秋田竿燈まつり2018

2018年8月3日
秋田、いや東北を代表する夏祭り「竿燈」
今年も例年通り8月3~6日の4日間に渡って行われた。
管理人の自宅から歩いてそう遠くない「竿燈大通り」で行われるということもあって毎年数回訪れているが、今年は初日(3日)と最終日(6日)に鑑賞した。
ここでは3日の様子をレポートしたい。

当日
天気は良好だが、例年のような暑さはない。
先の記事刻参りでも書いたように、今年は7月が暑さのピークで、8月になると一段落してしまった感がある。
いつもの竿燈まつりの雰囲気と少々異なるものはあるが、祭りの当日になるとさすがに秋田が全国に誇るこのお祭りが始まる雰囲気となって、市内中心部が熱を帯びたようになる。
管理人も仕事を終えてすぐさま帰宅、歩いて竿燈大通りへ向かった。
会場へ向かう途中の「けやき通り」ここに他県からの観光バスが多数駐車
「このバスは何県から来たんだ?」とナンバーをチェックするのが地味に楽しい。

竿燈大通りへと続く「山王大通り」
ここですでに各団体がスタンバイ中。入場前の各団体の様子を眺めるもまた楽し。

竿燈大通りへ
分離帯に特設されている観覧席はまだガラガラ
そろそろ観客を入れてもよい時間帯だが、席の安全性のチェックに時間がかかっているのですと

初日は毎年こんな感じでスケジュールが押しまくってしまう。
以前は「毎年竿燈やってんだから、段取りとか分かってるだろうに。もっとテキパキできないもんか?」とちょっとイライラしていたのだが、最近はどうでもよくなった。

例年通り、大町の日銀秋田支店前歩道に陣取る。
何故ここで観覧することにしているかは、昨年の記事をお読み下さい。

無事に大半の観客が席に付いて、あとは竿燈各団体の入場を待つだけだ。
例年、初日は観客先があまり埋まっていないのだが、今日は週末金曜日ということもあるのだろうか、結構いっぱいだ。
なお、今年は4日間で130万人の集客だったそうだ。

時刻は19時過ぎ。「ドーン!」と狼煙が上がる。竿燈の入場だ。
管理人のいるあたりは、秋田市長、竿燈会役員、観光レディ、来賓など先頭となる人たちが通過するのだが、その姿が見えてくるまで結構時間がかかる。
そして一団の姿が見えてきた。


差し手と呼ばれる演技を行う男性たちが竿燈を持ちながら、お囃子方、屋台を仕付けたトラックと入場
(おそらくは)竿燈初体験の観客は普段は見慣れぬ竿燈と差し手、お囃子方の一団に「おおーこれが竿燈かあ」と見入りつつも拍手喝采、(これもおそらくは)鑑賞慣れしている地元の人たちは「頑張れよー!」と激励、竿燈の行列のなかに知り合いを見つけて「○○ちゃーん!」と声援を送る人も多数
いずれにせよ皆が竿燈の入場に興奮を隠しきれない。

今年は史上2番目の多さとなる、279本の竿燈が上がったそうだ。

お囃子方


入退場、移動の際のお囃子である「流し囃子」を奏でながら入場
各団体とも太鼓、笛、鉦(鉦を伴わない団体もあります)を鳴らして同じように演奏するが、団体ごとに演奏のはやさや掛け声が異なっており、その微妙な違いを味わうのも楽しい。
管理人的にはBPM70~80ぐらいのスローテンポなのが好みだ。

各団体が最初の演技を見せる位置に到着
管理人の前には県庁竿燈会が陣取った。良い演技、期待してまっせ~

恒例の秋田市長の挨拶に続いて、竿燈会会長の挨拶
秋田市長の挨拶では日本語に続いて「グッドイーヴニング、レディースアンドジェントルマン!ウェルカムトゥ、カントーフェスティバアル!!」と英語で挨拶するのが恒例だ。
大げさなジャパニーズイングリッシュに会場のあちこちから失笑が漏れるのもまたお約束なのだが、管理人が竿燈を見始めた頃に比べると外国人観光客の姿が多く見られるようになったので、あながち余計な挨拶とも言い切れない(ところで穂積市長、ちょっと英語上手くなりました?いや、気のせいか)。

そして、竿燈会会長の号令で竿燈が一斉に上がる。
毎年のことだが、この場面は盛り上がる。
竿燈初体験の観客たちからの「大きいー!」の感嘆の声と同時に、たくさんの歓声が上がる。

そして演技開始です。


1年ぶりに鑑賞する竿燈(正確に言うと5月の「これが秋田だ!食と芸能の大祭典」で少しだけ鑑賞した)の大きさをあらためて実感
演技開始当初は小手調べとばかりに差し手たちは堅実な演技を披露する。
それでも風に煽られたりすると、結構簡単に倒れてしまう。
差し手はどちらの方角から、どれぐらいの強さで風が吹いているかにすごく拘っているようで、入場の時点からチラチラと斜め上方を見つつ、風の具合を確認しているのが分かる。

肩 - 数ある技のなかで最も差しやすく覚えやすいとされている技だ。
肩で50kgを受け止める技が差しやすいというのもスゴイが、あくまで他の技に比べてということだろう。

腰 - こちらは難度の高い技として知られている。

額 - これは難しさも然ることながら、竹を支える額がとにかく痛いそうだ。
差し手は皆、薄く小さな鉄板を仕込んだ鉢巻を巻いていて竹が直に額に当たらないようにしているのだが、それでも演技が終わった後もしばらくは額がズキズキしているらしい。

県庁竿燈会の演技
提灯には各団体を表す紋が描かれている。
右側の竿燈には秋田県の県章(アキタの「ア」が由来です)、左側は近年ブランド化展開中の秋田牛がデザインされている。


竿燈には全部で46個の提灯がついていて、一番上の2個には「七夕」、他の44個に各団体の紋が描かれるのが通例だ。
古くから参加している町内から、近年加わった企業やスポンサーなど様々なタイプの紋章が見られ、こちらもなかなか楽しい。

そして県庁竿燈会の演技が終了、沿道の観客から惜しみない拍手が送られる。
始まったばかりにはまばらだった歩道側だが、このぐらいの時間になると観客たちが鈴なりになっている。

各団体は時計回りに少し移動して2回目の演技に移る。


沿道の人ごみのなか、県外からの観光客と言葉を交わした際に、竿燈に対していろいろ聞かれることがあるが、結構たくさんの人から聞かれるのが、竿燈が倒れた時に提灯に火が燃え移らないか?ということ
たしかにもっともだ。
実は提灯には下に風を通すための隙間が空けられていて(一般的な提灯にはこの隙間はない)、いざ倒れそうになった折にはそこから風を通してロウソクの炎を消す仕組みになっており、滅多に提灯が燃えるということはない。
また、提灯の炎は本当のロウソクなのか?と聞かれることもある。
そうです、本物です!

2回目の演技に向けて行進が続く。いつも元気いっぱいの県立大

続いて管理人の目前に現れたのは寺町四区と川反五丁目

昨年の記事にも書いたが、1つの団体がすぐ目の前に来ず、2つの団体の分かれ目ぐらいが目の前に来てしまうことがよくあるが、このぐらいの時間になると人混みで移動もままならないので、そのまま2団体を交互に鑑賞するかんじになる。

2回目の演技開始


「川五」の名称で知られる川反五丁目竿燈会
提灯の表側に町紋(あるいは企業ロゴ)が描かれて、後ろ側には行書体で「若」と描かれる町内が多くを占めるが、川反五丁目は力強い書体で「川五」と書かれている。
堀田正治さんの著書「秋田のねぶり流し」によると、「若」の字は若者が演技者として活躍することが由来となっているそうだ。


川五の竿燈がしなり始めた。
写真奥の竿燈は継ぎ竹を5本行っている状態で、これにもう一本継ぎ足して6本なるといよいよ竹がしなって興奮の度合いが増してくる。
最終日8月6日の最後の演技ともなると、各団体とも竿燈まつりの上げ納めとばかりに継ぎ竹を足して足して足しまくり、その興奮と感動は極みに達する。
ということで、大技が出やすいのは最終日ではあるものの、初日であっても風や場所などの条件をクリアしていれば、躊躇なく6本目に挑む団体もある。

寺町四区の演技


寺町四区の町紋は「地域の発展を祈る」という意味を持つ「昇り並に軍扇」だが、町紋の描かれた竿燈以上に目立っているのが、スポンサーロゴの描かれた、いわゆる「広告竿燈」だ。
「秋田のねぶり流し」に「古くから竿灯の維持費には会員が出し合う会費と町内からの寄付、当日の祝儀などによってまかなってきたが、近年は特にこの寄付や祝儀に対して風当たりが強く、また市当局などからの補助も思うにまかせず、財源を確保することがむずかしく竿灯を存続してゆくことが非常に困難となり(以下省略)」として自町内の他にスポンサー名やロゴの入った竿燈を上げることで出竿料をまかない始めた、と広告竿燈登場の黎明期の状況が記されている。
いっときは、スポンサー名をまんま書いただけの提灯が上がることもあったらしいが、今では社名ではなくロゴを描くこと、46個中44個に同じ紋様を描くことなどが決められており、祭りの風景に違和感なく溶け込めるような配慮がなされている。

川反五丁目、寺町四区の演技が終了
2回目の演技を終えて、差し手もいよいよエンジンがかかってきた模様
なお、各団体は自町内や職場、スポンサー企業に戻ったのち、支援してくれた方々への御礼とお披露目の意味を込めて「戻り竿燈」を行うが、川五は秋田随一の繁華街川反のど真ん中で演技をすることになり、キャバ嬢たちが大挙して鑑賞するというおまけ(?)がつくらしい。

3回目の演技に向けて移動。こちらは「一の坪」


管理人が毎年残念に思うのはクライマックスたる3回目の演技前に会場をあとにする人たちが結構いることだ。
その大半が遠方からのツアー客であり、宿泊や移動のスケジュール上そうせざるを得ないことは百も承知だが、ちょっとというかかなり勿体ないと思う。
もちろん最終演技~ふれあい竿燈へと続く終盤まで楽しみつくそうというツアー客が大半だし、途中で帰っちゃう人たちも十分満足しているはずだろうし、管理人が勝手に「あ~、帰っちゃうんだ。3回目を前に(;_;)」とおせっかいなことを思っているだけの話ではある。

移動が完了、管理人の前には新屋竿燈会が


昨年の記事でも紹介した新屋竿燈会
雄物川沿い、日本海沿岸といった地勢的特徴からなのだろうか、竿燈発展の礎となった外町とは一味違った気風を持った地区だ。
町章「百三段(ももさだ)」と海沿いに植えられた砂防松を組み合わせた「松に百三段」を町紋としている。

最終となる演技の開始

ここで6本の継ぎ竹が!
「バキッ!」という鈍い音を立てて竹は折れてしまったものの、そのチャレンジングな姿勢、素敵です!
そういえば竿燈まつりの始まる何日か前にyahoo!ニュースで読んだのだが、今年から極度の継ぎ竹を控えるよう竿燈会から各団体へ御触れがあったそうだ。
なんでも、近年の高さを競う傾向にストップをかけ、本来の行事の姿に戻すことが目的らしい。
また、継ぎ竹の中に詰め物をして強度を高める(そうすることで多数の継ぎ竹が可能になる)ことも自粛する方向なのだそうだ。
堀田正治さんが著書「竿燈の本」のなかで「竿燈は決して曲芸ではない。ねぶり流しという古くから伝わる伝統行事なのだ。唯単に高さを競うのであれば、棒高跳びのように親竹の素材を人工的なものに変えればできるだろう。だがそれでは民俗行事としての存在意義が失われることになる」と述べられているとおりだと思う一方、差し手からは竿燈の迫力が目減りすることへの懸念が上がっているそうで、観客の度肝を抜く演技を見せたいという彼らの熱意も理解できる。
これは難しい問題だ‥

傘をさしながらの演技


過度の継ぎ竹が禁止となった場合には傘や扇をかざす演技、一本下駄を履く演技などに磨きをかける方向へシフトすると予想するが、個人的にはそれはそれでいいかなと思う。
ところが、継ぎ竹を制限する方向に傾きつつある現在の潮流に立ち向かうように、ある団体が戻り竿燈でなんと7本の継ぎ竹を行っていた(継ぎ竹を7本も足すと平仮名の「つ」のようになることから「つの字」と呼ばれています。なお、つの字はすでに昨年から自粛の方向に向かっています)。
演技を終えた差し手の方に思わず聞いてしまった。
管理人:あのー、去年からつの字禁止だって聞いたんですけど‥
差して:(うっ!)
管理人:やっちゃっても大丈夫なんですか?
差し手:えーと、んーと‥これはですね‥(少々沈黙)これはつの字をやったのではありません!
管理人:(えっ!)
差し手:これはつの字をやったんじゃなくて、なってしまったんです。確かにつの字はやってはいけません。ただ、今のは竹を足し続けていたら、結果的につの字になっちゃったものなんで、しょうがないケースなんですよ!ハハハハ!!
管理人:なるほどー!そうなんですかあ。ハハハハ‥(ん!?)

3回目の演技も無事終了。差し手、お囃子の皆さん、おつかれさまでした~

最後は演者、観客一体となって「どっこいしょー、どっこいしょ!」と竿燈締めで終了
数年前から取り入れ始められた竿燈締めだが、徐々に定着してきているようだ。

一時間以上に渡って行われた演技が終了となり、この後は観客が竿燈を持ったり、記念写真を撮ったりのふれあい竿燈へ突入

10分の短い時間ではあるものの、多くの観客がじかに竿燈に触ってみよう、持ってみようと各団体の周囲に集まる。
皆一様に竿燈の大きさと重さにびっくりしているようで、表情を見ているだけでなんとなく面白い。
この夏の素敵な思い出にしてほしいと思いつつ、管理人も会場をあとにした。

秋田の代名詞とも言える竿燈まつりだが、先に書いたような継ぎ竹の制限が今後に影響を与えることはあるのだろうか?
数年前の管理人であれば、多くの継ぎ竹をして湾曲する竿燈見たさでこの祭りに足を運んでいたようなところもあり、物足りないよなあ‥などと思っていただろう。
ただ、今ではあまりそこに執着することもなく、祭りの賑わいを単純に楽しみたいという志向を持ち始めているし、真にこの祭りを愛するのであれば継ぎ竹の数はあくまで祭りの一要素として割り切るのが普通だ。
そして、多くの人たちはそのように捉えているだろうし、差し手の皆さんもあの手この手で観客を惹きつける他の工夫をするはずなので、何も変わることなく行事は行われるだろう。
ということで、管理人もこれまでと同じように来年以降、竿燈大通りに足を運ぶことになりそうだ。
伝統回帰も決して悪いものではない。


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