濁川の虫送り

2017年6月4日
今回訪れたのは「濁川の虫送り」
虫送り行事と聞いてピンとくるのはある世代以上の方々で、若い人たちは「何だそれ?」ではないだろうか。
管理人も見たことはないし、虫送り行事の要件を言いなさいと問われたら答えられない。
秋田の祭り・行事」を読むと「濁川の虫送り」の説明として、男女一対のワラ人形を作り、その体内に害虫や災いを託して村はずれまで練り歩く、といったようなことが書かれているが、それ以上のことはよく分からない。

さて今回訪れた「濁川」は小坂町川上地区内の集落である。
小坂町というと、小坂鉱山事務所、康楽館といった観光施設がまず第一に浮かぶ。
そしてお祭り絡みで言えば、青森ねぶたの影響を受けているとされる、小坂七夕祭が有名だ。
その小坂町で「虫送り」とは意外と言えば意外だ。
秋田県の大穀倉地帯である大仙市、仙北市あたりで行われるのなら分かるが、小坂町に稲作のイメージはない。
ただ、虫送り行事のことを調べるとすぐに分かるのだが、現在も行事が行われているのは何も米の有名な産地に限っているわけではなく、かつては日本全国あらゆる所で行われていたのが衰退し、現在行われているのは全国の中でも数える程の地域になってしまっており、その中の一つが小坂町ということになる。
なので、米の一大産地なのか否かではなく、いにしえの行事がきちんと受け継がれてきたかどうか、という点にこの行事の存続理由を見出すことができそうだ。
因みに全国に残存する虫送り行事についてはこちらのサイトが参考になりました。

行事は6月の第一日曜日に行われる。
「秋田の祭り・行事」には2時開始と書かれているが、事前に小坂町役場に問い合わせたところ、虫送り行列が出発するのは2時だが、当日朝8時よりワラ人形制作が行われるらしい。
うーん、ワラ人形作りも気になるのだが、いかんせん秋田市から2時間以上のドライブを強いられる距離にある小坂町
ここはおとなしく2時開始の虫送りのみ観覧することに決めた。

当日。11時に秋田市の自宅を出発
国道285号線を北上して、途中鷹巣ICから秋田自動車道に乗って小坂町を目指す。
実はここ数日天気が悪くほとんど雨ばかりで、行事当日6月4日の天気予報も「雨」
実際に朝から雨が降っていた。
それでも、天気予報が外れることもよくあるし、これまでずーっと雨だったのだからそろそろ晴れるんじゃないか?などとあまり気にせず、現地に向かう。
実際に鷹巣ICあたりで雲の切れ間から青空も見えたし、心配するには及ばなかったな、などと楽観していたものの、その後天気は急速に悪化してやはり雨が再び降り始める。
秋田自動車道を直進すると現地小坂町にあっという間に到着したが、雨は止むどころかますます強くなる。
秋田道小坂北ICを降りたあたりがまさしく行事の行われる濁川集落だ。
集落は、岩手県盛岡市と青森県平川市を結ぶ国道282号線沿いにあり、小坂町の中心地よりさらに北へ進んだところにある。
ということで、車で10分も走れば青森県との県境に到着するほどの場所だ。
集落内はこんなかんじです。

とりあえず付近の川上公民館駐車場に車を止めて、長靴に履き替える。
この長靴は、横着して冬用長靴を車の中に置きっぱなしにしていたものだった。
傘をさして車の外に降りる。いや~、大雨だよ。まいったなー
正直、この雨天を前に秋田市に帰ることを考えていた。
おそらく虫送り行列は中止になるだろうし、もし雨の中で行列が強行されたとして、その様子を写真とともに記事化しても行事の本来の姿を伝えるのは難しいと思う。
こんなちっぽけなブログでも、記事で伝える以上は最高の状態で行事が行われる様子を伝えたい。
どうしようかなあ、と逡巡しながらとぼとぼ歩いていると濁川集落の公民館を発見
中を覗いてみると、ご婦人たちが宴会の支度の最中だった。
行事のことを尋ねたところ、付近にある川上神社に集落の人たちが集まっているから、とりあえずそこに行けば?と教えてくださった。
よし、とりあえず行ってみよう。
10分ほど歩くと川上神社に到着

川上地区は野口、濁川、余路米、砂小沢の4集落で構成されており、その地区名から川上神社と呼ばれているようだが、摺臼野神社とも呼ばれている。
この川上神社の鳥居は国道沿いに建てられているが、そこから国道をほんの少し北上すると野口集落に入る。
野口集落は、秘湯マニアによる情報発信により、近年全国的に知られるようになった(秘湯好きの人たちにね)奥奥八九郎温泉を有する集落である。

川上神社鳥居をくぐり、神社へ向かう。

中を覗くと、結構人がいるではないか。
これは、虫送り行列決行なのか?などと思案する暇もなく、中にいた男性から「何してんの?早く入れよー」とのお声掛けが
で、図々しくも中に上がらせていただきました。


神社本殿の中では集落のお年寄りからちびっこまでが、まさしく歓談の真っ最中
たくさんの食べ物と酒でやたら楽しげな雰囲気が伝わってくる。
差し当たって、自分はブログをやっていて虫送り行事を観覧しに秋田市から来たことなどを告げると、飲め食え飲め食えといろいろ勧めていただいた。
また、今日はこの雨なので虫送り行列を行うか行わないか、空模様を見つつこの後に判断することなどを教えていただいた。

そして祭壇を見ると‥


出た。出ました。
以前、大館市山田の山田地蔵祭りでも同じようなワラ人形を見たが、このワラ人形も同様の特徴を持っている。
特徴については言わずもがな
ただ、山田地蔵祭りのジンジョ様が集落を守る存在として集落境に1年間鎮座するのに対し、濁川の人形は虫や厄災をその躯体に封じ込めることを目的として、祭り当日の朝に制作されてその日じゅうに焼かれる。
姿かたちが似通っていても、決して同種の行事ではないのだろう。
サイズも山田のジンジョ様に比べて少し小さい。

素人目から見ると精巧な作りで、全く問題ないように思えるが、以前はもっとしっかりした作りだったそうな。
因みに20年ほど前の人形はこんなかんじでした。

たしかに以前の人形の方が頑丈に、自立できそうなぐらいに五体がしっかりと作られている。
が、ここはやはり、決して行事を廃らせることなく、今日まで受け継いできた濁川の人たちの熱意に敬意を払いたいと思う。

祭壇には他にも虫送りに必要な様々な道具が置かれている。
この「豊年満作」、「五穀豊穣」の札が吊るされている枝の他に、はさみ箱、槍、幟(のぼり)などが行列のときに持ち出されるようだ。

本殿内にはこれまで撮影したワラ人形作りしめ縄作りの写真が多数飾られている。※ワラ人形作りではなく、しめ縄作りの模様だそうです。

先に述べたように、管理人は当日朝の人形制作の様子を見ていないが、朝の制作の様子の写真をご厚意により提供いただいた。


和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる。
こうして集落のお年寄りから若い人までが一同に会して、共同作業を行うことが大切なのだと思う。

そうこうしているうちに集落の人たちが着替えだした。
お揃いの法被を着用し、何かが始まる雰囲気
ちょうど良い塩梅に大館市に本社のある新聞社「北鹿新聞」の記者さんも取材に来られた。
まずは全員で記念撮影

皆が青のお揃いの法被を着ているなかで、白い衣装の「白奴(しろやっこ)」と赤い衣装の「赤奴(あかやっこ)」が目立つ。
白奴は男性の人形を持ち、赤奴は女性の人形を持つ(赤奴が、20年前の人形と当日朝の人形制作の写真を提供してくださった中村義信さんです)。

そしてお祓いが始まる。
集落の自治会長を中心に全員が着座
ついさっきまで飲んで食ってでくつろいでいた人たちが一瞬でピシッと姿勢を正して、厳粛な空気が支配する祭祀空間となった。

そして御神酒で献杯

雨は少し弱まったものの、決して止むことはない。
残念ながら行列は中止、ただし虫や厄災を追い払う儀式だけは中止するわけにはいかん!ということで川原でのワラ人形焼きは実施することとなった。
雨天決行も可能では?とも思ったが、どうやら太鼓の皮が雨に濡れると具合が悪いというのが中止の大きな理由らしい。
因みに本来行われる行列では、先頭から「旦那」、「槍持ち」、「はさみ箱」、「赤奴・白奴」といった具合に隊列が定められている。
その行列が集落内を練り歩いて、最終的には「虫送り」と「無病息災」、「豊年満作」などを祈願してワラ人形を焼くというのが大まかな流れだ。
「秋田の祭り・行事」には、昔、殿様が豊作を祈願する行事を行ったところ、その行事を農民が始めるようになったのが行列の起源、というようなことが書かれてあったが、現地ではそういった話を耳にすることはなかった。

神社横の風景

集落のたくさんの人たちと話をさせてもらったが、皆一様に言っていたのが「行列が中止になるのなんか初めてだよ!」ということだ。
年配の方もそのように仰っていたので、これまで久しく雨に当たることはなかったのだろう。
へえ~そうなのかあ‥と、逆に珍しい場面に立ち会わせてもらったなあ、とまで思えてしまう。
何かのテレビ番組で「特異日」というものがあるのを最近知った。
wikiによると「その前後の日と比べて偶然とは思われない程の高い確率で、特定の気象状態(天気、気温、日照時間など)が現れる日」ということらしい。
濁川の虫送り行事は6月第一日曜日開催なので、けっして日にちが固定されている訳ではないが、まさに祭り当日が特異日と同じようなことになっていて、これまで久しく雨とは無縁だったのかもしれない。

すぐにでも出立するのか‥と思ったが、めいめいがのんびりと準備をする。
太鼓の練習に余念がなかったちびっこ
今年は腕前を披露できなかったけど、来年は素晴らしい太鼓の音を響かせてちょうだい!

と、徐々に弱まっていた雨が止む。
行列中止はすでに決定しており、タイムテーブルの都合上「やっぱこれから行列やってみる?」とはならないものの、爽やかな雨上がりの景色が心に染みるのだった。

そして、神社横の小屋に納められていた大太鼓の披露が始まる。
いつもなら虫送り行列の最後尾でこの太鼓が高らかに鳴り響くらしいが、今回は小屋に置いたままの演奏となった。
また、これだけの大太鼓ながら奏者自らが肩にかけてなおかつ太鼓叩きも行う。
お隣鹿角市の大湯大太鼓や毛馬内大太鼓は太鼓の持ち手と奏者の2人がかりだが、ここ濁川においては1人太鼓が特徴らしい。

大太鼓を叩いているのは集落在住の中村周傍さん
米作りの傍ら、地元濁川の風土と伝統、日常生活における雑感などをまとめたエッセイ集「無為漫録(第一集・第二集)」、「余暇漫然」を著作とする、文筆家の顔をお持ちの方だ。
管理人は後日「無為漫録(第一集・第二集)」をご丁寧に自宅まで送っていただいた。
エッセイなどというと小洒落ているが、豊富な知識と探究心、そして深い洞察力がないと書けない高度な内容だ。
本は小坂町立図書館に所蔵されているとのこと

周傍さんに促されるようにして、若い男性が引き続き大太鼓を演奏
一際大きく太鼓の「バーンッ!」という音が響くが、男性によると小屋にしまいっ放しにしていたので、音の張りもそれほどでもない、とのこと
恐るべし、大太鼓!

そして全員が出発のスタンバイ
手前の男性が濁川自治会の会長さんです。
本来であれば「旦那」として行列の先頭を歩くはずだったが、今日は軽トラックで移動

10台近くの軽トラックが川原へ一斉に移動を開始
荷台にはワラ人形を始め、本日用意した祭具一式が積まれている。
虫送り行列は見れなかったが、軽トラック行列は見れたということになろうか。
管理人も乗せていただいて、皆さんと一緒に移動

ものの5分も経たずに川原へ到着
手前にある大きな水の流れが川ということではない。
降り続く雨のせいで川が増水しているのであり、本当の川は奥のほうになる。

川原に人形が置かれる。

人形に御神酒をかける。

皆で人形に向かって手を合わせる。

そして点火!

今日の朝作ったばかりの人形が、夕方には焼かれる。
「勿体無いなあ‥」と言いそうになるが、そんな戯言に甘えて害虫と厄災がはびこったのでは行事の意味がない。
少しの焼き残しも許される筋合いはない。


人形とともに祭具も焼かれる。
カッターを手にしているのが見られるが、人形が表面焼けを起こして中が焼けないようなときはこのカッターでワラを刻み、全て燃え尽くすようにするためだ。

以前はワラ人形を燃やさずに、近くの橋から川に投げ落として虫送りとしていたらしい。
それも、男女のワラ人形を抱き合わせるような形にして川に落としていたのだが、下流の集落を流れるあたりで引っかかってしまっているのを見たその集落の人たちが「何だこれは!」と騒ぎ立てたため、川に流すのを止めたそうな
たしかにいたいけな少年少女たちには見せたくない絵ヅラだ(特に男人形のほうとかね‥)。
で、この橋から落としていたそうです。

そしてワラ人形は燃え尽きた。

これで虫送り行事は終了
この後は集落の公民館での直会となる。
ありがたくも自治会長から「寄っていけよー」と声をかけていただいたので、遠慮なくお邪魔させてもらった。
なお、正確に言うと行事の直会ではなく、さなぶりとしての宴会の開始ということになるそうだ。
公民館前を散歩中だった長毛種の秋田犬。「濁川わさお」君か?

公民館にあがる。
虫送りの際に撮影された額入り集合写真が多数飾られている。
見ると全て川上神社本殿前(屋外)での写真ばかりだ。
今日は雨のため本殿内で撮影された訳だが、これまでいかに雨と無縁だったかがこの多くの写真からも伺える。

宴会の準備が着々と進む。

本当に恐縮なことだが、管理人にも席を用意していただいた。
何の知らせもなく、勝手に遠方から来て、勝手に行事に加わらせてもらった身には畏れ多いもてなしだ。
全くもって痛み入る次第です。
で、上座を見ると自治会長さんがいるのは分かるが、行事ではお見かけしなかった2人の男性が‥

なんと、右側が小坂町町長で、その左側が小坂町教育委員会教育長とのこと
ゲッ!管理人なんぞが涼しい顔して同席しちゃってていいんスかね‥?
このあと、いろいろお話なぞさせてもらったうえに、ご丁寧に名刺まで頂戴してしまった。

自治会長、町長、教育長の順でご挨拶
そして、今日一日の労をねぎらって乾杯
管理人にもたくさんの料理、根曲がり竹のたけのこ汁を振舞っていただいた。
この根曲がり竹は、当日朝に集落のご婦人が山から取ってきたものだそうだ。
んーーー、柔らかくて美味しい。
管理人の実家は横手市増田町だが、不思議と根曲がり竹を食す習慣はなかった(山菜などはもう要らないというぐらいに食卓に上がるが)。
なので、新鮮な根曲がり竹を食べる機会は少ないだけに本当に美味しくいただいた。

管理人も集落の人たちに混ぜてもらい、たくさんの話を聞かせてもらった。
集落の大切な行事を無事に終えられた安堵感のなか、今の集落の置かれている状況や今後の発展について、小坂町の観光や行事についてなど多岐に渡る話題に耳を傾けたのだった。

そして時刻はあっという間に6時半。名残惜しいが、そろそろお暇しよう。
お世話になった皆さんに挨拶して、車に乗って公民館を出発
自治会長がわざわざ公民館前までお見送りをしてくれた。

結局クライマックスとなるはずの虫送り行列は見れなかった。
が、たくさんの方々から「わざわざ秋田市から来たのに(行列ができなくて)申し訳ないなあ‥」と声をかけていただいた。
申し訳ないのは私の方で、何の縁もゆかりもない人間にこれほどまで親切にしていただいたことに本当に感謝の申し上げようがない。
たくさんの料理を振舞っていただいたばかりか、写真やら本やらたくさんのものをいただき、仲間同様に扱っていただいて全くもって嬉しい限りだ。
ここ小坂町は秋田県に属しながら青森・岩手にも近いという地勢的条件もさることながら、かつて鉱山で賑わった町であり、そのため全国から移住した人たちの子孫たる人たちが今も数多く暮らしているという。
そのような土地柄のせいか、濁川の人たちは皆オープンで管理人に旧知の仲のように接してくださった。
行列中止というマイナスを補って余りあるほどの温かいもてなしを頂いた。
そして、来年こそは初夏の風薫る爽やかな青空の下、行列の掛け声「赤奴~白奴、振り出せ~、振り出せ~、今年も豊年、満作だ~」を是非聞きたいと思う。


4 Replies to “濁川の虫送り”

  1. 「虫送り」ですか。
    私達の地区では「虫追い」と言って、田圃に繰り出し、あぜ道などで、集落上から下方向へと計7回獅子を舞います。
    目的は「虫送り」と同等です。今年は7月15日の予定ですが、私達も「雨」が降ると神社で1回獅子舞をして終了です。
    秋田には私の知らない行事が、まだまだたくさんあるんでしょうね。
    こうして拝見させていただき、手に取るようにわかりやすい解説は素晴らしいですね。
    また、ここの集落のみなさんの対応、何だか私の集落のみんなと似ていて思わず、笑ってしまいました。
    akitafesさんはアルコールはいけますか?
    次の記事も楽しみにしております。

    1. TAIKO BEATさん
      書き込みありがとうございます!
      虫送りと虫追いは名称が異なるだけで同じ行事のようです。
      やはり鳥海町でも虫追い行事が行われているのですね。
      田んぼのあぜ道を虫追い行列が進む、風情あふれる光景が浮かんでくるようです。
      それにしても鳥海町~小坂町までって何km離れているんですかね?
      あらためて秋田県の広さを感じてしまいます。
      そうそう。鳥海前ノ沢太鼓保存会のHPを拝見させていただきました。
      精力的な活動ぶりが伝わってきました!
      そのうち、観覧させてもらいます!
      因みに私はビール以外は飲めません。。。

    1. 隣人1号さん
      いつもありがとうございます。
      濁川集落にひっそりと伝わる行事かと思っていましたが、小坂町でも重要な行事のようです。
      小坂郷土館には男女のワラ人形が展示されています。
      ぜひ一度ご覧になってみてください!

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