折渡初地蔵かんじき詣り

2020年1月24日
記録的な少雪となった2020年の冬
1月後半のこの時期になってもこれだけ雪が少ないとなれば、一時的にまとまった量の降雪があったところで、例年のような雪景色は期待できない。無論、雪が少ない方が暮らしやすいし、決して悪いことではないのだが、これだけ少ないと今後に何らかの影響が出そうで心配になってしまう。
そんななか、ありったけの冬の風情を感じ取りたいと出かけたのが、今回の行事 由利本荘市大内の「折渡初地蔵かんじき詣り」だ。

この行事は平成3年に始まったものであり、厳密には伝統行事とは言えない。ただ、行事の起源や内容を踏まえれば、伝統行事と呼ぶのに何の違和感もないだろうということで、今回の記事化を決定。
行事は毎年1月24日に行われる。今年は平日(金曜日)だったが、前もって有給休暇を取得😃😃ちなみに何故1月24日なのかと言えば、その年の最初の地蔵菩薩(=お地蔵様)の縁日がこの日だそうで、当日は全国の地蔵菩薩を祀るお寺で様々な行事が行われるらしい。

当日。9時過ぎに家を出て日本海秋田道を南下、大内ICで下りて10時半には会場(折渡千体地蔵尊)付近の駐車場に着く。
本来なら会場のすぐ近くに5~6台車を止められる駐車場が完備されているのだが、倒木だか落石だかの影響で現在は閉鎖中とのこと
ということで会場から歩いて10分以上かかる駐車場に止めたところ、運よくシャトルバスとして駐車場⇔会場間を運行中の由利本荘市の公有車に遭遇、車に乗せてもらいあっという間に折渡千体地蔵尊へ到着。11時の行事開始に間に合った。


折渡千体地蔵は安永元年(1772年)に、旧亀田藩内に霊地を開こうと各地を回っていた是山和尚(長谷寺の「赤田の大仏」を建立したことで知られる名僧ですね)が、折渡に6体の地蔵を発見し、この地に延命地蔵尊を建立したのが始まりとされている。
その後、難所とされる折渡峠を通行人が無事に越えられるよう長くこの地を見守っていたが、太平洋戦争の戦没者を弔うためのお地蔵様の寄進があったことに因み、平成の世になってから折渡千体地蔵建立実行委員会が全国からの寄進を呼びかけ、平成3年に千体のお地蔵様が集まったのを機に「折渡初地蔵かんじき詣り」が行われるようになった。現在はかんじき詣りを行うことで、家内安全や世界平和を祈願するとされている。

この鐘は16時になると自動的に鳴るそうだ。


この石堂に納められているのが、是山和尚が建立した延命地蔵尊(とされているらしい)
また、延命地蔵尊は子守地蔵、イボ取り地蔵としても知られていて、大内町史には「地蔵さまから帰るときは、地蔵さまの前にあるきれいな丸い石を一つ借りて帰る子どももいた。家のおばあさんや、お母さんから頼まれて借りていく子ども達だった。子どもながらに『いぼとりに効果のある地蔵さんの石』と教えられていたし、病気のある場所を地蔵さんの石で撫でるとなおると言われていたし『いぼとり地蔵』としては効き目があったらしい。快癒した場合は借りてきたきれいな石を海岸で探し出し、借りた石数の2倍にして返さなければならなかった。『いぼとり地蔵』の名声は高く、近郷在住はもとより他都市、他県からも訪ねる人々で賑わった」と、イボ取り地蔵のご利益に与ろうとする人たちの様子が記されている。

こちらが六地蔵


是山和尚の地蔵建立前より、この地の人々に親しまれていた6体のお地蔵様
かつては延命地蔵尊とともに木製のお堂に入っていたものを、明治13年の新道建設を機に現在地に移転、その際に石造のお堂へと変わった。
木製のお堂は結構な大きさがあったらしく、家を持たない人がそこで寝泊まりできるほどで、そのため火災の心配が絶えなかった、と大内町史には書かれている。
なお、お地蔵様は6体で祀られていることが多いが、これは地蔵菩薩が六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻するために姿を変えたもので、檀陀地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障地蔵、日光地蔵の6体ワンセットとなっている、とかいろんな説があるようだ。

お堂の脇にそびえる杉の木。高い!

地元のお寺「永伝寺」のご住職による読経が始まる。

今日は折渡千体地蔵護持会会員、観光客たち合わせて30人ほどが集まった。

一行はこれから地蔵尊のお堂の背後にそびえる坂を上り、道中1000体(正確には1012体だそうです)のお地蔵様を参拝することになる。
また、ABS秋田放送、地元のCATV局ゆりほんテレビ、秋田魁新報などのマスコミ関係の方々も来場、行事規模に比して結構な盛り上がりを見せている。

折渡千体地蔵護持会会長のご挨拶のあと、いよいよ出発!


つづら折りになっている参道を一列になって上っていく。
道は一本になっておらず、あちこちで分岐していて、ある人たちは左側へ、ある人たちは右側へ、みたいなかんじで隊列が乱れてしまう。
それでも最終的に、上に続く道は途中で一本に合流するのであまり心配することもない。
また、「お詣り」とは言うものの、1体1体に手を合わせて拝むということではなく、家内安全や世界平和などを念じつつ巡行を行う形だ。(別に1体ずつ手を合わせてもいいんでしょうが、めっちゃ時間かかりますよね)なお、お地蔵様を拝む場合には「南無地蔵菩薩(なむじぞうぼさつ)」と唱えるのが、本式なのだそうだ。

どんどん上にあがっていきます。


先頭を進む護持会の皆さんは編み笠、蓑を着用し、かんじきを履いている。
「かんじき詣り」と呼ばれるぐらいなので、今年のように雪がほとんどなくてもかんじきは必須アイテムだろう。
折渡峠が難所とされ、多くの通行人を苦しめたかつての時代を彷彿させる(もちろんその頃知りませんが)風情のある出で立ちだ。
なお、「初地蔵」の名称どおり、先頭の皆さんが最初にお詣りしなければならない = 先頭を歩かなければいけない、ということで、一行の前を歩くのは厳禁だし、カメラマンといえども一行を追い越して先に出ることはNG行為となります。

たくさんのお地蔵様に見送られながらお詣り


お地蔵様が立ち並ぶ小道を歩く。山登りというほどではないし、途中に急坂もなく実に快適な散歩道のようだ。
上へ進むに従って積雪量が増えていく(と言ってもごく僅か。残雪のように地面が見えているところが大半)が、階段が整備されていて全く苦にならない。
毎年参加されている方の弁によると、例年は膝丈ほども雪が積もっていて、そのなかを上るのが常だが、これだけ雪がないお詣りも珍しいらしい。

管理人がボヤボヤしているうちに一行は遥か先に。待って~😭😭


毎年7月24日には「折渡地蔵祭」が行われる。
大内町史には「極く最近からは『いぼとり地蔵』が急に注目されるようになり、道路の完備にともない訪れるマイカー族も多く地蔵祭の7月24日には出店も開かれ多くの信者や観光客で賑わう。最近(※管理人注 大内町史は平成2年刊行)までは岩谷麓、亀田線には電柱がなく7月23日のヨミヤには電気のともらない祭だったが、東北電力が2000万円を投じて松本変電所(大内)と亀田変電所を結ぶ送電線が完成し、一段と『折渡地蔵祭』が華やかになった。最高の人出が4~500人と言われ、大内町の大きな観光地となったのである」と紹介されている。
youtubeで地蔵祭の様子がいくつかアップされているので視聴したところ、たしかに年配女性を中心にこじんまりとしながらも、楽しげな参拝客の様子が映っており、こちらも是非一度行ってみたい祭りの一つなのだが、今年は新型コロナウィルスの影響で中止になってしまった。
来年以降にお邪魔したいと思う。

3体のお地蔵様


少し上ると開けた場所に出る。
遠くに日本海も見える気持ちのいい場所で、大内町史では「昔の小学生の遠足といえば折渡の地蔵さまとほぼ決まっていた。地蔵さまから遥か西の方角を望むと、山の間から青い海が眺められ、実際に海の側まで行ったことのない子ども達にはあこがれの景色だった」と紹介されている。
お地蔵様をお詣りするという以外にも、地元の人たちの身近なレクレーションの場でもあることが分かる。
また、坂を上り切ったあたりから南側を望むと鳥海山もくっきりと見えるらしい。抜群の眺望、とまでは行かないまでも、山や海が一望できる心躍る場所であることには間違いないようだ。

結構、上に登ってきました。


いろんなお地蔵様に出会えた。
赤いよだれ掛けを付けているお地蔵様もいれば、特に付けてないお地蔵様もいるし、ぱっと見は分からかったが、じっくりと観察すれば一体一体それぞれに特徴があったりするのだろうか。
全部のお地蔵様に共通するのは、見る者の心を落ち着かせる優しい表情をしていること。ここ折渡を「パワースポット」と紹介する観光サイトが数多くあるが、これだけの数のお地蔵様が皆微笑を浮かべているのだから、この場に居るだけでヒーリング効果がありそうなものだ。
また、お地蔵様の台座には漢字一文字を記したプレートが置かれていて、これらを全て繋げると何か意味のある文章になるのかもしれないし、その中には「これ、なんて読むんだ??」ってぐらいに、難しい漢字も結構含まれていて、漢字当てクイズをしながら登るのも楽しいかもしれない(管理人はやってませんけど😅)

上り始めて15分ほどで頂上に到着。いや、頂上ではないです。「千体地蔵がいる最高地点」が正しい。


まるで上り坂を歩き続けたご褒美のように心地よい空間が広がり、お地蔵様の回廊が続いていた。
先に着いた皆さんがご友人と語り合ったり、お地蔵様の写真を取ったりと、思い思いに時間を過ごしている。
こう言っては安っぽい表現だが「絵になる」景色だ。苔むした古いお地蔵様が立ち並んでいたら、それはそれで鄙びた雰囲気だったと思うが、近年作られたつやつや輝いてそうなお地蔵様が居並ぶさまも悪くない。
先に写真で紹介した釣り鐘のすぐ近くに寄進者芳名板が立てられている。それを見ると地元由利本荘市内のみならず、全国からの寄進によって1012体ものお地蔵様が建立されたことが分かる。
寄進者の皆さんの優しさ、善意、信仰のこころが伝わってきそう、というのはちょっと大げさだろうか。

冬の冷たい空気が気持ちいい


この地に延命地蔵尊を建立した是山和尚は、ここ折渡に大伽藍(大規模な寺院)を建設し、一大霊場化する構想を持っていたそうだ。
その夢はかなわないまま久しく年月が過ぎた訳だが、1000体のお地蔵様が設置された平成元~3年頃に是山和尚の遺志を受け継ぐべく、折渡改造計画とでも呼べそうな壮大な事業構想が持ち上がったようで、 平成元年(1989年)7月1日発行の「広報あきた」には「『千体地蔵峠』の頂上からは、飛島、男鹿半島、秋田空港なども望めみことから、ゆくゆくは山頂にレーザー光線を発する灯台を設置し、是山が夢みた伽藍も建設。さらには、隣りの山頂(山頂へはエレベーターで登れるようにする)とケーブルで結ぶ。乙のような壮大な構想も論議されており、実行委員会のロマンは果てしなく広がる。」と、今となっては現実味に欠ける一大宗教/観光拠点化の具体的プランについて書かれている。
バブル期の絶頂だったあの当時であれば、それほど荒唐無稽ではない計画だったと思うし、もし計画が実現していればこの場所あたりは最高の建設適地だったと思うが、今は多くのお地蔵様と、あずま屋がポツンと建っているだけだ。

そろそろ下りましょう。


上りはどうという事もなかったが、下りになると階段の僅かな残雪に時折足を取られそうになるので、慎重に歩を進める。

下り坂の途中にもたくさんのお地蔵様を見ることができる。


このお詣りは、折渡峠の麓の集落「岩谷麓」の行事でもある。
岩谷麓といえば、管理人的には未だ見たことはないものの、1月中旬に行われる「岩谷麓ワタワタ」をすぐに思い出してしまう。
どんな行事かといえば「新婚家庭の家内安全、子孫繁栄を祈願する行事です。行事に使う2m余りの若木の棒を『セァワラゲ棒』と呼び、この棒でふせた臼を強くたたきます。『ワタワタ』とは臼をたたく時の音といわれています。この行事のはじめに火を焚いてセァワラゲ棒を清め、その棒を持った若者たちが新婚宅を訪れます。臼を起こして餅をつく仕草をします。子孫繁栄を意味しています」(←秋田県教育委員会編集「秋田の祭り・行事」より)
以前見た、にかほ市象潟町大森地区の「嫁つつき」と同種の呪術的な要素の混じる行事で、一度鑑賞したいと思っているが、ここ2年ほどは集落内に新婚家庭がないため、行事は行われていない。
それでも集落の人々は決して行事を廃らせることなく、行事日に「模擬ワタワタ」(臼をつく所作のみを再現。いわば行事の演習)を行って、新婚家庭の軒先で実際に臼をつく、来たるべき本番に備えているところだ。「折渡地蔵祭」同様、こちらの行事も一度拝見したいと思う。

無事に下山。往復で40分ほどのお詣りが終わった。


参詣者の中には結構年配の方もいらっしゃったが、これぐらいの坂であれば(健康体の方なら)楽しく上り下りできると思う。
全長約2kmとほどよい距離であり、なまった冬の体をほぐすには丁度いい塩梅だ。
今回は異常ともいえる少雪のなかでの開催であり、秋田魁新報には護持会会長のコメントとして「これだけ雪が少ない年は初めて。歩きやすくていいが、かんじきを履く意味がなくなってしまうから、程よく降ってほしい」と掲載されていたが、早春を思わせるような残雪の景色のなかお詣りをするのも、これはこれで風情があって良かったのではないだろうか。
ただ、いつかは会長が仰るような真冬らしい積雪の中、雪中行軍よろしく巡行してみたいとも思う。

参詣者は地蔵尊の道路向かいの休憩所でほっと一息

休憩所内は満員です。

おにぎり、漬物、豆腐の味噌汁が振舞われました。しかも無料❗それも食べ放題❗❗暖まりました😄😄😄

相席した地元の年配男性から、大内の見どころをいろいろ教えていただく。
折渡のすぐ近く、大内三川の権現山山頂に鎮座する筵掛(むしろかけ)神社は、はるか昔、若い人たちが社殿内で行う賭け事を隠すために筵を掛けたのが名前の由来とか、神社の神様は悪戯好きで、遠くに見える日本海を航行する船に度々悪戯を仕掛けたなど、地元の神社にまつわる話を聞かせてくださった。
また、権現山の麓にはカタクリの一大群生地があるそうで「(仙北市)西木町ほど有名ではないけれども、(カタクリの花が咲く4月上旬の)こっちの景色だってなかなかのもんだよ」と教えてくれた。
そうなのか~、管理人の知らない素敵な場所がまだまだたくさんあるんだな。今度行ってみます、筵掛神社とカタクリ群生地😄😄😄

食事をいただいて、休憩所内売店で販売していた千体地蔵タオル500円を購入したのち、折渡を後にして帰路に着いた。
少雪の影響でいつもの冬とは大きく異なる様相の行事風景となってしまったが、これはこれで貴重な経験ができたと思う。
深雪の中、参詣者がしずしずと行進し、脇に並ぶお地蔵様のあたまには雪が積もる - これぞ真冬の行事!といった景色は来年以降の楽しみに取っておきたい。
バブル華やかなりし頃に沸き上がった、一大観光拠点化の目論見は最早実現することはなさそうだが、必要以上に手を加えすぎた人工的な施設にはならなかったことで、心落ち着く箱庭的な空間の静謐さを感じ取ることができた。
お地蔵様の優しげな表情のような、ほのぼのとした素敵な行事にこれからも注目していきたい。


“折渡初地蔵かんじき詣り” への2件の返信

  1. いつも楽しく拝読させていただいています。
    私は生まれ育ちが県南な事もあり、沿岸部のことには詳しく無いので、このようなお祭りがあるとは全く知りませんでしたが、とても楽しく拝読させていただきました。
    決して派手では無いですが、興味深い祭りですね。
    それにしても、1000体以上の地蔵が並ぶとは、一度訪れてみたいものです。
    取材、編集お疲れ様でした。

    1. アックスさん
      コメントありがとうございます!
      雪が少なくて良かったのか悪かったのかイマイチ分かりませんが(苦笑)、素朴で慎ましい、印象的な行事でした。
      お地蔵様がずらーっと並ぶ光景は圧巻‥というかんじではなく、不思議と心に平静をもたらしてくれる雰囲気でとても素敵ですよ。
      是非一度お越しくださいませ!!

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