濁川の虫送り2018

2018年6月3日
今回の行事は「濁川の虫送り」
何を隠そう(隠す必要はないですが)昨年もお邪魔したもののまさかの土砂降りに遭い、ハイライトとでも云うべき集落内の巡行を見れずに終わった小坂町濁川集落の行事である。
ただ、その不運と引き換えに集落の方々に本当によくしていただいた思い出深い行事でもある。
そして、今年の開催スケジュールについては、昨年大変お世話になった集落在住の中村義信さんと前々からコンタクトを取り合い、無事に6月3日(行事は6月第一日曜日開催)を迎えることができた。

まずは義信さんに教えていただいた当日のスケジュールだが‥
8:00  集合(摺臼野神社)
8:15  神事(作業前)~ 人形作り
12:00 昼食 ~ 昼休憩
13:30 神事(出発前)
14:00 記念写真撮影
14:30 地域内巡行 出発
16:30 巡行終了(濁川自治会館到着)
17:00 さなぶり ~ さなぶり終了後お開き
といった具合だ。
管理人は午前中に私用が入っていたため、13:30の神事(出発前)のあたりから合流することにした。
また、行事の詳細については、こちらも昨年大変お世話になった中村周傍さんが管理人にくださった自著「無為漫録 第一集」にかなり詳しく著述されているので、そちらを参考にさせていただいた。

さて当日
11:00に私用を片付け、小坂町を目指して出発
国道285号を北上し、鷹巣ICから秋田自動車道に乗って小坂北ICで下り、車を数分走らせたあたりが濁川集落だ。
集落は岩手県盛岡市から青森県平川市へと続く国道282号線沿いに位置している。
昨年8月に川上地区連合盆踊りを鑑賞した川上公民館に車を置いて、集落の皆が集まっているであろう摺臼野神社へ徒歩で向かう。
神社へ向かう途中の景色。去年は雨に泣かされたワケですが‥


どうですか!この天気。まさしく雲ひとつない晴天!
去年の借りを返しても、なおお釣りが出るくらいの晴れた空!
昨年見損ねた虫送り巡行が行われるのは確実だろう。
まずはよかったよかった。

国道沿いに鳥居が立っている摺臼野神社

神社の中に入ると、見知った顔の皆さんが「おー来たか」と声をかけてくださった。
昨年8月の盆踊り以来です。ご無沙汰しております。
管理人が昼ご飯をまだとっていないと告げると、早速おにぎりとたけのこ汁を振舞ってくださった。美味しかったですm(_ _)m
そして、上手(かみて)のほうに目をやると‥


この行事の主役、男女一対の人形二体(上:男性 下:女性)が行事の開始を待つように鎮座
先に書いた当日スケジュールに「人形作り」とあるように、この二体の人形は午前中に集落の方々によって手作りされる。
そして巡行の際に集落内の厄災を集めたのち、その日じゅうに焼かれることになる。
せっかく作ってもどうせすぐに焼かれるんだから‥とか半端な理由で手抜きをすることなど全くなく、集落の伝統に従って精巧に作られている。

義信さんから提供いただいた、午前中の作業風景が↓の4点の写真

管理人が到着した頃には昼休憩中ということで人がまばらだったが、13:30~の神事に合わせるようにどんどん集まってきた。

なお、集落の人たち以外に秋田の農村集落の活性化支援を目的とし、県が展開する「秋田元気ムラ支援室」からお二人の職員もこの行事の取材に見えられた。
元気ムラ支援室のサイトは管理人がこのブログを立ち上げた当初にリンクを貼らせていただいたし、県内ほぼ全域でのきめ細かい取材は本当に役に立つ情報に溢れている。
未見の皆さん、是非ご覧になってくださいね。

集落の人たちは背中に「祭」と書かれた法被を着用
法被は「揃いの衣装があったほうがいいよな」ということで、近年になって着用するようになったそうだ。

そして神事の開始

神事が終わるといよいよ出発準備


この地で永く受け継がれてきた伝統の川上大太鼓
細く長いバチを合わせると「パーーン!!」という乾いた音が轟く。
昨年は巡行中止ということで、屋外での大太鼓演奏を聞けずじまいだったが(短い時間ながら、小屋に格納したままの状態で演奏が行われた)、今日はこの晴天の下、素晴らしい音色が聞ける訳だ。

時刻はちょうど14時。恒例となっている本殿前での記念撮影
最前列中央の男性が濁川集落の区長さん、その両脇に赤奴と白奴(赤の衣装が赤奴、白い衣装が白奴です。で、赤奴が中村義信さんです。)
赤奴は女性の人形を持ち、白奴は男性の人形を持つことになる。


今日の参加人数は20人弱。以前の写真を拝見すると30人ぐらいいたようで、人数が減っているのが少々寂しいところではある。
それでも小さな子からご高齢の方までが仲良く一枚の写真に収まり、ともに巡行するのはとても素敵なことだと思う。

準備が整い、いざしゅっぱーつ!!


基本的には徒歩で巡行するが、濁川集落の端から端までを廻るということで集落の北端までは全員車で移動
そこから国道282号線を南下しながらの巡行となるものの、道路沿いに民家のないところは車で移動するし、一部国道を外れて集落内の細い道を廻ったりと若干不規則なかたちでの巡行となる。
まずは集落の北端まで、めいめいが車に分乗して移動を開始する。
さて管理人はどうしようか?公民館まで車を取りに行くのも面倒くさいなあ、、、などと思っていたところ、元気ムラ支援室のお二方が「ウチらの車に乗りませんか?」と声をかけてくださったので、お言葉に甘えて後部座席に乗せていただいた。
これはありがたい。まさしくON LINE/OFF LINEともにお世話になっちまった。

ここが集落の北端。後日google mapで計測したところ、青森県まであと5kmの地点だった。

おのおの支度をして出立に備える。


ここで昨年も取材に見えられた北鹿新聞の記者さんが、撮影のため皆の到着を待っていた。
お元気でしたか?ご無沙汰しておりますm(_ _)m

そして巡行が始まります!


区長さんが「旦那」として行列の先頭を歩く。
それに続いて、挟箱(はさみばこ)、槍持ち、赤奴、白奴、幟旗持ちが連なり、最後尾に川上大太鼓という具合に隊列が組まれる。
そして高らかに響き渡る「赤奴~!白奴~!振り出せ~振り出せ!今年も豊年!満作だ~!!」の掛け声
抜けるような青空に、これまた突き抜けるような高らかな掛け声が響き渡る。ホント最高です!

ところで、虫送り行事とはどんな行事かご存知だろうか?
簡単に言えば「稲につく害虫を駆逐する伝統儀式」ということで、「集落の人たちが行列を作って、稲についた害虫を集めて村境に送り出す」というのが基本的な形式となる。
行列の際に「松明を焚いて、鉦や太鼓を叩く」「大声で唱え言をしながら幟や札を掲げる」など地域ごとにさまざまなスタイルがあり、中には本物の虫を紙でくるんで携行するという地域もあるようだ。
そしてここ濁川集落の場合は、藁で作った人形を担いで巡行したのち人形を川に流す、というスタイルに分類される訳だ。

10分ほど歩いた後に小休憩を取る。

それにしてもこの日はとにかく暑かった!
小坂町のこの日の最高気温は27℃。思わず「6月初旬の秋田ってこんなに暑かったか!?」とボヤいてしまいそうになる。
実は巡行前に義信さんから皆さんとお揃いの法被を手渡されていたのだが、多分暑いだろうなと着用をひかえた。
で、薄手のシャツ1枚の服装で巡行に同行したのだが、それでも汗が吹き出てくる。
法被を着ていたら汗だくのサウナ状態だったに違いない。

この先しばらくは民家がないので、車で少し移動したのちに巡行を再開

先に書いたように、ここ濁川の虫送りは人形に虫を集めて最終的に川に流すという形式だが、秋田の祭り・行事には「昔、殿様が農村の豊作を祈願する行事があり、農民たちがその行列をまねてその年の豊作と厄除けを願ったもの」と記されている。
おそらく大名行列に近い形の行列を目にした農民たちが、虫送りにその要素を取り入れて再現したということなのだろう。
たしかに「挟箱」と言えば大名行列の七つ道具のひとつでもあるし、「無為漫録 第一集」では旗持ちや挟箱のことを「中間(ちゅうげん)」と称しているし、今もその名残が見て取れる。
そして、殿様とはかつての領主である南部藩の殿様のことを言っているのだと思う。

そして、2回目の休憩を取る。

さすがにみんなこの暑さに参っていたのだろう、一斉にクーラーボックスの飲み物を手に取って喉を潤す。
区長から「ちゃんとした飲み物を飲めよー!酒は飲むんじゃねーぞー!」と指示が飛んでいたが、どうやらアルコールを入れちゃった方もいたようだ。

心なしか人形も暑さでぐったりしているように見える。


休憩中にもかかわらず川上大太鼓が時折演奏を披露し、若干お疲れ気味の皆を鼓舞する。
大太鼓の演目には「高屋」「大拍子」「七拍子」があるが、虫送りで主に演奏されるのは「高屋」
「ダンダカダン!ダン、ダン、ダン!」とシンプルではあるものの力強い拍子を刻む。
また本来は太鼓の胴を肩から襷掛けにかけて演奏するのが本来のスタイルだが、ここでは軽トラックの荷台に据え付けられた太鼓を叩くことになる。
奏者は昨年虫送りと川上地区連合盆踊りでも太鼓を叩いていた集落の男性。川上大太鼓の名手です!

休憩を終えて巡行が再開

赤奴、白奴が交互に「赤奴~!白奴~!振り出せ~振り出せ!今年も豊年!満作だ~!!」を繰り返すのが基本形だが、それと同じ節で「女子(おなご)の~!木登りぃ~!下からぁ見れ~ばぁ!(以下自粛)」という別の掛け声を聞くこともできた。
おそらくは殿様の行列をからかうというか、揶揄する意味を込めて集落の誰かが即興で作ったこの句を、他の皆までが「面白いじゃん!」と真似た結果、現在まで廃れることなく継承されたのでは‥と推測する。
それにしても、自らの行列を真似た行事にこんな卑猥な句が盛り込まれていると知った日には、南部の殿様の命によって集落関係者一同が即刻打ち首に処されたに違いない。

次は濁川会館でちょっと長めの休憩を撮ります。


休憩中に「いっちょう叩いてみるかあ」とばかりバチを手に演奏を始めたのが「無為漫録」の著者 中村周傍さん
郷土である濁川、小坂町への愛情もさることながら、その知識、探究心、考察力が素晴らしく、並の郷土史家では思いも及ばないほどの発想をお持ちの方だ。
その周傍さんの思いが詰まっているのが「無為漫録」
年配の方であれば昔の記憶が思い返されて懐かしさを覚えるだろうし、若い人であればかつての濁川、小坂町の姿を知ることができる、まさに温故知新の一助となること請け合いの良著だ。
是非たくさんの人に一度読んで欲しいと思う。

会館前で20分ほど休憩を取ったのちに出発。ここからしばらくは国道282号線を外れて集落内の小路をくねくねと巡回

国道に比べて当然交通量は俄然少なく、道路いっぱいに広がりながら巡行が続けられる。
↓の動画の背景に見える川はちょうど小坂川と古遠部川の合流地点あたりだ。

集落の人を見つけるたびに赤奴、白奴がその人のところへ向かい、人形に触れてもらう習わしになっている。

これは人に宿っている厄災、悪い虫を人形に移すのが目的だ。
人形は害虫を拾い集めるのみならず、人の心を清浄にする役目も担っている訳だ。
また、男性であれば女性の人形、女性であれば男性の人形に触れるのが決まりとなっている。
そして巡行を出迎える各家々で酒が振舞われるため、巡行が進めば進むほど酒量も増加することになる。

「無為漫録 第一集」には、幟に「豊年満作」「五穀豊穣」「風水害回避」「疫病退散」といった口上が書かれる、と記されている。
他にも「無形民俗文化財」「小坂町文化財指定」といった口上も混じっているそうだが、これらなどは明らかに近年の作と分かる。
虫送りという本来の意義に合わせて、集落の象徴的行事として守り続けたい、という意思が伝わってくるようだ。

再び国道へと出て、最後の休憩地となる川上公民館前へ


暑さと疲労感と振る舞い酒のおかげで皆さんぐったりです。
行列にふらふらと同道するだけの管理人ですらくたびれてしまっているぐらいなので、皆さんの疲労度は計り知れない。
人形もグロッキー気味に見えるが、もうすぐ大事なお役目(←小坂川沿いの川原で焼かれる)がある訳ですから気合いで乗り切ってくださいませ!

さー、ラストスパート!頑張っていきましょう!!

人形を焼く場所となる川原の手前の橋を渡る。
以前はこの橋から人形を川にドボンと投げて虫送りとしていたらしいが、他集落の人たちから「川に変なモンが流れているぞ!」とクレームがついたのをきっかけに止めてしまっている。


時刻は16時すぎ
1年でいちばん日が長いこの時期ではあるが、さすがに陽が傾いてきた。
そしてついさっきまであれほど暑いと感じていた日差しも和らいできて、心なしか涼しくなった気がする。
「ふー暑かったなあ。。。」という安堵の気持ちとともに、2時間近くに渡った巡行の終わりが近づいてきたことを実感

そして小坂川沿いの川原に到着

早速2体の人形を組み合わせて置き、周囲に祭具を配置する。

そして御神酒をかけて、皆で手を合わせて拝んだのちに点火


害虫と集落の災い、そして人心に潜む悪い虫を微塵も残さないぐらいの大きな炎が上がる。
昨年は巡行が中止になったものの、この儀式だけは取りやめる訳にはいかない、と豪雨が上がったあとの川原で人形に火がつけられた。
が、集落の方に教えていただいたところによると、昨年の稲は生育があまり良くなかったらしい。
その方は「やっぱり巡行やらなかったのがマズかったのかな~」と仰っていたが、さもありなんと本気で思わせてしまうぐらいの伝統を背負っている行事であることを実感した。

人形の中心のほうは火がまわりづらいため、カッターを用いて切り刻み焼け残しがないようにする。
一匹の虫でも残すわけにはいかないのだ。


形を全く残さずに人形は燃え尽きた。これで虫送りの終了となる。
ここで秋田元気ムラ支援室のお二方は行事をあとにされた。いろいろありがとうございましたm(_ _)m
ということで秋田元気ムラ 産地直送ブログのほうでもこの行事の様子をご覧になってください。

このあとは濁川会館へ戻り、直会の開始。昨年同様、厚かましくも管理人も同席させていただきました。

「無為漫録 第一集」を読むと、厳密に言えばここで行われるのは直会ではなく、さなぶり(田植えの終わりに開かれる祝宴。濁川では「ゴガツアガリ」と呼ぶそうな)ということになるらしい。
さらに言うと、虫送りの際にさなぶりを開くというよりも、さなぶりに合わせて虫送りが行われるのが本来の姿だったようだ。

会館内では集落の女性たちも加わり、支度が進められていた。

時間は17時
昨年同様に小坂町町長さんと教育長さんが見えられて宴会が始まる。
かんぱーい、皆様おつかれさまでした!!


管理人もノンアルコールビールで乾杯し、集落の人たちといろんな話をさせてもらった。
濁川の話、小坂町の話、はたまた今どきのニュースと多岐に渡る話題について語り合い、楽しい時間を過ごす。
言ってみれば、他愛もない話で盛り上がっただけのことだが、皆さんのエネルギーをいただいて「明日からまた仕事か。。。よーし頑張るぞ!」というポジティブな心持ちになれたのだった。

これが昼にも食したたけのこ汁。疲れた体に染みるお味です。御馳走様でした!

時刻は18時すぎ
そろそろお邪魔しようということで、皆さんに挨拶して濁川会館をあとにした。
昨年に続いて今年も集落の皆さんに良くしていただいた。本当にありがとうございましたm(_ _)m

濁川の虫送り行事の一部始終を見届けることができた。
集落の皆さんの元気で闊達な様子も最高だったし、1年越しの宿願であった虫送り巡行の鑑賞を果たせて本当に満足だ。
全国各地の虫送り行事はどんどん途絶えていく一方だという。
そんな中にあって、ここ濁川の虫送りはかつての農民たちの切実な問題でもあった悪疫退散、豊年満作の願いに独特のユーモアを混ぜ込んだ唯一無二の行事だと思う。
そして旧南部藩領、青森・岩手・秋田の3県の境界である小坂町の気風をベースとした明るく開放的な行事でもある。
小さくて慎ましくはあるものの、濁川の地に長く受け継がれる行事であり、この先もずっと続いてくれることを願いたい。


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