勝平の鳥追い

2019年2月2日
小正月行事たけなわとなる2月を迎えた。
特に月半ばほどになると県内各地で大小取り混ぜて様々な行事が行われる訳で、伝統行事好きには堪らない時期になる。
そんななか2月1日付秋田魁新報の県北地域情報欄に耳慣れない行事名が掲載されているのを見つけた。
「勝平の鳥追い」??勝平って秋田市新屋の勝平か?いや違う。どうやら三種町にある同名の地区のようだ。
そんなところで鳥追い行事など行われていただろうか?

同紙によると、翌2日の18時から三種町の上岩川・勝平農村公園という所を会場に行われるらしいが、それ以上の詳しいことは全く分からない。
ただ、魁にこれほど堂々と掲載されるのであれば行事が行われないはずはないので、実に急ながら翌日の訪問を決定した。
鳥追い行事 - 田畑の作物を食い荒らす害鳥を追い払うために、子供たちが集落内を歌いながら行進するという実に素朴な行事だ。
カマクラ行事の一つとして鳥追いを行う地域もあれば、鳥追いのみが単独の行事として継承されている地域もあったり形態は様々ではあるが、今ではごく限られた地域でしか行われなくなった行事でもある。
民俗学研究者である後藤麻衣子さんの著書「カマクラと雪室 その歴史的変遷と地域性」によると、鳥追いは「分布地域の北限は秋田県、南限は新潟県である。さらに集中地域を示すと、秋田県では東南部の内陸部、福島県では会津地方の北西部、新潟県では中央部より南にあたる長野県や群馬県寄りに見られるのが特徴である」と記述されていて、特に新潟県では濃い分布を示している。
秋田県内では大仙市や横手市、湯沢市などの一部地域、そして北秋田市阿仁でも行われているようだが、三種町勝平で行われているとの記述はなかった。

当日
行事開始に間に合うように自宅を出発、全く土地勘のない地域なので少々不安だったが、カーナビのおかげでスムーズに勝平へと向かうことができた。
また、2月だというのに主要幹線道路には雪が積もっておらず、その点も味方して18時少し前に現地に到着。
狭いながらも駐車場もあり、車を止めて少し歩いて会場へ向かおうとしているところに一台のスクールバスが来た。

鳥追い行事の主役となる子供たちがバスから降りてきた。

会場は少し高台になっている場所となるため、坂を登る。

この行事は200年ほど前から勝平地域で行われていたが、50年前に一度途絶。その後平成4年に復活して現在に至っている。
行事名から分かるようにもともとは勝平の行事だったが、子供数の減少により勝平だけでは支えられなくなり、今は琴丘小学校の児童たちも加わる形で執り行われている。
なので、先ほどのバスから降りてきた子たちは勝平地区外から駆けつけた子たちが乗っていたのだろう。

坂を登って会場へ到着。準備が整っているようだ。

まず目に入るのは会場中央にデンと据えられた大きな篝(かがり)
おそらく行事開始と同時に薪に火がつけられて巨大なかがり火となり、周囲を照らすはずだ。
昨年か一昨年だかNHKの番組に秋田民俗学の重鎮 齊藤 壽胤先生が出演され、解説されたところによると、本来のカマクラ行事は忌み小屋である雪室(カマクラ)の中に大きな火を焚くものであり、カマクラ行事と火は密接な関係があるとのこと。
この会場中央の篝は、これから行われる鳥追いがカマクラ行事から派生した行事であることを伺わせてくれた。

会場の半分側は人の踏み入れていない四角いスペースになっている。

聞けば、鳥追いのあとにこのスペースにおいて雪中田植えが行われるそうだ。
その年の米の豊凶を占う小正月行事として県内でもいろいろな場所で行われている。
もちろん単独の行事として行われている地域もあるが、冬祭りイベントのひとつとして観光客向けに行われる場合もある。
因みに勝平鳥追いと同日に行われた大仙市太田町の「太田の火まつり」のなかでも打ち上げ花火、天筆焼き、紙風船あげなどと合わせて雪中田植えが行われた。

こちらは炊き出しスペース。父兄の方々が行事後に振舞う豚汁を準備中

出発に先立って三種町町長、琴丘小学校校長先生の挨拶。みんな神妙に聞いている。

今日は総勢18名(4年生13人・5年生2人・6年生3人)の児童が参加、4年生の子がやたら多いのは昨年まで4年生に限って参加していたそうなので、その名残だと思われる。
なお、地元勝平から参加の子は2人のみとのことだった。

子供たちに拍子板とバチが配られる。鳥追い歌を歌いながら、拍子板を叩いて巡行が行われるわけだ。

かがり火が灯された。

火がデカく、周りにいると全く寒さは感じない。
あかあかと燃え上がる炎を見ていると、伝統のカマクラ行事が今、目の前で執り行われているという感が強まるかのようだ。
地元の年配の方によると、子供の頃はこの場所のさらに上方にカマクラを作り、15歳ぐらいの子を長とする子供たちが寝泊りをして過ごしたそうだ。
そして、カマクラの横に焚かれた篝火を出発点として鳥追いが行われたらしい。
勝平の鳥追い行事が正しくカマクラ行事のひとつとして行われたことがよくわかる。

巡行が始まった。


かがり火の周りを3周ほど回ってから集落内へと下りていく。
子供たちの元気な鳥追い唄が冬の空へ響く。
夜鳥(ヨンドリ)ホーイホーイ、長者地の隠地(カクジ)に鳥が鳴いてジャホーイジャホーイ。いつも憎い鳥、今年こそ憎いぞ、頭割って塩(ソ)つけで素俵(ソダラ)にぶぢ込んで、男鹿の島近から、佐渡の島さボーヤレボーヤレ、ホーイホーイ。
「カマクラと雪室」では各地の鳥追い歌を5種類に分類しており、ここで歌われたのは例えば福島県柳津町に見られるような「今日はどこの鳥追いだ 長者様の鳥追いだ 雀の頭八つに割って 小俵に詰めて佐渡島に ヤーホイヤーホイ」と同じパターンと見て良いと思う。
なお、秋田各地の鳥追いも同パターンに分類されている。
「佐渡島に鳥を追い払う」というのは鳥追い歌の中でよく出てくる表現らしく、後藤麻衣子さんは著書の中で「『佐渡島』は異界であり、我々が居住する世界との境界の外を示す場であったのではないか」と述べられている。
そして、勝平においては「男鹿の島近」から「佐渡島」へ鳥を追いやる、となっている訳だ。

暗い道中だが、不思議と活気が伝わってくる。


「カマクラと雪室」によると、鳥追い歌には隣り合う集落同士で鳥追い歌の歌詞に互いの悪口を含む悪口歌というパターンもあるそうで、「○○(隣村)の鳥は卑しい鳥で、小俵へ詰めて佐渡島へ追ってやれ」といった風に、文字通りの歌合戦を繰り広げる場所もあるようだ。
これについては「集落同士で争うと競争心が強くなり、悪口をさらに言い合い、白熱する。『○○(集落名)の鳥はいやしい鳥で』という詞の対象は、相手方の集落ではなく、害鳥や悪いものであった。両集落の害鳥などが、これほどまでに悪口を大声でいわれ続けると、このムラにはいられなくなり、他に行ってしまう効果があり、両方の集落から害鳥等がいなくなる効果があったと考えられる」と書かれている。
特に福島県や新潟県でよく見られる形態なのだそうだが、秋田県内での事例は特に挙げられていなかった。

勝平集落の周りを15分ほど歩く。


地理的関係からおそらくは上小阿仁村の鳥追いに近いとは思うが、鳥追い唄の歌詞も異なっているし、やはりこれはこれで「勝平の鳥追い」としか呼べない独特の行事だ。
地元の方は「秋田沿岸側では唯一の鳥追いだからね」と管理人に説明してくれた。
かつては多くの地域で行われていたものの、今や数えられるほどに減ってしまっており、逆に貴重な行事としての存在感すら感じられる。
お隣の落合集落でも以前は鳥追いを行っていたが、かなり前に止めてしまっているそうだ。

会場に戻った。

さて、これからもう一つの行事、雪中田植えの開始となる。

稲わらや豆がらを稲に見立てて、子供たちが雪に突き立てる。
稲がピンと真っ直ぐに立てば良いものだと思っていたが、そうでもないらしく、稲穂がたわわに実り、頭を垂れる姿になるのがいちばん良いそうだ。
県内のどれぐらいの地域で行われているかはよく分からないが、道の駅たかのす横大太鼓の館前で行われる雪中田植えはよく知られているし、道の駅清水の里 鳥海郷の笹子雪まつりや先に書いた太田の火まつりなど、冬のイベントの出し物の一つとして行われていたりもする。

子供たちが田植えスペース横に並び、そのまま一直線に進みながら雪面に稲を突き立てる。


結構な堅雪になっていて上手に稲が刺さらない子もいたが、それはそれで賑やかに盛り上がる。
今日の子たちが米の豊凶を気にしているかといえばそんなことはないと思うのだが、この行事を通じて米、食べ物の大切さや、農家の皆さんの苦労に思いを馳せることができるようになれば、行事を執り行った甲斐があったというものだろう。

どうにか無事に稲を立てることができた。これで行事は終わり

雪中田植えの終わった雪面。不思議と温かみがあり、今が真冬だということを忘れさせてくれる。
勝平地区では夏になると盆踊りなども行われているそうで、冬と夏それぞれの時期を代表するような伝統行事が規模は小さいながらも行われている様がとても好ましい。
これからもこの素朴な行事が続いていくことを願ってやまない。

来場者に豚汁が振舞われた。管理人もいただいた。メチャクチャ暖まりました。

子供たちが会場をあとにしてバスに乗り込んだあと、大人たちも三々五々帰路に着く。管理人も1時間ほどの滞在を終えて会場をあとにした。

冬の凛とした空気のなか、子供たちの鳥追い歌が鳴り響く心温まる行事だった。
おそらくは原初のスタイルとは様々な部分が異なっていると想像するが、鳥追い歌の歌詞などは昔と変わっていないようで、年配の方々は懐かしそうに歌を聴いていた。
日本各地からその姿を消し続けている寂しさはあるものの、いにしえの人たちの願いが込められた鳥追い歌が郷愁を誘う、素敵な行事に出会えたことに感謝したい。


2 Replies to “勝平の鳥追い”

  1. このような行事が行われていることを初めて知りました。
    akitafesさんのブログ記事で初めて知る祭りが本当に多いです。
    この行事も興味深いですね。
    この文化もこれからも継承していって欲しいものです。

    1. 降魔成道さん
      コメントありがとうございます。
      県内のいくつかの地区で鳥追いが行われていることは知っていましたが、三種町で行われているとは知りませんでした。
      たまたま魁を読んでいて仕入れた情報ですし、アンテナを張ってさえいれば引っかかる事もあるんですね(笑)
      これからもあまり知られていない行事・お祭りをどんどん紹介します!

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