猿倉人形芝居(野中吉田栄楽一座)2019

2019年1月5日
だらけまくった正月も終わり、2月にかけて県内では様々な行事・祭りが行われる。
時期が時期だけに雪中での行事に目が行きがちになるものの、正月休みにボーッとテレビCMを見ていたら大仙市のイオンモール大曲で猿倉人形芝居の上演があるというではないか。
公演を行うのは羽後町の野中吉田栄楽一座。昨年8月に羽後町民話伝承館「むかしがたり館」で鑑賞したことがあるので雰囲気は知っている。
本格的な小正月行事ラッシュを目前に控え、賑やかなショッピングモールでの2度目の鑑賞を決めた。

当日1月5日を迎える。
公演は13:00と15:00の2度に分けて行われるが、15:00~の部を鑑賞することに決定
適当な時間に秋田市の自宅を出発したつもりだったが、途中ぶらぶら道草を食いながら向かったのが災いして、イオンモール大曲到着が15時を過ぎてしまった。
急いで専門店側入口から館内に入ると、エスカレーター乗り場付近のスペースですでに公演が始まっていた。
5~60ほどの席は満杯。席の後ろで立ち見をしつつ写真を撮り始める。
なお、前回に続いて今回も写真だけの紹介となります。

観客は年配の方が多い印象だったが、買い物ついでに見てみようかという方もちらほらいたようだ。
管理人は知らなかったが、昨年11月にも大曲イオンで公演を行ったらしい。
かつて一座は個人宅や集会所、地域のお祭りなどを周って興行するのが一般的であり、県内で猿倉人形芝居を演ずるもう一方の団体「木内勇吉一座」について記述している「由利の民俗」には「この時代(※管理人注:興行が盛んだった頃)は電気のない時でもあったので幕と幕との間にローソクを点じて舞台全体を明るく照らすという苦心もしている。ローソクの光りが舞台全体を照らしてなんとなく神秘的、夢幻的な雰囲気をかもし出していた」と書かれている。
それが今や時代が経ってお洒落なショッピングモール内(すぐ真横にはスタバが!)で上演するようになったのはとても面白い遷移だと思う。

舞台で演じられているのは「鬼神のお松」
なお、通常猿倉人形芝居は幕開きのあとに「口上」「三番叟」と続くのが一般的なので、おそらく管理人到着前にこれらが披露されたはずだ。

「女山賊仇討ち・鬼神のお松七変化」とも呼ばれるこの段物については、由利本荘市民俗芸能伝承館まいーれで木内勇吉一座の方で鑑賞したことがある。
笠松峠に住む女盗賊のお松が偶然通りかかった侍 夏目弾正四郎三郎を殺害して金品を強奪。しか夏目弾正の息子千太郎によって仇を討たれるというストーリーであり、どうやら今はお松が弾正に声をかけて、いろいろと身の上話をしているシーンのようだ。

体を不調を訴えるお松を弾正が背負ってあげるものの、これこそがお松の謀略。弾正はあえなくお松の刃にかかり倒れてしまう。


血を流し倒れこむ弾正
見ていて気づいたのだが、昨年羽後町で見たときに比べて舞台が大分小さいようだ。
人形の使い手を務められた中川文子さんの顔半分が常に見えている状態だったし、どうやら左右の幅も狭い。
もう少し広いスペースで舞台を作れたらよいのだろうが、まずはこのようなショッピングモール内で手狭ながらも立派な舞台が立てられたことを喜ばねばならないだろう。

今日の鬼神のお松は舞台は弾正が殺されるシーンで終了となる。
しかし、この段物のクライマックスはこの後に見られるお松の七変化だ。
「手妻式」と言われる操法を駆使し、目にも止まらぬという表現がぴったりのスピードで首が次々にすげ替えられる。
これぞ名人芸!動画で見せられないのが残念。


前に中川さんに教えてもらったところによると、使い手が首をすげ替える場面では外した首を受け止める幕を持つ人、次の首を渡す人が舞台の陰にスタンバイしていて、使い手含めた3人の呼吸が合わないといけないのだそうだ。
舞台後方に姿を隠しながらも、絶妙に芝居を盛り上げる旋律を奏でるお囃子方もこの場面では激しい演奏を聴かせる。

鬼神の表情がこれまた恐ろしい。


前回の記事にも同じようなことを書いたが、この人形芝居は元々興行としての芸能から始まっていて、伝統文化の位置づけにはなかった。
それが戦後となり、人気が衰え始めて風前の灯となった状態だったのが、昭和49年に秋田県無形民俗文化財に指定されたことで受け継がれるべき伝統芸能とのステータスを持つに至ったものだ(昭和30年代には無形民俗文化財に推薦する動きがあったが実現せず)。
「鬼神のお松」の盛り上がりの場面は、かつて人形芝居が興行で歩き回っていた頃に全国各地で拍手喝采を浴びた一大クライマックスのシーンでもあり、その熱気の一端を今に伝えてくれているように思う。

続いては「鑑鉄和尚の手踊り」。お馴染みの遠見(背景の絵)が登場

鑑鉄和尚と若い娘が同時に登場

この段物は若い娘にベタベタとまとわりつかれた鑑鉄和尚が御仏の教えもどこへやら、欲望丸出しで娘と手踊りや傘踊りに興じる有様を見せるのが本来のかたちだが、今日はイオンヴァージョンとでも言おうか、かなり変則的な進行となった。

まずは娘にせがまれた鑑鉄和尚が「生保内節」を独唱

一応設定では鑑鉄和尚は越後の国 蒲原郡柏崎在から来たとされているが、この人形芝居は始まると同時に秋田弁がそこかしこで聞かれるので、あまりその設定にこだわることに意味はないし、和尚が仙北郡に伝わる民謡を歌ってもなんの不思議もない。
秋田弁での人形芝居であってこそ、郷土の芸能としての価値があるのだろう。

続いては手踊りを見せる。

陽気に踊りふける和尚と娘
生臭坊主としての本性をむき出しにする和尚ではあるが、妙に人間臭くて憎めないし、今日はイオンモールでの公演とあって一段と元気なようにも見える。
前回訪れたむかしがたり館は本当に見たい人だけが鑑賞できる空間だったのに対して、今日はイオンに足を運んだ不特定多数の人たちの目に留まる訳で、今日の公演にはファン層の拡大、猿倉の認知度アップという効果があったと思う。

続いては傘踊り


人形操作の難しさについてはこれまでの記事で書いてきたので省略するが、この県内でも珍しい伝統芸能を継承するために一座の皆さんがたいへんな練習を重ねられていることは容易に推測できる。
人形を操りながら、セリフも喋り、なおかつ観客を楽しませる話芸が必要となる。
ほんの少し前までは北秋田市(旧合川町)にも猿倉人形芝居を見せる吉田千代勝一座があったが、今は活動休止となっていて復活の目処は立っていない。
他にも旧本荘市や、山形県遊佐町や岩手県盛岡市などにも創始者である池田与八に師事した人たちが拠点を置いて活動したが、かなり前に途絶えている。
また、奇しくも今日公演が行われた大仙市の旧南外村にも猿倉の影響を受けた「桜橋人形芝居」が存在したことがあったものの、同様に途絶している。
映画やテレビの勢いに押されて興行的なうまみが失せたことが消え去った大きな要因ではあるが、そもそも高度な技術を要する芸であり、継承すること自体がかなり難しいものであることも見逃せないだろう。

そして終幕となる。

幕が下りると同時に拍手が沸き起こる。演者の皆さん、お囃子方の皆さん、おつかれさまでした。
これまで見た「鑑鉄和尚の手踊り」に比べるとかなりコンパクトだったが、情感豊かな台詞回しや芝居を盛り上げる人形甚句など不変の要素はきちんと含まれていて、初心者向けの内容としてちょうど良いサイズだったように思う。
羽後町内ではむかしがたり館のほかに、数年前に開館した鎌鼬(かまいたち)美術館などでも公演を行ってきた一座だが、今日のイオンモールのような集客スポットでの公演が増えることにこの先期待したい。

幕に「秋田人形」と書かれている。
これは猿倉の古い呼び名の一つであり、他にも「秋田文楽」や「活動人形芝居」などと呼ばれることもあったそうだ。

終演後に一座の代表を務められた中川さんと言葉を交わす。
中川さんは「吉田文栄」の芸名を持っていて、現三代目座長「吉田倉若」の直系のお弟子さんにあたる方だ。
管理人が昨年むかしがたり館で鑑賞したことを覚えていてくださって、本当に嬉しいかぎりだ。
先に書いたように簡単に継承できる芸能ではなく、いろいろたいへんなことも多いと思うが、そのお元気な姿がとても頼もしい。一層の活躍を期待してます!!

管理人の相変わらずのルーズな行動により開演に間に合わず、30分にも満たない鑑賞とはなってしまったが、それでも猿倉のエッセンスを十分に感じ取ることができた。
そして、小さいお子さんから年配の方に至るまで、大勢の人たちが集まるショッピングセンター内で披露したことに意義があると思う。
かつて大衆芸能として人々を沸かせてきた原初の姿が現代に復活したようで、これもまた一興だ。
これからもこの貴重な芸能をフォローしていきたい。

※場所はイオンモール大曲


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