土崎神明社祭の曳山行事

2017年7月21日
今回取り上げるのは、秋田でも有数の大きな祭り「土崎神明社祭の曳山行事」である。
別名「みなと祭り」とも呼ばれるこの祭りは、秋田市土崎地区で7月20・21日の2日に渡って行われる。
土崎各地区の曳山(やま)が各所を豪快に廻る、土崎の港衆が熱く燃えるお祭りだ。
穀保町御旅所での神輿迎え、本町通りを北に運行する御幸曳山(みゆきやま)、相染町からの戻り曳山(もどりやま)など様々な見所があるが、今回は祭りのクライマックスたる21日夜の戻り曳山を観覧することに決めた。
祭りの概要はこちらのサイトに分かり易く書かれている。

5月に秋田駅前で開催された、食と芸能大祭典2017で曳山を鑑賞してからそれほど日が経ってはいないが、みなと祭り本番はかなり前に1度鑑賞したきりだ。
日中のクソ暑い中、時間つぶしに‥と思って土崎まで出かけたものの、お祭り屋台の放つ熱とひどい人いきれ、そして遅々として進まない曳山に辟易し、30分ほどで帰った記憶がある。
それ以来見に行くことはなかったし、あまり興味を持って接する機会もなかったが、昨年の食と芸能大祭典で久々に鑑賞した折には印象が変わっていた。
前に見たときより格段に活気があって、結構いいんじゃない?
曳子たちが躍動しているし、子供たちまで加勢して曳山を曳くシーンはちょっと感動ものだった。
その様子はこちらでご覧いただきたい(画質悪いですが。。。)

そして当日
戻り曳山の開始時間夜8時に合わせて、7時半頃に土崎に到着
「祭りはどこでやってんのかなあ?」などと探す必要は全くない。
幹線道路である国道7号線を走っていると、明らかに人の流れが土崎中心地へ向かっているのが分かる。
適当に車を止めて管理人も早速人が集まっている方へ向かう。
土崎のもう一つの(?)名物ポートタワーセリオン

そして、祭り屋台の並ぶ通りへ。たくさんの人だ。

どこかの商店の店頭で配布されていた「土崎港曳山まつりまっぷ」をゲットする。
参加する町内や運行ルートが詳しく書かれており、みなと祭りビギナーかつ土崎の地理に明るくない管理人には非常にありがたい。
まつりまっぷによると、今年は22の町内が曳山を出すらしい。

まつりまっぷによる紹介で「曳山まつりメイン通り」とされている本町通り
このたくさんの人の中に、このあと曳山が入ってくるなんて信じられません。

案内所「祭の駅」に飾ってあったミニ曳山

地元の方から、曳山まつりメイン通りよりも、(戻り曳山の出発点である)相染町に近い通りのほうが人混みが少ないのでゆっくり見れるよ、と教えてもらった。
早速移動する。
その途中土崎神明社に立ち寄る。


この神社は、曳山まつりメイン通りからすぐの場所にあるので通りの喧騒は聞こえるものの、人もまばらで何となく落ち着く。
いい雰囲気の神社だなあ‥と思っていると「ドドーーン!!」と花火の音が鳴り響いた。
そう、戻り曳山の始まる午後8時を迎えたのだ。

相染町近くまで進まねば‥と思い、地元の方に教えていただいた人混みの少ない通りのほうに行ってみたが、まだ曳山が出発した気配はない。

まあ、この手の祭りにスケジュールなんてあってないようなもんだし‥と20分ほど待っていると、遠くから来ました来ました。曳山が
一番手の登場は幕洗川三区
今年の祭りを仕切る統前町(とうまえちょう)の一つだ。
因みに今年の統前町は幕洗川三区の他に、「幕洗川一区」、「幕洗川二区」、「南幕洗川」、「新柳町」、「愛宕町」となっている。

おー、威勢がいいねえ!
曳山にそれほど大きさは感じないが、やはり実際に曳いている場面を見るとかなりの迫力だ。

曳山には武者人形、裸人形、外題札、夫婦岩などが飾られている。
御幸曳山ではこちら側が前となるが、戻り曳山ではこちらを後ろにして曳くことになる。
荒々しい形相の武者人形が一際目立っている。
現在、武者人形を制作しているのは秋田市寺内の越前谷人形工房、ただ1件だけだ。

この幕洗川三区を先頭として、この後続々と曳山が入ってくることになる。
ただし、出発時間や、どこで止まってどこで演芸を披露するかなどは全てその町内次第だ。
運行の様子も、突然猛ダッシュしたかと思えば、ピタッと止まって休憩を入れ、一休みののちダラダラ動き出す、といったかんじで不規則極まりない。
この祭りの魅力を語るときに「勇壮な曳山と威勢の良い曳き子とお囃子」みたいなまとめ方をしているのを聞くことがあるが、何よりもこの自由さ加減、良い意味のグダグダさ加減(ホントに良い意味で!)が重要なポイントだと思う。

止まっていた曳山が再び動き出す。
その際に披露されるのは音頭上げだ。
一人の音頭取りとたくさんの曳き子が曳山の出発に際して交互に声を上げる、いわゆるコール&レスポンスだ。
秋田県立図書館で借りた、平成14年に秋田市教育委員会が発行した「土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト」を読むと、このときの呼吸があってないと曳山の動きにも悪影響が出るらしい。

続いては南幕洗川

車輪と心棒のくさびが軋んで「ぎぃぃぃぃーーーーーー!」と耳障りとも言える音がするが、この音は祭りの名物でもある。
あまりに軋みがひどいときには軽油と天ぷら油をブレンドさせたものを潤滑油としてかけるらしい。
たまに「小川のせせらぎが私の幼い頃の思い出の『音』です」みたいな話を聞くが、土崎の人たちは、曳山のぎぃぎぃ鳴っている音が思い出の音なのだろうか。

それにしても南幕洗川の曳山はちょっと軋みすぎではないか。
ほとんどエレキギターのフィードバックノイズだ。

続いて幕洗川一区

曳山は1号車から27号車まで割り振りされ(台数は22題だが、途中4や9といった演技の悪い数字は飛ばされるため)、27号車である幕洗川三区を最初として大きい番号順に出発する。

続いて幕洗川二区が登場

幕洗川二区の秋田音頭

曳山の運行の途中に数々の演芸が披露される。
中でも秋田音頭はもっとも親しまれている踊りであり、手踊り、花笠音頭、組音頭の3つの振り付けがある。
ここで披露されているのは組音頭
芝居の動きを取り入れた動きらしく、キビキビと快活に踊る様が小気味よい。

続いて新柳町

この祭りは昨年認定された日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~」の構成要素の1つとなっている。
北海道函館市~福井県敦賀市のあいだに点在する北前船の寄港地・船主集落の文化的つながりが評価された訳だが、音頭上げは北海道のニシン漁場のものが伝わったとされている。
この祭り自体も北前船の船乗りが土崎神明社に神輿を寄進したのが始まりだそうだ。

曳山の名物の一つに「見返し」がある。
各町内が社会と世相を風刺した五・七・五調の句を披露するのだが、どの町内の句もかなり面白く、その面白さを競い合うために「見返しコンクール」が催されている。
で、今年の最優秀賞は新柳町の「加計(かけ)と森友(もり) 手打ちにしたい 安倍の側(そば)」が選ばれた。
新柳町に限らず、安倍首相を揶揄する句を作った町内は多かったが、管理人がいちばん気に入ったのは旭町三区の「いい国だ 70過ぎても 青年部」である。

続いては愛宕町

音頭上げと同様に、あいや節は北前船によってもたらされた。
九州地方にルーツがあると言われる「ハイヤ節」が起源らしい。
秋田市雄和に伝わる大正寺おけさや、新潟の佐渡おけさも同じ系統と踊りと考えられている。
あいや節のことを「哀調を帯びた」旋律と表現することは多いが、勇壮なお囃子とは違うスローなテンポと曳山運行の豪快さのギャップが面白い。

ドンドコドッケを披露
ご婦人とその娘さんと思しきお2人が飛び入りで踊る。
お2人とも本当に素敵な笑顔だ。
こうして地元に根付く伝統が、親から子へ、さらにその子へ引き継がれていくことに思いを馳せると(当たり前なことのはずなのに)なんだか胸がいっぱいになる。

続いて港北町

港北町はドンパン節を披露
「土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト」にはたくさんの種類の踊りについての記載がある。
「ハタハタ音頭」なる踊りもあったそうだ。
秋田音頭やドンパン節は定番だろうが、たくさんの踊りが新しく生まれては消えていく、ということを繰り返しているのだろう。

港北町の曳山の前方部分(戻り曳山の際には後方となっている)
ライトの照らし方が独特で、陰影がはっきりと浮かび上がっている分、人形がさらに迫力を帯びている。

土崎経済同友会が昭和56年に発行した「みなと祭りのしおり」を読むと、先に書いたように現在は人形制作をしているのは越前谷人形店だけだが、以前は秋田市内にもう1件あったそうだ。
で、そちらのほうが作った人形は精密で、綺麗な出来栄えなのに比べ、越前谷人形店のものは粗が目立ち、わりと大雑把なつくりだったそうである。
ところが、戻り曳山の際に明かりに人形が照らされると俄然、越前谷人形店制作のほうが凄みを帯び「妖しいまでの迫力を持っていた」という。

若松町が登場

若松町のドンドコドッケは演奏が素晴らしい。
ちょっとつんのめり気味の太鼓の拍子と、豪快さと朗らかさを湛えた唄がよく合っている。

もうこのへんまで来ると、どの町内の曳山が出て、どの町内の曳山がまだ出ていないか、とかよく分からない。
曳山がなかなか進まないなあー、と思って前方を見てみるとどこかの町内の曳山が全く動いておらず、それが原因で渋滞が引き起こされていたり、前のほうでは踊りの曲、目の前では「ジョヤサ!」の掛け声とあいや節、後ろでは曳山の「ギイイイイーーーーーー!」が鳴り響いていたり、というかんじで狂騒の度合いがハンパない。
祭りの渦にズルズルと引き込まれていく感じがする。

将軍野五区に続いて、将軍野四区が登場

続いて、とびきり活きのいい町内が登場。鉄道社宅だ。

そのほとんどが旧町名を冠して参加しているこのお祭りの中で、「鉄道社宅」として加っているのはとてもユニークだ。
自称「山車馬鹿軍団」のネーミングどおりに躍動感のある曳きっぷりだ。
この人たちの曳山行事にかける情熱は、こちらのHPを見ただけで十分に伝わってくる。

そして山車馬鹿軍団、いや鉄道社宅は踊りを披露

後ろ姿も決まっています。

続いて将軍野一区

そして将軍野三区
見返しは「大臣よ しどろもどろで 棒読みか」の句に、県出身の前法務大臣と思しき人形が添えられている。
身内(同県人)を揶揄するこの感覚、大好きです。

車輪の前後両側に振り棒がかませられている。
前方側がブレーキ、後方側がアクセルと言えば分かり易いだろうか。
後方側の振り棒がぐいっと上げられることにより、テコの原理で進発するようになっている。

巨大な曳山を自在に動かすために、振り棒を操る高度な技術は欠かせない。
「土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト」には、土崎では昔から港で石などを運ぶ際に頻繁にテコを使い棒を用いていたので、その技術が祭りにもたらされたのではないか?との記述がある。
(そのとおりであれば)地域の生活・仕事に根ざした技術が今も活用されているというのは、本当に素晴らしいことだ。

続いて将軍野二区


このお祭りに特定の衣装はないようだが、年配の男性においては浴衣姿に襷、カンカン帽のスタイルが目立った。
あまりにカチッとキメすぎておらず、どこかヨレッとしたところがあるのがとてもお洒落だ。
年配の男性でないとできない着こなしだと思う。

清水町二区

観覧しながら徐々に北の方向に進んでいったところ、踏切のあるあたりまでたどり着いてしまった。
ここはもう旧相染町内であり、スタート地点の御旅所は目前である。
旭町一区の踊り


それにしてもたくさんの種類の演芸があることにちょっと感心してしまった。
この後、旭町一区は往年のディスコヒット「バハマ・ママ」に乗せた踊りまで披露していた。

続いて旭町三区

時間は10時を過ぎた。
この後、相染町、新町、壹騎町二区、小鴨町、古川町が登場予定ではあるが、旭町三区が踏切を通過したのを見届けてそろそろ帰るとしよう。

帰路の最中、たくさんの曳山を追い越すことになる。

将軍野一区の曳山の運行

おそらく曳子、お囃子方含めた行列一行がもうへとへとだろう。
祭りの初日の昨日から曳山を曳き、踊りを踊り、演芸を披露しているのだから疲れていないはずがない。
ましてや酒を浴びるほど飲んでいるだろうし。
このお祭りの本領はそういった中で作り出される賑やかさ、豪快さにあるように思う。

曳山まつりメイン通りにはまだたくさんの人がいるが、その中で鉄道社宅がドンドコドッケを披露

この賑わいのなかで楽しそうにドンドコドッケを踊っている様子を見ると、まるでこのお祭りがエンドレスであるかのような錯覚に陥ってしまう。
このお祭りの懐の大きさというか包容力というか、全てを曳山祭り一色に染めてしまうかのような底知れぬパワーを感じた。

そして祭りの喧騒を背に、駐車場へ到着
駐車場は国道7号線を挟んだ場所で、祭り会場からは結構距離があるのだが、笛と太鼓の音、「ジョヤサ!」の掛け声、マイクでがなり立てる男性の声などが大音量で聞こえてくる。
時刻は11時になろうとしているが、土崎の熱い夜はまだまだ続きそうだ。

ということで初めての土崎港まつり戻り曳山の観覧が終わった。
祭りに先立つこと1週間ほど前、秋田魁新報の県央地域面にこの祭りの特集が掲載され、見どころや祭り独自の用語についての説明が書かれていた。
その中で「熱気あふれる祭りというのは知られているが、どのような行事かよく知られていないのでは?」との記述があった。
管理人もまさしくその通りで、熱気がすごくて盛り上がる祭り、というステレオタイプな印象しかなかった。
熱気がすごくて盛り上がるのはそのとおりなのだが、実際に観覧してみて感じたのは、猥雑とも表現できそうな得体の知れない熱気である。
そして、その得体の知れなさの根源は、ここ土崎が港町であり、北前船を通じて全国各地の文化が流入していることと無関係ではないと思う。
様々な文化や習慣がクロスオーバーした結果、土崎ならではのお祭りとなり、それが土崎の人たちのアイデンティティの一部と化しているのだと思う。
一言では語れないぐらいに多様な魅力を持つ祭りではあるが、その一端に触れられた気がした夏の一夜だった。


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