上淀川の鹿島流し

2018年7月1日
目立たないながらも秋田県内各地で行われている「鹿島流し」
6月に鑑賞した秋田市新屋の鹿島祭りに続いて、今回は大仙市協和上淀川におじゃました。
管理人的には子供たちの元気な掛け声、カラフルな吹き流し、可愛い鹿島人形といった賑やかさが鹿島流しの本領だとばかり思っていたのだが、上淀川ではある意味新屋の対極にあるかのような行事の様相を見せつけられることになった。

実は当初、この行事を鑑賞する予定はなかった。
行事開催日である7月1日は別の予定が入っていたのだが、急遽キャンセル。時間が空いてしまい、なんかお祭りないかな、、、とぼんやり「秋田の祭り・行事」を読んでいたところ、上淀川で鹿島流しが行われるというではないか(※同著では「鹿島流し(大仙市)」と表記されています)。
ただ、同著の情報が全て正しいという訳ではないし、このような小規模の行事に出向く折には訪問先となる自治体の教育委員会へ行事の開催有無を確認するのが鉄則だが、秋田市からそれほど遠くない距離であることも手伝って、空振ってもダメージは小さかろう、よし!とりあえず行ってみよう、と早速協和へ車を飛ばしたのだった。

ものの40分で上淀川に到着
行事は上淀川神明社をスタート地点として行われるらしいので、とりあえず神明社へ向かう。
さて、神明社の所在なのだが、国道13号線と国道46号線の交わるあたりであり、非常に分かり易い。全く探す手間がかからなかった。

国道13号線にかかる歩道橋から撮影

神明社へ向かってみます。

幟が掲げられていることから分かるように、今日7月1日は神明社の祭典の日でもある。
昭和43年に旧協和村(町制施行で協和町になる1年前です)が刊行した「協和村郷土史」によると、たいへん古い歴史を持つ神社であり、協和村民は県内一の古社と讃えていたそうだ。
また、鹿島流しに参加した方から聞いたところでは、戦勝祈願の神社として太平洋戦争中はたくさんの人が参拝に訪れたらしい。

そして社殿右側を見ると‥

おお!ありました鹿島舟。「秋田の祭り・行事」を信じてよかった!
まずは一安心

「秋田の祭り・行事」によると、鹿島舟は「コンゴやアカンチャの木で骨組みを作り‥」ということらしい。
アカンチャの木というのは「エゴノキ」のことで、地元では大正時代ぐらいまでにシャボン玉をアカンチャの実で作って遊んでいた、と「協和村郷土史」に書かれていた。
さて「コンゴ」の木とは?いろいろ調べたが全く分からず、ネットではコンゴ共和国がらみの情報しか得られなかった。
そして舟の真ん中には松が立てられていて、舳先には地元で言うところのガズギ(マコモ)があしらわれている。

新屋で見た鹿島舟に比べると格段にサイズが小さい。
新屋では仮舟といって、本船とは別に川に流すための小舟を用意していたのだが、上淀川のそれはちょうど仮舟を一回り大きくしたぐらいのサイズだ。
そして特徴的なのがまるで竜の頭部を模したかのような舳先
新屋や、昨年見た川尻の鹿島祭りでは見られなかったタイプで、いわば竜頭型とでも言おうか。
あまりこのタイプの鹿島舟を見かけないように思うが、ないことはない。
因みに同タイプに分類できる羽後町高尾田の鹿島舟などはネッシーか!というぐらいの首長の竜頭だったりする。

ガズギからニョロ~と出ている赤い板は舌

電球で目を表現
あとで地元の方に、もしかして暗くなると電球が点くんですか?と尋ねたところ、そんな仕掛けはないとのことだった。そりゃそうか‥

神社に隣接する上淀川会館にたくさんの人が集っているようなので、中に入ってみる。
どうやら地元の草野球チームの反省会だったようだが、ここで神明社の宮司さんに出会えたので行事について聞いてみる。
鹿島祭りは16時半を目安に開始するとのこと
「秋田の祭り・行事」には15時開始と書かれていたが、「この暑さだしなあ。もうちょっと涼しくなってからやろうってことだよ」と教えていただいた。
また、ちょっとびっくりしたのだが、子供は参加せず、大人だけで鹿島祭りが執り行われるらしい。
鹿島祭りイコール子供の行事だとばかり思っていたので、これには驚かされた。
でも大人だけの鹿島祭りというのも趣が全然違うだろうし、興味を惹かれるものがある。
とりあえず行事開始までの1時間あまりブラブラと暇つぶしをしたのち、16時半に再度神明社を訪ねることにした。

時刻は16時半になり、神明社に戻る。
日中は随分暑く、不用意に外でブラブラしていると汗が吹き出すぐらいだったが、この時間になると随分と和らいだようだ。
鹿島舟を見ると管理人がいない間に、準備が進められていたようで様々な飾り付がされていた。


松の木に「香取大神」と書かれた旗が吊るされて、舟の周りには御幣が立てられている。
そして可愛らしいというか、実に素朴な鹿島人形が一体ぽつんと立てられている。
「協和村郷土史」では「家々ではワラ人形をつくり、紙の面、紙の衣装をつけ、大小両刀を腰にはさみ‥」と書かれている。
鹿島様の作り方は同著の出版当時とほぼ変わっていないようだが、家々で作っていたということは複数体の鹿島人形が制作されていた、ということではないだろうか。
今はたった一体のみとなってしまった訳だ。

さきほどの宮司さんはじめ、行事に参加する皆さんが集まり出立の準備を開始。今日はよろしくお願いしますm(_ _)m

そして鹿島舟がリヤカーに乗せられる。
新屋で見た鹿島舟は結構頑丈な台車のうえに舟が乗せられていたが、こちらはリヤカーにちょこんと乗せるだけだ。
同じ行事と言えどもスケール感が様々であることをあらためて実感


どうやら準備が整った様子です。
たしかに子供はおらず、大人だけの巡行のようだ。
因みに、先年まで地区の子供たちは一基の梵天を担いで鹿島祭りに参加していたらしいが、やはりというか少子化の影響で今年から梵天は取りやめとなり鹿島舟が単独で巡行することになったらしい。
子供の祭りである鹿島祭りから子供の姿が消えて大人が行う行事になった、という経緯は興味深い。

さあ、時間が来たようです。いざ出発!!

出発して間もなくリヤカーから鹿島舟がズレ落ちてしまった。前途多難な巡行を暗示しているのでしょうか!?

早速国道13号線に出る。

国道に出たと思ったらすぐに細い道に入る。
ここは国道13号線から国道46号線盛岡方面に左折しようとしている車がよくショートカットしている道路だ。



「トトント、トン、トン」という実に朴訥な太鼓の音を先頭に鹿島舟が続く。
その音色は、鹿島祭りというよりも虫送り行事のほうに近いぐらいで、事実「秋田の祭り・行事」にはここ上淀川の鹿島流しのことを「虫祭りとも呼んでいます」と記されているし、「協和村郷土史」には「神明社には神主が着て虫除祭と鹿島祭をする」と記述されている。
地区の厄災を集めて川に流すという目的は同じにせよ、2つの異なる行事がハイブリッドしたかのようだ。

家々から住人が出てきて、鹿島舟を迎える。


先に書いたように先頭の太鼓は至って朴訥な音色だが、鹿島舟の到来を告げる重要な役割を持っている。
各家々から、太鼓を聞きつけた方々がいそいそと家の外に出て鹿島舟を迎え、お供え物を曳き手の方に渡しながら、しばし懇談。
鹿島流しはコミュニケーションの方法としても非常に有用なのだ。

国道46号線に出たと思ったら、すぐそこは上淀川と荒川の境界となっていて180度ターンして巡行を続ける。


上淀川は現在も国道13号線と国道46号線の交差する地点としてたくさんの車が往来するし、江戸時代まで遡ると羽州街道の宿場としての機能を持っていた地区でもある。
当日は日曜日の夕方だったので、2つの国道の交差するあたりが混んだ挙句、渋滞の車列の脇を巡行することになるかとも思ったが、意外と車は少なかった。

そして46号線を外れて、再び家々の並ぶ道路へと入る。


小さな女の子から舟に祝儀が供えられた。
子供さんの姿をほとんど見ることができなかった中で、とても愛くるしい場面に出会えました(^O^)

のんびりと、長閑と言っていいほどの様子で鹿島舟が巡行する。
先に梵天の同行が終わってしまったことについて書いたが、おそらく以前は豪勢とまでは言わないまでももっと手の込んだ行事だったろうと思う。
「協和村郷土史」では近隣地区である船岡宇津野で行事が行われていた際の鹿島人形について「人形は男、女二体で、女体の方は腹部を大きくし、男には黒服で白で竜を刺しゅうしたもの、女には白服に青と黒の竜を刺しゅうしたものをきせる」と書かれている。
多分、何かモデルになる人形(か人物)があって、それに似せて制作されたと思うが、あれほど小ぶりな鹿島人形の作り方にこれほどの決まりがあるのであれば、行事自体がもっと厳格なルールに基づいて執り行われたと容易に推測できる。

再度46号線に出た。

またまた46号線を外れる。
上淀川は約200世帯ほどで構成されているそうだが、思っていた以上に鹿島舟を出迎える人は多く、巡行にはそれなりに時間がかかる。
加えて、日中ほどではないにせよ、やはりこの時期は暑い!
曳き手の皆さんは法被を着用しての巡行なので思いのほかハードだったと思う。


こちらのお宅からは酒(一升瓶)が供えられた。
今回はほとんどのお宅が祝儀を供えていたが、かつては米や御幣束などを供えるご家庭もあったらしい。


地区の中を流れる荒川
家のすぐそばに自然たっぷりの景色が見下ろせるというのはとても良いものだが、昨年7月の県央・県南の豪雨の際には川が氾濫し、たいへんな状況になったそうだ。

杉の木に挟まれた細い道に入ります。


直射日光を避けられるのが嬉しい。
杉の木が生い茂る細い道をのどかに巡行する様子はかなり素敵で、かつての羽州街道を歩いているような光景にも思えてくる。
この行事の発生ははっきりしていないということだが、その昔はこんな素敵な雰囲気の中巡行が行われたと思う。

ここで住民の方からアイスクリームの差し入れが!これはありがたい。管理人もお相伴に預かりました。


竜頭(?)も一休み
頭部が全てガズギで覆われているので、多量のガズギが必要となる。
曳き手の方によると採集する場所が決まっていて、毎年そこから刈り取っているものの、年々量が減っているらしい。
実は新屋の鹿島祭りでもガズギを集めにくくなっている、という話を聞いたのだが、ここ上淀川でもガズギ採集量問題が起こっているのにはちょっと驚いた。

アイスクリームで英気を復活させて再び出発。またまたまた46号線に出ました。


次は13号線を渡って羽後境駅方面に進みます。

奥羽本線踏切を越えて、お隣の境地区との境界まで進んでから引き返す。
上淀川と境は水路によって隔てられているそうだ。
県立図書館で読んだ「協和町史 下巻」によると、周辺の境、一ノ渡、君ヶ野、芦沢といった地区でも同様の鹿島流しが行われていたらしい。
また、協和村郷土史には「淀川、峰吉川地区では行われない」とも書かれている。
近隣の地区なのに伝統が継承されている地域とされない地域の違いが生まれている訳だ。

御幣

あるお宅では手作りの秋田犬コースターをお供えしました。管理人も一個いただきました。

そして2回目の休憩。ここでは飲み物が振舞われ、管理人も缶コーヒーをいただいた。冷えていて最高!

そして次は13号線から分岐する国道341号線へ
国道341号線は鹿角市から由利本荘市へかかっていて、46号線、13号線と一部重複しながら大仙市内を通っている。


この先に舟を流す淀川が現れる。
淀川は雄物川水系の河川であり、川や海など水辺の地域を中心に鹿島流しが受け継がれていることが何となく伺える。
他地域の鹿島流し行事はどんなかんじか知りたいと思い、県立図書館で秋田民俗芸能アーカイブスDVD「四津屋鹿嶋送り(横手市大雄)」「南形鹿嶋送り(横手市雄物川町)」「薄井の鹿嶋送り(横手市雄物川町)」を鑑賞した。
いずれも県南中央部の地区であり、ここ大仙市協和とは地理的・文化的背景も異なるとは思うが、いずれもサイサイ囃子のついた賑やかな鹿島流しだったし、南形(なんかた)鹿嶋送りなどは、舟上で着物の女の子たちが踊りを披露する、鹿島舟というよりも踊り屋台と呼んだほうがぴったりな行事だった。
また、各家々で鹿島人形を製作し、家の前を通過するときに舟に供えていたのも特徴のひとつだ。
一言で鹿島祭り、鹿島流しと言っても、舟の形状や行事の態様、目的など内実は多種多様であり、詳細な調査が行われることで地域ごとの特徴を浮かび上がらせることができそうだ。

国道341号線沿いの家々も丹念にまわります。

そして341号線を外れて淀川へ向かう。この先は秋田道協和インターチェンジへと繋がっている。

そして舟の流し場となる地点に到着
肝心な淀川の写真を撮るのを忘れたが、結構川幅の大きなゆったりとした流れの川だった。
やはり昨年7月の豪雨被害の際に氾濫してしまい、この一帯が水浸しになったそうだ。

そして舟を流します。
これまで秋田市川尻と新屋で鹿島祭りを鑑賞したが、実際に川に舟を流す場面を見るのは初だ。
残った御幣や供え物を下ろして、装飾を取り外しいよいよ出船!
時刻は18時過ぎ
この時期、まだまだ日は長いがさすがに陽が傾いてきており、暑さに変わって静けさが顔を覗かせるようになった。
その雰囲気に寄り添うように、どんぶらこ~どんぶらこ~といった風情で鹿島舟が進む。
舟が左に傾いてしまい、転覆寸前のようにも思えるが、曳き手の方によると舟を出した途端にひっくり返ってしまうこともあるぐらいなので、今日は実に順調な船出らしい。
また、川の先方にちょっとした滝があり、いずれにしてもそこで巻き込まれてしまうので沈んでしまう運命にあるそうだ。

舟を流し終えて行事は無事終了し、一行は神明社へと戻る。

1時間半にわたって同行させていただいたお礼を述べて、管理人も現地をあとにした。
皆さん、暑い中おつかれさまでしたm(_ _)m

子供たちの元気さが溢れていた新屋の鹿島祭り、大曲小学校・花館小学校の学校行事として行われる旧大曲市内の鹿島祭り(管理人は映像でしか見たことはないのですが)とは一味も二味も違う、実に素朴で渋い鹿島祭りだった。
県中心部を貫く国道13号線、秋田~盛岡をつなぐ主要道路国道46号線沿いの地区ながら、行事のほうは全くその影響を感じさせない小規模なもので、先人たちから受け継がれた行事を粛々と執り行う曳き手の方々の様子が印象的だった。
これからも上淀川の宝として続いていってほしいと思う。


“上淀川の鹿島流し” への2件の返信

  1. 密着取材お疲れさまでした!
    傾いた舟を「えーえ、OK!OK!今年はえぐ流れだ」と見送りするあたり、おおらかで安らぎました。

    1. のんびり秋田さん
      コメントありがとうございます!
      仰るとおり、おおらかでのんびりした鹿島流しでした。
      それでも鹿島舟が出船した瞬間は結構感動ものでしたよ!
      とても楽しい行事でした。

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