駒形のネブ流し行事

2017年8月6日
以前記事に書いた、田代岳の岳参り作占い行事と同様に、今回も前々から管理人が見たいと思っていた行事のひとつだ。
駒形のネブ流し行事
秋田の祭り・行事」で行事の写真を初めて見た時から、その素朴で慎ましい様子に何故か郷愁に似た感情を強くそそられ、胸がキュンとしたのを覚えている。
行事の行われる能代市二ツ井町駒形には縁もゆかりもないし、七夕行事に特別思い入れがあるわけでもない。
「好きになるのに理由なんかない」とはこのことなのだろうか?

行事は毎年8月6日に開催される。
この日は秋田の竿燈最終日であり、管理人もほぼ毎年竿燈を観覧していた。
竿燈好きの人たち、いや秋田市民なら先刻ご承知かと思うが、最終日の3回目(最終)演技はこれが今年の竿燈納めとばかりに、どの竿燈会も継ぎ竹を足しまくるわ、傘やら大扇子やらを開きまくるわの大団円を飾るに相応しい盛り上がりを見せる。
が、今年はその熱狂に背を向けて駒形のネブ流しを観覧することを早くから決めていた。
「秋田の祭り・行事」を読むと、駒形のネブ流しは「七夕行事の原型を偲ばせる」と書かれている。
それがどういう意味かは記事を読み進めてもらえば分かると思うが、2つの同根の行事(竿燈まつりと駒形のネブ流し)が同じ日に全く異なる様相を呈して行われるのは興味深い。

この時期の秋田は1年のうちもっとも気温が高く、ご多分に漏れず当日8月6日も暑い。
管理人の住むあたりは竿燈まつり会場から近く、祭りに集まってくる人たちや、たくさんの車・観光バスの影響があるのだろうか、通常に比べて2割増しで暑い(マジです!)。
そんな酷暑のなか、3時に自宅を出発して能代市に向かう。
駒形のネブ流しは夜7時から始まるので少々早い出発だが、それには目的がある。
この日は能代伝統の役七夕(やくたなばた)初日でもあり、そちらもさわりだけ見る計画を立てたのだ。
ということで、能代市街を練り歩く城郭灯籠です。


管理人はこれまでしっかりと役七夕行事を見たことがない。
伝統行事・芸能が目白押しの8月ではあるが、そのうちじっくりと観覧したいと思う。
因みに管理人は役七夕のお囃子のメロディーがとても気に入っている。

20分ほど役七夕を見たのち、国道7号線を東進し、二ツ井町駒形を目指す。
およそ30分ほどで到着
駒形集落は戸数30戸に満たない小さな集落だ。
道路も細く、なかなか駐車スペースを見つけられず、集落奥の川沿いになんとか駐車
車を降りるとこんな景色が

写真左手に見える高架道は秋田道
それはいいとして、クソ暑い秋田市内とは違って、暑さをほとんど感じさせない場所だ。
実際には暑いのだろうが、緑に囲まれた環境が涼しさを呼んで快適そのものだ。
あたりに響くヒグラシの鳴き声、夕陽が山の端に沈みかけて景色が徐々に薄暗くなる、まさにこれぞ夏の夕暮れの田園風景
最高です、ホントに

車を停めた集落外れから集落の中のほうへ向かう。
ほどなく、↓のような光景が!!


おお‥あった、ありました。
思い焦がれていた行事の象徴に出会えて感無量だ。
行事の際に持ち運ぶ、「大竿」「小竿」と呼ばれる杉の木と柳の葉で作った竿だ。
提灯が計8個つるされているほうが大竿、計4個のほうが小竿
大竿は3本作られ、小竿は2本作られる。

秋田県立図書館で借りた「駒形のネブ流し-文化財収録作成調査報告書-」を読むと、竿につけられる柳の葉は行事当日に集落を流れる駒形川の上流から刈り取ることになっているらしい。
駒形川上流 - 管理人がちょうど車を停めたあたりだ。
この上流の付近がちょっと厄介で、アブがブンブンと飛び回っているのだ。
管理人は短パン姿だったのだが、右足の脛のあたりをブスブスと何箇所も刺されてしまい、10日ほど腫れが引かなかった。
ということで、この行事を観覧しようとする方は是非とも虫除けスプレーをしていくことをお勧めしたい。

集落に人の姿はない。

あとで集落の方に教えてもらったところによると、集落は現在27戸で構成されているそうだ。
耕作地を増やすこともできないため、戸数も昔とほとんど変わらないらしい。

竿を立てかけている小屋の持ち主の方のお宅を訪ね、行事に関する話を聞いてみる。
なんでも、すぐ斜向かいのお宅が集落の区長さん宅とのことで、詳しい話はそちらで聞けるとのこと
ということで、区長さん宅を訪問
区長さんは行事に備えて、すでに浴衣にたすき掛け姿だったが、このワケの分からん訪問者を快く出迎えてくださり、ブログ記事化も快諾いただいた。
行事は7時半頃に始まるらしい。

行事の中身について説明したい。
冒頭で紹介した「七夕行事の原型を偲ばせる」の意味についてはもうお分かりだろう。
杉の木を十字にくくり、柳の葉を羽織らせて、さらに丸提灯を吊るす竿の形は秋田の竿燈を想起させる。
江戸時代後半に、秋田藩領民の生活風土を記録した「秋田風俗問状答」には、竿燈について「長い竹に横竿を幾段にも結んで、大きな灯籠を三十、四十、五十もつける。力自慢の者を選んで一人でこれを持たせる。交代する者三、四人をともにして、その後ろへ太鼓二、三を乱調に打ち鳴らして、一町きりに若者たちが群をなしてあとに続く」との描写がある。
場所は違えど、駒形のネブ流しはまさにこの様子を再現するかの如く、田楽灯籠と呼ばれる携帯型の灯籠を持った子供たち、竿を運ぶ大人たち、笛・太鼓の順で集落内を練り歩く行事だ。
秋田の竿燈が、現在は隊列を組んで行進するものではないうえ、竿を持ち上げる腕力自慢の要素よりも技を競う要素が強くなり、原初のネブ流し行事の形態からかけ離れたものとなった一方、いにしえの姿を色濃く留めているのが駒形のネブ流し行事なのだ。

行事の開始まで時間があるので集落内をぶらぶら歩く。


これが駒形川
集落内を巡行したのち、竿に付けられた柳の葉は「ネブネブ流れれ、ケガチも流れれ」の掛け声とともに川に流される。
「駒形のネブ流し-文化財収録作成調査報告書-」には、昔は川の水量も多いうえに流れも急だったので、柳の葉が勢いよく流れたが、今は川の水位も下がり、昔のようには流れないとの記述がある。
これは一体どういう理由なのだろうか?やっぱり地球温暖化の影響?

日が暮れてきた。
あたりが徐々に薄紫色を帯びてくる。

時刻は7時を過ぎた。
集落の人たちが徐々に集まり始める。


たすき掛けの手伝いをしあったり、太鼓の練習をしてみたり、さらには浴衣姿の子供たちやその親御さんたちも集まり、わいわいがやがやと祭りの前の雰囲気が高まってきた。
のどかな田園風景に囲まれた小さな集落のお祭り前
これほどまでに気分が高まる瞬間はそれほどあるものではない。

田楽灯籠と竿の丸提灯に火が灯される。
集落の中は明かりがほとんどなく、故に竿と灯籠の明かりが本当に綺麗に周囲を照らす。
その昔、行事が始められた頃とほとんど変わらない光景なのではないか、と思ってしまう。
行事の形態が変わらないとはいえ、近代化の影響でいにしえの雰囲気が失われた祭り・行事は多い。
そんな中で、昔と何も変わっていないと思わせるこの行事の素朴さは本当に貴重だと思う。


竿の周りでバシャバシャと写真を撮っていたところ、大竿の持ち手の方から「持ってみる?」と声を掛けられた。
では、お言葉に甘えて‥とばかりに大竿をよいしょっと持ち上げてみた。
う‥、お、重い。。。
見た目以上にずっしりと重量がある。推定30kgぐらい
これは持つだけで一苦労で、さらに巡行するなど至難の業です。
大竿は人を替えながら1人で持ったり、2人で持ったり、と特に持ち方に決まりはないようだが、たいへんなことには違いない。

頑張ってね!

因みに、管理人の他にカメラを携えた男性1名(集落の関係者の方?)ともう一人、能代市内に本社を置く地方紙「北羽新報」の記者さんが撮影組として巡行に同行した。
北羽新報の記者さんは、本来は祭り・行事の担当(文化部とか?)ではないのだが、この日は多くの人手が能代の役七夕に持って行かれたため、専門でないにもかかわらず取材を申し渡されたそうだ。
おつかれさまです。。。

そして、巡行の開始です!


ほのかに夕暮れの明るさが残るなか、笛と太鼓の音を背に受けて巡行が始まった。
田楽灯籠、笛・太鼓、大竿3本は集落のメインストリートとでも呼ぶべき、いちばん大きな道路を進んでいくが、小竿2本は巡行の開始と同時に別にルートを取り、集落の細い通りを巡行する。
この行事は分類すれば「七夕行事」というカテゴリに入ると思うが、同時に集落に禍をもたらす害虫を川に流す「虫送り」の要素も併せ持っている。
ということで、なるべくたくさんの虫を竿に集めるために、集落の大きな道から小さな道まで分け隔てなく巡行するのが慣わしだ。

「駒形のネブ流し-文化財収録作成調査報告書-」によると、七夕行事は「古来より中国から伝わった宮廷行事」、ネブ流し行事は「祖霊信仰」に起源を求められる、本来別の行事らしい。
ただ、開催時期が近いうえに行事内容に親和性があったため、いつの頃からか融合されて現在に至っているそうだ。
ここ駒形で言えば、それにさらに虫送りの要素も加味されて、このような行事形態になったと言えるだろう。
七夕行事についてはこちらのサイトの説明が分かり易い。


以前は、子供たちが「ネブネブ流れれ、ケガチも流れれ(睡魔、眠気、流れろ。飢饉も流れろ)」と声をあげながら巡行したそうだ。
かつて睡魔は「魔」の字が入ることから分かるように、悪い病気を呼び込むもとになると考えられていた。
もちろんそんなことはないのだが、おそらく怠惰な気持ちを戒める意味が込められているのだろう、昔は怠け心を抱えて何もしないひとが、ぬくぬくと生きていけるほど裕福な社会ではなかったはずだ。
そういった意味では、たしかに睡魔は悪い病気のひとつと言えるのかもしれない。

道中には提灯、田楽灯籠以外の明かりがなく、かなり暗い。
北羽新報の記者さんから「フラッシュを使って撮らないんですか?」と尋ねられた。
あ、そうですよね、使ってみますか!と撮影


んーー、やっぱ雰囲気出ないっス。。。
雰囲気重視ならばフラッシュ使わないほうがいいかも(下手な写真しか撮れてないんですけどね。。。)


上の動画には、大竿と小竿が合流するところが映っている。
先に、大竿は大通りを、小竿は細い通りを巡行すると書いたが、正確に言うと小竿は「唐子町」「林町」「大町」「馬喰町」を練り歩く。
戸数27戸の典型的な農村集落ながら、そのなかに○○町と呼ばれる地域が4つもあるのはちょっとした謎である。
集落の歴史を辿っていけば何かしらの理由があると思うが、ちょっと興味を惹かれるテーマではないか。

巡行はそろそろ終わりに近づいている。


七夕行事とネブ流し行事はもともと別物だと先に書いたが、田楽灯籠と大竿、小竿が巡行する様はまるで地上の天の川のようだ。
いにしえの人たちが、ネブ流しに七夕の情緒を感じ取り、行事をまぜこぜにしたのも無理はなかろうと思う。
本当に美しい。


この行事にはその起源を伝える資料がなく、現在まで口伝により継承されてきた。
ネブ流し行事の一形態として、秋田の竿燈と同じルーツであることは容易に推測できるのだが、能代市とその周辺は役七夕に代表されるような城郭灯籠が主流(能代市仁鮒にも同様の行事がある)となっているなか、なにゆえ駒形集落にのみこのような形の七夕行事が存在しているのかはよく分かっていない。
秋田県では他に大館市比内町中野で行われている「中野七夕」が、竿に絵灯籠を吊るす竿燈スタイルの行事として行われているが、そちらのほうは由来・発祥は正確に残されている。

柳流しを行う駒形川下流に到着
およそ15分ほどの巡行だった。

そして竿から柳の葉を外して駒形川に投げ捨てる。


「せえーの!」というかんじで柳の葉をスポーンと竿から外して取る。
竿の制作にあたっては釘や止め金などは一切使わず、独自の方法で組み立てるそうだが、おそらく柳の葉の付け方にも何かしらの手順があり、そのとおりに行うことで柳の葉だけを抜き取ることができるのだろう。
柳流しのときに「ネブネブ流れれ、ケガチも流れれ」をようやく聞くことができた。
これを以て集落中から集めてきた、睡魔、飢饉、害虫といった厄災をもたらすものは全て川に流した、ということになる。
できるならば先に管理人をブスブス刺しまくったアブたちも一緒に流れていってほしい。

柳を投げ捨てた下流のすぐ向かいにある集会所で、直会が始まる。
てっきり建物のなかで行うものかと思っていたが、屋外での開催だった。
心地よい夏の夜の宴です。

竿から取り外された丸提灯は集会所敷地内に並べて吊るされる。

建物前の広場はこじんまりとしたスペースながらも、提灯の作り出す明かりと集落の人たちの楽しげな様子でこちらも素晴らしい雰囲気だ。
おそらくはこの光景も、いにしえよりほとんど変わらないまま、現代に受け継がれてきているのだろう。

そして直会の開始と同時に竿の持ち手たちによる奴踊りが始まった。


奴がしら1名を中央に置き、その周りを囲みながら奴踊りが披露される。
扇を効果的に用いたキレのある舞だ。
今日披露されたのは「サギリ奴」「まわり奴」「ただき奴」「かぶり奴」の4演目(だったと思う)
以前は20演目ほどあったのが、現在では代表的な演目だけに限られているらしい。


ここ駒形には「駒形獅子踊」という、雄獅子2頭と雌獅子1頭による獅子踊が長いあいだ伝承されていて、この直会の場でも披露されていた。
「駒形のネブ流し-文化財収録作成調査報告書-」は平成16年の行事を対象とした調査報告書だが、そちらにも駒形獅子踊が25分にも渡って踊られた、との記述がある。
それがここ最近になり、踊られなくなってしまったそうだ。
地域の過疎高齢化がその原因であり、獅子踊はいかんせん激しい踊りのため、体力のある若者でないと踊れないらしい。
たしかに、綴子の大太鼓のときに鑑賞した獅子踊は飛んだり跳ねたりの躍動的な踊りだった。
年配の方々だけでは行事の存続が立ち行かなくなっている現状は寂しいかぎりだが、それでも獅子踊と必ずセットで踊られる奴踊りは健在であり、少々ほっとした気分にさせられる。

奴踊りに続いては集落の女性部の皆さんによる舞踊


女性部の皆さんは「旧二ツ井音頭」「よされ」「あいうえ音頭」の3演目を披露
楽しげに踊る様子が宴会気分を盛り上げてくれました。

踊りが終わり、本格的に直会が始まる。
踊り手の皆さん、おつかれさまでした。暑い夏のビールは最高っすね!(管理人は飲んでいませんよ!)

本当に畏れ多いことだが、管理人にも席を用意していただいた。
ありがとうございますm(_ _)m
こちらは手作りのモツ煮込み。美味でした!


集落の人たちと、駒形集落のこと、二ツ井町、県北地方の伝統行事のことなど様々な話をした。
「この行事(ネブ流し)もいつまで続けられるか分からないなあ」などと言いながらも、酒がいいかんじに回ってきた集落の皆さんは何だか楽しそうだ。
それでも、駒形獅子踊が休止中となっている現状には皆一様に無念さを滲ませていた。
一説によると、鎌倉時代にこの地に伝えられたという伝統芸能が見られないのは残念だが、古来から伝わるネブ流しがしっかりと集落の行事として根付いている様子は本当に心強い。
そして、たくさんの料理と酒、楽しい会話で盛り上がった直会は9時に終了した。
管理人もお世話になった方々に見送られながら駒形集落をあとにした。

想像していたとおりの素朴で美しい行事だった。
このブログを開始して早1年だが、タイトルを「秋田の小さな祭りたち」にしようと決めた時に、念頭にあったのはこの行事だった。
素朴で、静謐で、あまり知られていないが、地区の人々の心の拠り所となっている美しい行事・祭り
まさに管理人が思い描いていたような行事だったし、そのような行事に触れることができて本当に嬉しい。
これからもひっそりと夏の夜を静かに照らす灯火のように、見る人に安らぎと楽しみを与える行事として続いてほしいと思う。


“駒形のネブ流し行事” への2件の返信

  1. いつも思うのですが、行事やお祭りに関する「下調べ」は、本当に頭が下がります。
    毎回拝見させていただいており、貴ブログに巡り会い、楽しみがまた一つ増えました。

    今回は全てに関して「素朴」そのものが伝わり、涙が出てきました。
    登場する方々も年輩者が多いですね。自然にこの記事と写真に流れるバックミュージックが浮かんで来ます。

    お恥ずかしいですが、この涙にはもう一つ理由があり、私の集落で毎年「直根(ひたね)神社例大祭」が春に行われるのですが、
    そこに奉納する「注連縄」を自分達で作り、集落を練り歩き、最終的には神社に奉納します。この一連行事を「長持ち奉納」と言います。
    本荘新山神社の「裸参り」(裸にはなりませんが(笑))の形式に似ており、小集落版とでも言いましょうか・・・。
    若者と子供の減少で「道中を練り歩く」事が出来なくなり、来年が最終となりました。
    記事を拝見しながら、これまでの自分達の行事と重なり、何とも言えぬ寂しさを感じた次第でした。
    最近涙腺も弱くなりましたね。
    つまらないコメントになってしまい、大変申し訳ありません。
    しかしながら、大いに感動したので、書き込みさせていただきました。

    1. TAIKO BEATさん
      いつもありがとうございます!
      今回の記事がTAIKO BEATさんの琴線に触れたようで、書き手としても嬉しいというか光栄至極です。
      それは何よりも駒形のネブ流しが信じられないぐらい美しく、素朴で、古の空気を現代に蘇らせたような風情あふれる行事だからこそだと思います。
      「長持ち奉納」が終わってしまうことは本当に残念ですね。
      時代の流れだから、のような陳腐な言葉で片付けられない想いがおありかと思います。
      過疎化、少子化の歯止めがかからない秋田ではこれから先、TAIKO BEATさんのような気持ちで行事・祭りの終わりを見届ける人が増えていくことでしょう。
      そのような行事・祭りに少しでも寄り添えるようなブログにしていきたいと思っています。
      これからも秋田の小さな行事・祭りをできる限り紹介していきますので、末永くお付き合いくださいませ!

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