寺沢の悪魔はらい

2017年1月14日
大晦日の男鹿のナマハゲに始まり、年が明けて遊佐町のアマハゲと来て、今回も来訪神行事にお邪魔した。
秋田市雄和 寺沢集落の悪魔はらいである。
まさに、来訪神行事のラッシュなのだ。
冬のこの時期にしか見れないし、稲 雄次さんの著書「ナマハゲ」を読んで多少なりとも理解が深まったこともあり来訪神行事を可能な限り見てみよう、と決めてのことだった。

寺沢の悪魔はらいを初めて知ったのは6年前に遡る。
岩手・秋田・青森の三県で販売されている雑誌「rakra(ラ・クラ)」の連載記事「祭りの余韻」に悪魔はらいについての記事が掲載されていた。
行事の様子がよく分かる内容で、記事を読んで以来いつか行ってみたいな‥とぼんやり考えていたのだ。
そして今年。秋田市役所観光文化スポーツ部文化振興課に問い合わせるとたしかに1月14日に行われるという。
これは行かねば!ということで早速予定を組んだ。

秋田にはナマハゲという全国に名を轟かせる来訪神行事があるわけだが、「ナマハゲ類似行事」なるものも相当数存在する。
能代のナゴメハギ、にかほ市小滝のアマノハギ、同じくにかほ市金浦赤石のアマハゲ、秋田市豊岩のヤマハゲなど‥
そして寺沢の悪魔はらいも同様の行事だ。
ただし、例えば「男鹿のナマハゲ」であれば、ナマハゲが来訪神でありなおかつ行事そのものの名称でもあるのだが、「寺沢の悪魔はらい」においては来訪神の名前=行事の名称とはならない点が他と異なる。
それにしても、現在秋田県内ではどれぐらいの来訪神行事が行われているのだろうか?
旧雄和町や旧岩城町では未だに続けられている集落がいくつもある、というようなことは聞くのだが、情報が出てこないし、いろいろ調べてもよく分からない。

さて当日
寺沢集落は旧雄和町のなかでも秋田市中心地にほど近い。
ということで、自宅を出て30分で集落に到着
小高い丘の麓に広がる集落はこんな様子
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これまでの記事で散々「雪が少なくて風情がない」とか言っていた管理人にとってはまさにキター!!!というかんじだ。
この2~3日前頃から雪が降り続いて写真の通りの景色となった。
やはり秋田の冬はこうでなければいけない。
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寺沢集落に着くと同時にあたりが暗くなってきた。
集落の様子
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集落のなかをウロウロしていると、雪かきをしている男性がいたので話をうかがう。
旧雄和町の同種の行事は豊岩のヤマハゲの影響下にあるとされているため、来訪神のことを「ヤマハゲ」と呼ぶものだと思っていたが、男性は「ナマハゲ」と呼んでいた。
そして寺沢集落の地区会長である佐々木正明さんを紹介してもらう。
丁寧にも佐々木さんに電話を入れてくださり、数分後に佐々木さんが管理人を案内すべく迎えに来てくれた。
全くの部外者である管理人にたいへん親切にしていただいてありがたい限りです。

佐々木さんから「もうちょっとしたらナマハゲの支度を始めるんだけど、それまで時間があるから少し休んでて」と集落の集会場に通していただいた。
行事の支度はあるお宅の小屋を借りて行われるが、行事のあとの宴会はここが会場となる。
集会場の中の様子
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こんな写真が貼ってあった。
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集会場で20分ほど休ませてもらったあと、佐々木さんがナマハゲの「宿」となる小屋まで連れて行ってくれた。
道すがら、集落のことや悪魔はらいのことをいろいろ佐々木さんに教えてもらう。
来訪神の本来の名前は「ヤマハゲ」だが、集落の人のあいだでは「ナマハゲ」の呼称が定着していること(この記事では「ヤマハゲ」と呼ぶことにします)
ヤマハゲは昨年不幸があったお宅を回らないが、寺沢集落は全34戸中ちょうど半分の17戸が喪中であること
ヤマハゲは雄と雌の2体で行動し、行事は2組の雄と雌(なので4体のヤマハゲがいる)がそれぞれ17戸を回ること(2組が17戸すべてを回るので、1戸に2回ヤマハゲが来ることになる)
こういった情報は本やインターネットからは決して得られない。
現地に行き、地元の人と話すことで初めて知る本物の情報だ。

宿に到着
中に入ると、今日の午前中に準備した面と衣装が置いてあった。
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ヤマハゲの特徴は面も含めた衣装全てが藁で作られているということだろう。
面まで藁製というのは秋田でも他にあまり見られない。
稲 雄次さんの「ナマハゲ」を読んだ限りでは、同じく旧雄和町の平尾鳥地区のヤマハゲが寺沢のそれとかなり似ているようだが、今でも行われているのだろうか‥

面のアップ
杉の葉と赤唐辛子が付けられている。
魔除けの意味があるらしい。
赤唐辛子にそのような効能があると云われるのは世界共通なのだろうか。
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どう見てもこの藁の面をかぶった人が「悪魔」役を演じるのが順当だが、全く逆である。
藁の面を付けたヤマハゲが、各家庭を回り家々に災いをなすもの(すなわち悪魔)を追い払うという行事なのだ。

6時半に宿を出発するので、その時間に合わせて徐々に人が集まり出す。
中にはこの行事のために新潟から戻ってきた地元の若い方もおられてなかなか頼もしい。
秋田魁新報の記者さんも取材に来られた。
そしてヤマハゲ役の人たち4名が揃ったところで着替えが始まる。

藁のことを男鹿のナマハゲでは「ケデ」、女鹿のアマハゲにおいては「ケンダン」と呼んでいたが、ここ寺沢では「ケラ」と呼んでいる。
また、面は「サンダワラボッチ」と呼ばれている。
「サンダワラ」とは米の袋のことであり、「ボッチ」は蓋のことを指す。
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こちらはヤマハゲが持ち歩く「マセ棒」と「馬の引き金」
「マセ棒」とは馬小屋の扉のカンヌキとして使われた棒のことらしい。
また、ヤマハゲは頭に角が1本のほうが雄、角が2本のほうが雌となるが、雄がマセ棒を持ち、雌が馬の引き金を持って集落を巡回する。
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出発前の儀式に際し、酒が用意される。
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そして準備完了
面が縦に長いせいでとても大きく感じる。
全身が藁ということもあり、男鹿のナマハゲとは全く別物だ。
むしろ山形県上山市の「カセドリ」とかのほうの印象に近い。
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6時半に宿を出る。
先に書いたとおり、2組に分かれての行動となる。
管理人は比較的若い方がヤマハゲを務める組のほうに帯同させてもらった。
それに加えて、同行の方2名(一人はかます担ぎ役、もう一人は先導役)、秋田魁の記者さん1名の計6名で出発!
外はすでに真っ暗である。
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集落の上手(かみて)から巡回すべく移動

雪は積もっているが、風もなく天気は穏やかだ。
真っ暗な集落のなか街灯の明かりに照らされた雪の回廊を静静と歩く。
辺りは静かで物音は聞こえず、足音だけが僅かに響いている‥
これぞ管理人が待ち望んでいた秋田の小正月行事の雰囲気である。
気分は最高だ。

ほどなくすると先導役の方が「そろそろ行くか~」と1件のお宅の前に皆を導く。
女鹿のアマハゲにおいては先年に不幸があったお宅は門松を家に飾らないことで、アマハゲの訪問を断るサインを出していたのだが、悪魔はらいにおいては先導役が上がっていいお宅とそうでないお宅を全部記憶していた。
そしてヤマハゲが家に突入!

「アラーイッ!!」と大声を上げて、雄雌いっしょに家に上がる。
これは「アライ!」でも、ましてや「all right!(オーライ!)」でもなく「悪魔はらい!」と叫んでいるのだ。
大声を出すことで悪魔を追い払うということだろう。

ところで先に紹介したrakraには、悪魔を追い払うためにヤマハゲがマセ棒と馬の引き金で家々のガラス窓を割ることもあった、との記述がある。
そこまでするか?ちょっと盛ってないか?と思って先導役の方に尋ねたら、以前は本当にあったらしい。
さすがに家々を徹底的に破壊し尽くすということはなかっただろうが、悪魔を追い払うために必要な手段だったのだろう。
因みに、現在は入来の際はマセ棒と馬の引き金共に玄関先にきちんと立てかけており、家の中に持ち込むこともない。

最初のお宅訪問が無事終了
お家の方も「たいへんだね」とねぎらいの声をかけてニコニコとヤマハゲを見送る。
ヤマハゲも恐縮したかんじでなんだか照れくさそうに退出

家々を訪問
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先導役の方から、子供がいる家を教えてもらう。
秋田魁の記者さんと2人で先回りして、そのお宅に上がらせてもらいヤマハゲの来訪を待つ。
居間ではご家族と小さな子2人(女の子と男の子)がのんびりくつろいでいる。
男の子はこれから訪れる恐怖のことなど微塵も想像していないようでゲームに夢中だ。
と、そこで不意にヤマハゲが来襲!

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女の子のほうはどうやら我慢していたようだが、男の子は大泣きである。
無理もなかろう。
強い大人になることを祈るばかりだ。
因みにヤマハゲが子供たちに対して、名前を呼びかけたうえに「携帯見過ぎないこと!」「のんびりし過ぎないこと!」と訓戒を与えているが、これらは事前に親御さんから先導役を介してヤマハゲに伝達された「子供に言って欲しいことリスト」の内容に従っている。

ヤマハゲが去ったあとの男の子
茫然自失の状態だ‥
親御さんが男の子の頭上に藁を置く。
これは無病息災を祈願するためと言われている。
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集落巡りが続く。
各家庭における饗応のスタイルだが、お膳を用意して迎えたお宅は一件もなかった(以前はあったらしい)。
代わりにいろいろな手作り料理を大皿に乗せて、玄関でヤマハゲに振舞う形がほとんどだった。
ヤマハゲばかりでなく、先導、かます担ぎ、そして管理人にもいろいろ料理を薦めてくださった。
ご馳走様でしたm(_ _)m

こちらはヤマハゲ保存会の加賀屋会長のお宅
加賀屋会長はこの後会長としての努めを果たすべく我々の組に同行、家々を回られた。

会長からは道中、悪魔はらいの歴史・変遷を教えてもらった。
男鹿のナマハゲのときにも同様の話を聞いたが、とにかく昔のヤマハゲは怖かったらしい。
先に書いたように実際にマセ棒や馬の引き金を凶器として使用し、ガラスを割ったりするのだから怖いし実害もある。
昔の人たちは皆「だじゃぐ(秋田弁で「乱暴」)」だったということだろう。
ヤマハゲがどういう風に振舞っていたかタイムスリップして見てみたい、と思った。

いにしえの悪魔はらいを知る加賀屋会長から「よしっ!行けっ!」と激が飛ぶ。
行事への情熱を、若いヤマハゲの激励に込めたかのような素晴らしい音声(おんじょう)だ。

これも会長から教えていただいたが、以前はヤマハゲを各種のイベントに出演させたこともあったが今はそのようなことは一切行っていないらしい。
「イベントの主催者からなんかやってくれ、って言われたりしたんだよ」と佐々木さんも仰っていたが、どうやら秋田の来訪神行事というだけで、男鹿のナマハゲのように太鼓を叩いたり、何かしらのパフォーマンスを披露するイメージがあるようだ。
秋田の観光の目玉となっている男鹿のナマハゲが特殊なのであり、それ以外の来訪神は特別なことはしない。
八重山列島のアカマタ・クロマタのように部外者お断りの「秘祭」もある。
その行事・祭りがどういった立ち位置なのかをきちんとわきまえなければいけないということだろう。

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各家庭から受け取った品を入れる袋
みかんや缶ビールなどが入っており、橇で曳いて回る。
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目抜き通りを回ったあとは、集落の東側にある小高い丘を少し登りながら家々を回る。

雌のヤマハゲは馬の引き金を引きずりながら歩く。
時折、引き金が雪面となっている道路に擦れる「ジャリ‥ジャリ‥」という音が聞こえる。
昔の人たちはこの音を家の中で聞き分けて「もうすぐヤマハゲが来るよ~」と怯えていたらしい。
来訪の前触れということで言えば、男鹿のナマハゲの「ウォーッ!」という叫び声は怖いし、女鹿のアマハゲの太鼓の音も怖い。
が、「ジャリ‥ジャリ‥」は怖いを通り越してホラー的である。
大のビビリである管理人だったら気を失ってしまいそうだ。

家々での饗応は続く。
結構な量の酒を飲んでいるが、若いだけあってヤマハゲはまだまだ元気だ。
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「ナマハゲ」を読むと、秋田のナマハゲ類似行事は元々各地で行われた小正月行事と結びついて、その中の来訪神行事として行われる傾向があったらしい。
そして大もとの行事が消滅し、来訪神行事だけが残存するという状態が今のナマハゲ類似行事の姿ということになる。
旧雄和町においても、かつては藁に火をつけて豊凶を占う「カマクラゴンゴロー」とヤマハゲが一体となり行われていたそうだ。

巡回も終盤に突入
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各家々での饗応は簡素だが、手作りの料理でもてなしたうえでヤマハゲに「頑張ってよ!」とエールを送る。
秋田の大半の集落がそうであるように、ここ寺沢もやはり年配の方々が多くの割合を占める。
そういった方々が若いヤマハゲ2人の来訪を嬉しく感じている気持ちが伝わってきた。
小さい集落ならではの絆が感じられて、とても良い雰囲気だ。

そして少し小雪がちらつき始めた8時
1時間半ほど続いた集落巡りが終わった。
2組のヤマハゲが集会場で合流し、衣装を脱いで集会場前の電信柱にケラを巻きつける。
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同行していた人たちや集落の人たちが集会場に集まってきた。
これから宴会の始まりだ。
管理人も加賀屋会長からいただいた餅とみかんを携えて帰路に着いた。

今年の寺沢の悪魔はらいが終わった。
恐ろしいヤマハゲが家々で暴れまわったのは最早過去の光景だ。
このあとも、ヤマハゲがマセ棒と馬の引き金で家のガラスを壊す場面を見ることはないだろう。
だが、藁がカサカサと擦れる音を聞きながら、雪の降り積もった静寂の中を歩くことができ、小正月行事の真骨頂を味わえた満足感でいっぱいだ。
そしてヤマハゲを暖かく迎え入れる集落の人々の笑顔と、楽しそうに語らう様子を見るにつけ、いにしえから綿々と受け継がれた情景が今も生きていることを確信できたのだった。


2 Replies to “寺沢の悪魔はらい”

  1. 読み応えありましたよ❣️
    古の昔から、徐々に形を変えて現代まで引き継がれる、何とロマンを感じます。
    秋田のエクソシストですね、、、笑。

    1. 隣人1号さん
      いつもありがとうございます。!
      ナマハゲ類似行事については秋田県民でも知っている方、見たことのある方はあまり多くないと思います。
      それぞれに特徴があって想像以上に奥深いですよ。
      機会があれば隣人1号さんもご覧になってください。

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