山田地蔵祭り(ジンジョ祭り)2020

2020年12月13日
今回訪れたのは大館市山田の「山田ジンジョ祭り」
20162017年に続いて、今回は3年ぶり3回目の訪問となる。
今年は大晦日のナマハゲ行事鑑賞を諦めたし、これが2020年最後の行事鑑賞となる予定。ということで万全を期して現地に向かったはずが、管理人の完全な勘違いでお祭りの様子を見ることが叶わなかった。ってことで代わりにと言ってはナンですが、各常会(山田では集落の事を常会と呼んでます)境にジンジョ様が点在し、迷路のように道が巡らされているこの地域の面白さを味わってみたってかんじの記事です。

行事が行われるのは「旧暦10月末日の前日」確認したところ今年は12月13日、土曜日にあたる。
日取りは問題ないが、コロナの影響で開催されるか不安だったので大館郷土博物館に照会をいれたところ、わざわざ調べていただき「赤坂常会と新明岱常会で行われるのは確認できていて、赤坂では13時スタートとなってます。あ、あと赤坂では直会やらないそうです」と教えてくださった。
そうか、ありがとうございます。たしかジンジョ様の巡行の前に八皿の儀、祷渡しの儀などの儀式が行わるが、それが13時に始まって、ジンジョ様の巡行が始まるのは15時半ぐらいだったはず、では15時前ぐらいに山田に入ればいいんだなと当日のタイムテーブルをシミュレーション。あとから考えると、このときに以前に鑑賞した経験をなぞらえてスケジュールを組んだのがそもそも間違いだった、、、

当日
10時半に自宅を出発。前日は申し分のない晴天だったが、この日は朝から雪がうっすらと積もる曇天。秋田中央広域農道~国道285号線~国道7号線と進み、13時には大館市内に入る。昼ご飯を食べて新明岱へ入ったのは14時半すぎ


道中の五城目町・上小阿仁村あたりでは結構積雪が見られたが、大館に入るとともに太陽が顔を出し、雪がどんどん融けていった。
2016年に赤坂常会の様子はすでに見ているので、今回は新明岱の様子を鑑賞しようと計画。だが、人の姿が見当たらない。いや、巡行出発前の各種儀式は当番の家の中で行われるので、通りに人の姿がなくても不思議はないのだが、どこかのお宅で儀式を執り行っている雰囲気が全くない。静まり返ってます。

ところで、山田ジンジョ祭りとはどんな祭りなのか?以前の記事で概要を書いているが、今一度記しておきたい。
「山田では人形道祖神をジンジョ様と呼んでいます。山田には7つの町内と1つの支郷にそれぞれ人形道祖神が祀られています。いずれも小屋の中に男女1対が並んで立っています。~中略~ 以前は春秋2回の地蔵祭り(ジンジョ祭)をやった時期もありましたが、現在は秋祭りだけとなっています。祭りでは太鼓、笛の囃子とともに男女の人形を若者が担いで町内を回り、他町内の人形と会うと、男女の人形を向い合わせにしてから合体(和合)の動作をすることもあります」※石田眞さんの著書「ニンギョ様を祀る -秋田県大館市に見る人形道祖神を中心に-」から抜粋

しょうがないので付近をブラブラしていたところ、ジンジョ様のお堂を発見!


男女二体のジンジョ様がちょこんと前を向いています。
不気味っちゃあ不気味だが、男性のジンジョ様にはどこかユーモラスな雰囲気が漂っている。それに対し、女性のジンジョ様は美白の度が過ぎてしまっていてなんか本当に怖い。
道祖神文化は県内各地に広く分布しているが、大館市は数多く残っていて、そのなかでも今日訪れた山田地区(旧田代町)はそれほど広くない各常会の境に道祖神が祀られているため、密集の度合いがすごい。
現在道祖神を祀っている常会は①赤坂 ②向館 ③上名 ④館町 ⑤川反 ⑥前田 ⑦新明岱 ⑧美杉の8つに及ぶ。

それにしても。お堂の中のジンジョ様が今日取り替えられたものか否かが全く判別できない。

管理人が思い描いていたスケジュールでは、これから巡行が行われて1年間祀られていたジンジョ様が取り替えられてお役御免となり、今年作られたジンジョ様が収まるはずだが、これから巡行が行われる雰囲気が微塵も感じられない。
どういう状況かよく分からないでいたところに、運よく地元の方と思しき男性が散歩で通りがかったので聞いてみたところ「よく分からねんだけど、もう終わったんでねーがな」とのお答えが。
あれ??思っていたスケジュールとは違うようだ。そうか。であればしょうがない。赤坂常会へ移動するとしましょう。なお、秋田の道祖神研究の巨匠たち 小松和彦さんと宮原葉月さんのお二人も勿論この日は当地を訪れていて、新明岱での様子をtwitterに上げられていたが、昼頃に行事は終わってしまっていたようです。
ということで赤坂へ向かったが、車をどこに止めようか探しているうちに赤坂を通過して美杉に着いてしまった。

美杉のジンジョ様がいらっしゃいました


ほとんどの常会のジンジョ様が藁製(頭部のみ木製)なのに対し、美杉のジンジョ様は全身が木で作られているのが特徴だ。
そのため、男性のジンジョ様のシンボルでもあるシンボル(ややこしい言い方ですいません。要するに「男根」です😅😅)は付けていないそうだ。
「ニンギョ様を祀る -秋田県大館市に見る人形道祖神を中心に-」に、美杉のジンジョ様の製作に長く携わってきた男性の談話が掲載されている。「集団転居する年まで杉ノ沢では稲荷神社にある首を用いて二体の男女の人形(計4対)をワラで作っていました。美杉に来てからも数年藁の人形を神社の首を使用して作っていましたが、6軒のうち2軒が山田本村に転居し、残る4軒で人形を作ることにしていましたが、~中略~ 結局、私と私の父と隣りの父さんと3人しか作れる人がいなく、いろいろ苦労しながらもジンジョ様を作ってきました。ある年の台風で神社の杉の老木が倒れたのを知り、それを利用して以前見たことがある新沢のような木の坂の人形を作ることにしたのです。チェンソーを使い、一人で人形を作りました。木の人形ですが、山田の他の人形と同じように、ジンジョ様と呼んでいます」
秋田の道祖神ファンには名の通った山田のジンジョ様だが、関係者の皆さんの努力の積み重ねで存続していることが伺えるエピソードだ。

美杉から赤坂へとUターンするものの、車を止められそうなスペースがなかったので、結局地区の南側 山田コミュニティセンターまで戻って、ようやく車を止めた。今度は歩いて赤坂を目指す。

山田コミュニティセンター近くには川反のジンジョ様が


国道7号線側から山田へ入るには、県道68号線沿いの山瀬郵便局を右折して東進するルートと、国道に合流する県道52号線を突っ切って北上するルートの2つがあるが、おそらく一番最初に目にするのが広い通りに面したお堂に納められる川反のジンジョ様だと思う。
その姿は川反常会のみならず、山田全体を守る番人よろしく外部からの訪問者に睨みをきかせているように見える。
小松さん・宮原さんの共著「村を守る不思議な神様2」でも、川反のジンジョ様が目立ってしまうが故のエピソードが紹介されている。「大正10年頃、山田の駐在所に赴任してきた●●という巡査が『風紀上、社会教育上よろしくない』として、村の入口にある川反のジンジョサマを撤去させて、▲▲という人物に男根を処分させた。すると、▲▲は足を切って大けがを負い、●●巡査はチフスに罹り、更には村に疫病が流行した。そうして最終的に、川反のジンジョサマはまた元の場所に戻ることになった(管理人注:●●と▲▲は実在の名前が入ります)」
なお、googleストリートビューで川反のジンジョ様を見ると、男性のジンジョ様が顔認識されたようで、モザイクが掛かっていたのには笑ってしまった。

心地よい冬晴れになりました。


赤坂常会目指して進むが、先ほどの新明岱同様に祭りが行われている雰囲気が全く感じられない。
それでも、これから巡行が行われると固く信じていたのには理由があって、先ほど赤坂の中を車で通った際に、ある民家の庭先にミニパトカーが止まっていたのを見つけたからだ。
「お~、ミニパトの先導付きで巡行するようになったんだなあ」と、以前とは違う祭りの様相に感慨深い思いを持つと同時に、ミニパトが止まっているお宅で種々の儀式が行われていると断定、ジンジョ様一行が出てくるのを待つことにした。ただ、そのお宅は静まり返っているし、もしかしてお祭りやってないんじゃないか、、、と考えなくもなかったが、じゃミニパトは何のためにここにいるんですか?ということで、気に留めることもなかった。

一行の出発を待ってるだけというのも退屈なので、常会のはずれにあるお堂まで行ってみました。


4年前、初めて訪問した際に行事の始終を見させてもらって以来の再会となるジンジョ様。あのときは雪がなく11月終わりの晩秋の雰囲気のなかでの行事だったが、今日の雰囲気は紛れもなく「初冬」だと思う。
赤坂常会は隣接する上名常会とぶっつけ合いをすることもあって(不確かですが、現在は赤坂⇔上名以外にはぶっつけ合いは行われていないと聞いています)、ジンジョ様のお祭りの中心的地区となっており、毎年マスコミが取材にくるところでもある。
2016年の取材時はKHB東日本放送「東北の聖地を尋ねて」の撮影隊の皆さんと一緒になったし、秋田魁新報、北鹿新聞等の新聞社も取材に来ていた。
そして何より、赤坂の人たちの陽気な巡行の様子が印象に残った、まさに管理人にとって「思い出の地」だ。

男性は「塞ノ神三柱大神」、女性は「久那斗大神」と書かれた木札が胸部に差し込まれるのが特徴


「村を守る不思議な神様2」でも赤坂の行事の様子が紹介されており、そのなかでジンジョ様の今後について、赤坂の人たちが突っ込んだ議論を繰り広げる場面があったことが記されている。
秋田県内を覆い尽くす少子高齢化の影響がジンジョ祭りにも如実に表れているがゆえ、現在の運営のままでいいのか?という点が議題に上がったというのだ。
年に1度この地を訪れる程度の管理人から見れば「今年もジンジョ祭り、やったんだー」ぐらいのモンだが、当事者たる赤坂、山田の人たちにとっては先祖代々受け継いできた行事を、今後も絶やすことなく続けるためには何をすればよいか?という重い命題となっている訳で、決して安寧に行事が続いているのではないことに気づかされた思いだ。

赤坂常会へ戻り、ミニパトの止まっているお宅の前に行くと若いおまわりさんがいた。
すかさず「巡行まだ始まんないですかね?」とか尋ねたところ、おまわりさんが想像もしなかった一言を口にした。「巡行?ナンスかそれ?」
一瞬にしていろんなことを悟ってしまった。すでに赤坂でもお祭りは終わってしまっていて、これから何かある訳ではないなかを管理人は「まだかまだか」などと勝手に待ち焦がれていたのだ😱😱😱
おまわりさんは地区の見廻りで来ているだけで、ジンジョ祭りとは全く関係ないとのことで、お祭りの事を管理人が説明すると「へえー、そんなお祭りをやってるんですかあ!?」とビックリしたご様子。大館郷土博物館の職員の方の「13時スタート」をストレートに捉え、その時間に現地に向かっときゃよかったワケだ。ああ、無念。完全に管理人のミスです😖

やらかしちまった以上はしょうがない。さて帰ろうかと一瞬考えたが、迷路のようにくねくねと道が連なる山田の中を散策するのも悪くないと思い立ち、しばし歩いてみることにした。

ここは赤坂常会と上名常会の境界

4年前と3年前にはここで激しくも楽しいぶっつけ合いが行われた。
今年はぶっつけ合いが行われなかったこともあり、管理人的には古戦場のようにも見えてしまう。
境界のあたりにお住いのご婦人がいらっしゃったので、今年の様子を尋ねたところ「ふだんの年なら太鼓の音が聞こえるんで巡行してるか分かるんだけど、そういえば今年は音が聞こえなかったね」とのこと。後日読んだ秋田魁新報電子版では、宮司によるお祓いとお堂に納める様子を撮影した動画とともに「ジンジョ様と共に八幡神社の宮司からおはらいを受けた後、小雪の舞う中お堂に直行した。新型コロナのため町内を巡行せず、隣の常会とジンジョ様をぶつけ合う場面もなかった」との説明が加えられていた。
動画を拝見すると、宿となるお宅からお堂への移動は、晴天に変わる前(おそらく12~13時頃)に行われたようで、管理人が大館市内に入ったぐらいにすでに納め終わっていたようだ。

一人トボトボ歩いていたところ、上名のほうから3人の男性がこちらに歩いてきた。
どうやら上名常会でもお祭りが終わり、その帰りらしく、管理人が自らの状況を伝えたところ、「もうちょっと早く来れば(ジンジョ様を)納めるどご、見れだのによ~」「あど5分遅せがったよ!」と管理人の無念さを一層煽るように、たった今上名のジンジョ様が終わったことを教えてくれた。
1人の方などは「ウヂはあれよ、太鼓も派手に鳴らしてなあ!そりゃ賑やがにジンジョ様納めだよ!」とも教えてくれたが、ホントですかあ?太鼓の音色全然聞こえなかったっスよ~😏
何はともあれ「ええがらジンジョ様、見でこいって!」と勧めてくださるので、とにかく行ってみよう。

上名常会のお堂に到着


こちらのジンジョ様とも3年ぶりの再会となる。
赤い顔が大半を占めるジンジョ様のなかにあって、上名のジンジョ様は「茶色顔」
男性の方はさほど気にならないが、女性のジンジョ様の場合、眼の周りが茶色く塗られていて、例えは悪いがお岩さんのような怖さを醸し出していて、不気味さを用いて悪霊をはねのける「毒を以て毒を制す」的な迫力を感じてしまう。
また、上名に限らず、各常会のジンジョ様の口元には白いブクブクした物体がくっついているが、これはシトギ(泡を吹いてるとかじゃありませんよ!)。水に浸した米をいろんな形に固めた神饌であり、ジンジョ祭りには欠かせないアイテムだ。
2017年に上名常会の宿となるお宅にお邪魔した際には、おはぎ・ぜんまいの煮物・手作りの漬物など大量のおすそ分けをいただいたのも本当に良い思い出だ。

お堂の真横には八幡神社への鳥居が建っている。3年前にここを訪れたときには雪が積もっていて、階段を登れそうになかったが、今日は行けそうだ。


ひっそりと静まり返る境内
この神社は地元で「勝山八幡」とも呼ばれていて、その呼び名は戦国時代に比内地方の浅利氏配下の武将として当地を治めた「勝山越後三郎」に由来する。
最後は浅利氏と対立する形となり、当主の浅利勝頼に攻め滅ぼされてしまう越後三郎が本拠とした「山田館」跡地に建つのが現在の八幡神社。越後三郎が討ち取られた際には、一族郎党が壊滅するほどの徹底的な攻撃が加えられたそうだ。
一見、典型的な農村に見える山田地区だが、過去にはこのような壮絶な歴史の舞台となったわけだ。
なお、山田館については、秋田城介様運営のサイト「秋田の中世を歩く」に詳細が記されている(管理人も参考にさせていただきました。ありがとうございます😄)

そろそろ帰りましょう。


上名常会の家々。まだ15時半にもかかわらず、12月の夕暮れは早く、すでに辺りが薄暗くなりつつある。
ジンジョ様の練り歩く場面を見れなかったのはたしかに口惜しいものがあるが、各常会のジンジョ様たちをつぶさに見ることができて、それはそれで楽しかったし、迷路のような細道が続く山田地区独特の風情、いにしえの壮絶な戦を経て今は静かに鎮座する八幡神社境内の静謐な雰囲気など、山田の別の一面に触れられたのも良かった。
ジンジョ祭りの賑やかさも捨てがたいが、こういった楽しみ方をできるのも、この地ならではの魅力であることを実感した一日となった。


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