岩玉神社の山車2019

2019年1月26日
真冬と呼んでよい季節ではあるが、相変わらずの少雪傾向が続く秋田県内。
そんな中「雪よ降ってくれ~、本当に頼むよー」と降雪を心の底から期待する行事があることをご存知だろうか。
秋田市岩見の鍛冶屋敷地区で行われる「岩玉神社の山車」行事だ。
管理人は今回が3年連続、3度目の訪問となる。

この行事を一言で言えば「足元に橇を付けた山車を巡行する」ということであり、雪上を橇で滑ることが前提となるため、雪が積もってない場合には無理にでも雪を敷き詰めて行うのだそうだ。
今年もここ2,3年ほどと同様に雪が全くないに等しく、1月第4土曜日に行われるこの行事を実行するとなれば、どこか他所から雪を持ってきて行路に撒く以外ないとも思われたが、幸いにも数日前にまとまった雪が降ったため、どうにかその労苦を回避することはできたようだ。

当日
秋田市中心部からどんどん遠ざかるように岩見方面を目指す。昨年一昨年は雪は少ないながらもそれなりに道路に積もっていたので多少時間がかかったが、今年はほとんど積雪がなく、あっという間に現地に到着
時間はちょうど行事開始時間17時の10分前ほど

2年通っただけあって巡行ルートの途中に恰好の駐車場所を見つけていて、そこに車を止める。写真に写っている皆さんは山車のスタート地点に向かっているところだ。

このあたりは人の住む地域としては岩見地区最奥とでも呼べるぐらいであり、周辺は山や川の自然がいっぱい。冬の夕曇り風景もまた良し。


一昨年、昨年、そして今年と偶然かもしれないが不思議と好天に恵まれている。
秋田の冬の行事と言えば雪がつきものであり、当然冬の寒さ、厳しさ、辛さと直面することになるが、管理人的にはこの行事について全くそのような印象はない。
厳冬の風景とはちょっと異なるイメージの行事だ。

行事に合わせて地区の老人クラブの皆さんが作ったミニかまくら。夕暮れの薄暗さとミニかまくらの光が溶け合って美しい。


「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」によると、この行事は明治時代にはすでに行われていたことは判明しているものの発祥や経緯については謎なのだそうだ。
そもそも橇付きの山車行事など、秋田県内の他地域や県外など他にも存在するものなのか?何故、旧河辺町のこの地域にだけ伝承され、周辺地域には残っていないのか?
3年も通い続けただけあって管理人的にはとても敷居の低い行事ではあるものの、実は謎の多い不思議な行事でもある。

お囃子が聞こえてきた。山車がこちらへ向かってくる。


お馴染みの山車が見えてきた。
写真で見るとどうということもなさそうだが、ここは道がカーブしているがゆえに道路に傾斜がついていて、コース一の難所となっている。
30分ほどの巡行ではあるが、細い道路を橇付きの山車が移動するため、民家の塀や木々に接触しないよう安全に配慮して運行が行われる。

元気に巡行が続く。


「岩玉神社」「家内安全」「厄払い祈願」などと書かれた灯籠を付けて、その年の干支(※今年は猪でした)を描いた額を飾り、山車上にはお囃子方が陣取り賑やかな太鼓の音を鳴らす。
太鼓と鉦で奏でられるお囃子は無骨とも言えるほどのシンプルなリズムを刻んでいる。
地区の方にお囃子の元となる曲について質問したが、「分からねえなあ。昔からこのお囃子だからなあ。。。」とのお返事。
「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」では「台の乱れ太鼓」と呼ばれる打ち方で太鼓演奏が行われる旨記述されているが、曲名は分からない。もしかすると一つの曲として構成されてはいないのかもしれない。
因みに「台」というのはこの辺りの古くからの呼び名のことだ。

いつもの休憩場所「石塚酒店」前へ


ここで飲み物が皆に振舞われる。
ありがたいことに管理人にもお酒をいただいた。子供たちはコーヒー牛乳。寒いなかでほっと一息。
石塚酒店では県内では天寿酒造の「鳥海山」、鈴木酒造の「龍蟠」などを取り扱っているが、それ以外では岐阜県の「達磨正宗」、兵庫県の「龍力」とか管理人が知らない日本酒も取り扱っている。結構マニアック??

子供たち、大人たちが一緒になって山車を引く。


この行事も県内の他行事と同様に少子化の影響を受けていて、鍛冶屋敷地区の子供たちだけでは行事の開催がままならず、周辺地区の子供たちの協力を得てどうにか頭数を揃えるに至った。
今年は周辺の中学校野球部の子たちや、スポ少の子たちが参加してくれたそうだ。

そろそろ休憩を終えて出発。


この行事ついて「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」では「山車の中に大きな奉納の掛額をおくもので、この額の神社に奉納することが主な目的である。15才に達した成年男子の元服式に由来したともいわれるが、この痕跡がはっきり遺るものはない。今では村中安全五穀豊穣などを祈り、地区の人々総出で賑やかに執り行われる」とある。
雪上を橇付きの山車で運行するという以外にも、山車に載せた額を奉納するのが目的というのも珍しいのではないだろうか。

ここらで2回目の休憩を取る。


あたりはすっかり暗くなった。夕暮れから始まり、巡行途中に日暮れを迎える風情もまた良い。
巡行距離はほぼ1kmと短く、30分も歩けば終了する行事ではあるが、その短いあいだにいろいろな雰囲気を楽しめる。
管理人的には日が暮れる直前の僅かな間に、灯籠の明かりが映える様子がとても好きだ。

再び出発


山車の足元の橇は元々馬ぞり用のものであり、おそらくは木材運搬などで使用されたものだろう。
そのようなものが大切に保管されて、地区に引き継がれていることがこの行事がきちんと残っている理由の一つだと思う。
県内各地の行事には少子化、高齢化といった人的要因以外にも、道具の手入れや保存がままならず継続が困難になっているものもあると聞く。
修繕に必要な技術・材料がなかったり、費用が捻出できなかったりと理由はさまざまだが、ここ岩玉神社の山車については昭和40年代に制作された干支の額を今もなお使っていたりと地区の人々が大事に道具類を保管して今日に繋げている印象がある。

終点となる岩玉神社へ到着

神社の鳥居前までは山車の前方の綱を大人と子供とで引っ張るが、ここからは手練の大人たちだけで鳥居にぶつけないように慎重に山車を動かす。

山車が無事に境内へと入った。


奉納太鼓の演奏に続いて、額が奉納される。
続いて神官によって五穀豊穣、村中安全が祈願され、厄年の人を対象にした厄払いが行われる。

子供たちにはお菓子が配られた。


これにて行事は終了
山車は境内で即解体され、小屋にしまわれる。また境内にいる人たちは三々五々岩玉神社をあとにして自宅へと引き上げる。
とは言え、お祭りの日でもあり、地区の皆さんで直会も予定されているようでこれから楽しい語らいの時間を楽しむ方々もいるに違いない。
管理人も例年と変わらぬ行事の様子を見届けて、車を置いた場所へ戻る。

石塚酒店の様子。さっきまでの賑わいはないが、灯り続ける青い電球がお祭りの余韻を残してくれる。

ミニかまくらの明かりが灯る。

まっすぐ帰るのもちょっと寂しいなあ‥ということですぐ近くの河辺岩見温泉で一風呂浴びて温まったあとに自宅へ帰った。

例年どおりの進行で特に変わったものはなかった。
今年も晴天に恵まれただけあって、冬の夕暮れの薄青色が広がるどこか澄んだ空気のなかで行われる行事のさまはとても美しい。
この規模で、この尺で行われることでその美しさが際立っているようにも思える。
山間部で行われる、各種小正月行事とはまた違った風情を湛えたこの山車行事をこれからもフォローしていきたい。


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