、失礼いたします。

    1. TAIKO BEATさん
      書き込みありがとうございます。
      現役の番楽関係者の方から過分なるお褒めのお言葉をいただき、恥ずかしいやら嬉しいかぎりです。
      私の記事のほとんどは様々な著書からの切り貼りですので全く詳しくないですよ(笑)
      TAIKO BEATさんはもう半世紀ほども前ノ沢講中に関わっておいでなんですね。スゴいです!
      初めて見た本海獅子舞番楽は、数100年に渡る歴史を感じさせる素晴らしい舞でした。
      荘厳であり、一方で素朴さや親しみを感じさせる本当に貴重な芸能ではないでしょうか。
      「鳥海前ノ沢太鼓保存会」さん、是非チェックさせていただきます!
      これからもこの貴重な芸能に触れる機会をたくさん作って、そのうち本場鳥海町で鑑賞したいと考えています。
      その節はよろしくお願いいたしますm(_ _)m!!

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