豆腐あぶり

2020年12月8日
コロナに振り回され続けた2020年。
決して満足の行く行事・祭り巡りができたワケではないが、そんな時世にもかかわらず、今まで見たことのない行事をいくつも見ることができたし、記事ネタに困ることなく何とかやってこれた。
そんな印象深い2020年も12月となり、終わりを告げようとしている。
冬の足音がひたひたと迫る中、今回訪れたのは東成瀬村の「豆腐あぶり」この行事についても初めての鑑賞となる。

「秋田の祭り・行事」では「医者に1年間の薬代を総決算する薬礼日に、堅く作った豆腐を串に刺し、みそをつけていろりの火で焼いて食べ、病魔退散を願う行事です。あるところに貧乏でその年の薬代を払えない人がいて、『来年こそは医者にかからない』ということで『医者のスネにみそをつける』という意味から豆腐田楽を食べたことからと伝えられています」と紹介されている。
行事開催は12月8日と決まっているが、コロナ禍のなかでの訪問に問題はないか東成瀬村役場に照会。基本的に問題ないが、秋田市内でコロナ第三波による感染者がぽつぽつ増えていた時期でもあるので、もし感染拡大のような状況が発生したら、そのときは制限を掛けるかもしれないとのこと。また、10時から開始するカルタ大会に続いて、10時30分過ぎから豆腐あぶりが行われるとも教えていただく。長時間同室による感染リスクを避けるため、ピンスポットで豆腐あぶり開始に合わせて現地に着くようにプランを立てた。

当日。8時に自宅を出発して、出羽グリーンロード~国道13号線~国道342号線経由、東成瀬村を目指す。そして10時30分ちょうどに会場となる、まるごと自然館に到着


室内に入ると、地元の女性が昔語りをしていた。
「とっぴんぱらりのぷう~」で締められる、お馴染みの語り口。あとで調べたところ、おそらく女性が語っていたのは「瓜し嫁こ(うるしめんこ)と天のじゃく」県南ではポピュラーな昔話のようだ。
バリバリの秋田県南言葉で、東北以外の人が聞いたら?だらけとなるのは間違いないだろうが、管理人はほぼ聞き取れたし、不思議と暖かい響きで心地よい。
熱心に聞き入っているのは東成瀬小学校の4年生の子たち。この行事はもともと東成瀬村の一部地域で行われていた行事だったものを、現在では小学校の授業の中で行うようになったものだ。
子供たちの他に引率の先生たちや東成瀬村地域おこし協力隊の方などいろんな人たちが集っていて、室内は結構賑やかです。

次は地元男性による、豆腐あぶりの説明


男性が開口一番「豆腐食ってらがあ~?」と聞くと、幾人かの子供たちが元気に「ハイッ!」と返事をしていた。
管理人は東成瀬村のお隣、横手市増田町出身だが、少なくとも12月8日に炙った豆腐を食べる風習については聞いたことがない。
思っていた以上に、豆腐あぶりの風習が東成瀬村の人たちに根付いていることが分かる。
また、男性のご説明によると、豆腐あぶりはあんこ入りの焼き餅を作って食べ、そのなかの一つを真っ黒に焦がして川に流して厄払いをする「病焼き(やめやき/県南では現在でも12月8日に行っている地域もあります)」に近い行事でもあり、健康祈願と豊作への感謝といった意味もあるそうだ。

男性のご説明と同時に準備が進行。串に刺した豆腐を囲炉裏に立ててます。なんか、すでに美味そう😀


農作物への感謝の気持ちを込めて一礼
現在も行われているか分からないが、翌12月9日は大黒様のお祭りの日でもある、と男性が説明されていた。
東成瀬村郷土誌によると「御大黒様の年越で、豆まま、豆のお汁、豆なますなど、すべて豆で料理したものを供える。この日も『御大黒吹雪』といって大吹雪になるとされている(中略)大黒様は元来、耳が遠い(叩かれて聞こえないともいうし、米俵の奥にいるためというが、後者が正しいだろう)ので、豆を供える時は、マスを小盆でふたをし、ザックラザックラとオーバーにふりあげ、大声で『御大黒様サァ、豆あげる』又は『御大黒様にあげ申す』と3回ほど唱える」そうだ。1年の締めくくりとばかりに、初冬のこの時期に年中行事が活発に行われていた様子が浮かんでくるようだ。

子供たちが囲炉裏を取り囲み、さあ待ってました!豆腐あぶりのスタートです😆


囲炉裏で炙った豆腐に手作り味噌をつけていただく。
おそらく囲炉裏で炙った香ばしい薫りが立ち上っているはずだが、マスクを着用しているのでよく分からない。それでも、ほどよい焦げ目のかんじで食べずとも美味であることが分かる。
味噌は今日参加した4年生の子たちが3年生のときに作って、寝かせておいたものなのだそうだ。
なお、全くの余談ですが、幼稚園児とかが付けているチューリップ型の名札の絵文字(twitter,facebook用)は📛のようなかんじだが、海外の方からは”tofu on fire”(燃える豆腐、すなわち豆腐あぶり)などと呼ばれたりするらしいです。

いい具合に焼けてきました😄


先に書いた行事発祥のエピソードのとおり、12月8日は医者代を支払う日として先人たちに嫌な記憶として残っていて、その日を少しでも楽しく過ごそうと豆腐あぶりを行うようになったのでは?と男性が仰っていた。
医療費を受け取る医者のほうも堅い豆腐の意趣返しで、柔らかい寄せ豆腐を村人にご馳走して「医者代ありがとう。また来てくださいね」の気持ちを伝えていたそうだ。
行事を通じて、ブラックな遊び心の入った、村人と医者の心の交流が垣間見れるようで楽しい。
なお、12月8日は薬を飲むと長患いになる、と云われているため、この日の服用は禁忌とされているらしい。

いただきまーす🙏


元気にワイワイ騒いでいた子どもたちが黙々と田楽豆腐を食べ始める。熱心に食べる様子が微笑ましい。
12月8日に医者代を年払いするという商慣習についてネットで調べたが、全く分からなかった。
目の前で豆腐をいただいている子どもたちには、全く想像がつかない時代の話だと思うが、その時代の産物である豆腐あぶりを通じて、少しでも先人たちの歩んできた足跡に思いを馳せることができたら素敵なことだろうし、こういった機会を設けている関係者の方々も素晴らしいと思う。
この後、子どもたちの感想発表会が行われ、一人の子が「来年からは自分で豆腐あぶりをやってみたいです!」と抱負を述べていた。郷土の伝統を体現しようというその心意気、頼もしい❗❗

東成瀬村地域おこし協力隊の方が、子どもたちの様子を撮影、すごくいい感じで編集された動画をyoutubeに上げられていたので↓に貼っておきます(転載許可いただきました。ありがとうございます😄)

あっという間に田楽豆腐を完食。一人一本ずつ食べたワケだが、何故か豆腐が余ってしまったので、じゃんけんで勝った子にあげることに


大人しく豆腐を食べていたはずの子どもたちが、一本余っていることを知らされると同時に一斉に沸き立つ。
行事は課外授業の一環として行われているので、この後学校に戻ってフツーに給食が出される訳だが「そんなの関係ない!美味しいものをたくさん食べたい!」とばかりに子どもたちが盛り上がる。食べ物の恨みは恐ろしいというヤツかー😱
無事にじゃんけんが済み、一人の子に豆腐が手渡された。よかったね😋

豆腐あぶりが終わると、カルタ大会の表彰と感想発表

今日行われたカルタ大会で使用されたのは「東成瀬村郷土かるた」
東成瀬村郷土誌では「昭和56年に村民から公募、翌57年に完成、村内各世帯に配布した。読み札は村の歴史や景勝地がうまく折りこまれており、絵札の裏面に解説をつけている」と紹介されている。
例えば「い」は「いつもきれいに成瀬川」といったふうに、子どもたちは知らず知らずのうちに郷土学習をしていることになる訳だ。豆腐あぶりも「炉ばたでみそつけ豆腐あぶり」と「ろ」の札として登場する。

11時過ぎに解散となった。


周囲はこれから本格的な冬に移ろうとする、この時期特有の景色に包まれている。
あと数週間もすれば、このあたり一帯は雪に覆われる長く厳しい季節を迎えることになるはずだ。
そんな矢先、今日の子どもたちから冬の寒さをものともしない元気を分け与えてもらったような気分で帰路に着いた。

囲炉裏で炙った豆腐に自家製味噌をつけていただく - 一歩間違うとオッサンの激シブグルメみたいなかんじになってしまうが、子どもたちの元気さと溌剌な様子が印象的な楽しい行事だった。
地元に久しく伝わる行事を体験するとともに、クラスの皆でワイワイガヤガヤと楽しく囲炉裏を囲んだ思い出は何物にも代え難いものだろう。
これからも東成瀬の子どもたちに郷土の伝統を伝え、食の愉しみを与え続ける、初冬の風物詩として続いてほしいと思う。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA