切通稲荷神社梵天祭り

2017年3月12日
長かった冬も終わりを告げ、待ちに待った春の到来となる。
さすがに3月の中旬ともなれば天気の良い日が続くこともあるし、気温も上がり、冬の装いも徐々に春のそれに変わり始める。
が、依然として暖房器具の稼働する日は多いし、ほとんどの車がスタッドレスタイヤからノーマルタイヤへの交換を行っていないのもまた事実
春は確実に姿を現しているものの、冬の残像があちこちで垣間見られるのがまさに今のこの時期である。

同様に、祭りや行事も季節の移り変わりとともにその形を変えてくる訳だが、長い冬の総決算的な行事に巡り会うことができた。
それが今回紹介する「切通(きりとおし)稲荷神社梵天祭り」である。
梵天行事を観覧するのはこの冬だけで4回目となる。
梵天について今更説明することもないだろうが、簡単に言えば「『梵天』という名前の旗印をたくさんの男たちが神社に荒々しく奉納する祭り」ということだ。
それにしても、秋田県南地方は梵天行事の数が尋常でないぐらいに多い(県北地方ではほとんど見られません)。
今後もし県南地方が秋田県から独立するようなことがあったら、県名は「ぼんでん県」でいいと思う。
香川県の「うどん県」みたいなものだ。
それほどまでに県南ではポピュラーなのだが、「長太郎稲荷神社の初午梵天」で書いたように、ポピュラーすぎて重要視されていない、と管理人は考えていた。
そんな認識を持ちつつ、今回の切通稲荷神社梵天祭りを観覧した訳だが‥

切通稲荷神社梵天祭りが行われるのは由利本荘市大内
「由利本荘市の梵天行事って珍しくないか?」と思われたアナタ、その認識は正しいです。
梵天行事の大半は大仙市、横手市、仙北市に集中している。
県央地域の旧雄和町にもその数は多い。
それに比して、いわゆる日本海沿いの地域にはほとんど見られないという特色がある。
今回の会場となる切通稲荷神社は、由利本荘市といえども内陸部の旧大内町、しかもその中でも東端に近く、大仙市(旧南外村)と接するあたりに位置している。
なので、梵天行事が集中する県南内陸部の影響を受けた結果、今に至るまで梵天行事が継承されていると考えるのが自然だろう。

梵天祭り当日3月12日を迎える。
この祭りの開始時間8時半に合わせて、秋田市の自宅を7時に出発する。
国道7号線を南下し、途中から日沿道に乗って大内ICで降りて、次に国道105号線を北東方向へ進む。
やがて切通稲荷神社のある、由利本荘市長坂地区付近が近づいてきた。
国道7号線から、カーナビが示す支線道路に入る。
と、そこで管理人が見たものは‥
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ちょっと!なんだこの人の多さ!
一瞬梵天行事とは無関係の何かのイベントがあるのか、と考えてしまった。
この神社の梵天行事は、喧嘩梵天として結構盛り上がることは事前に知っていたが、これほどまでに人が集まるとは全く聞いていなかったぞ!
しかも、男の祭りだとばかり思っていた梵天の行列に中学生や小学生、女の子の姿も見られる。
そればかりか明らかに小学校入学前と思しき幼児の姿まで‥
聞けば、管理人が見ている場所は神社から見て右側の方向の道路であり、左側の方向からもどんどん人が合流してくるのだという。
この規模感、この雑多感、そしてこの人数
甘かった。
今年に入って3件の梵天行事を鑑賞し、秋田市太平山三吉神社の梵天奉納も見物したことがあるので「梵天行事って大体こんなかんじ」と知ったような気分になっていた自分が甘かった。
心してこの行事を鑑賞しなければなるまい、とあらためて身が引き締まる思いだった。

管理人が車を止めた近くの地区の公民館らしき建物の入口には梵天を模したオブジェが
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この地域の人たちが梵天を誇りとし、アイデンティティとしていることが伝わってくる。

車を止めた場所から10分ほど歩くと切通稲荷神社への入口に到着した。
神社への沿道は大して広くないが、そこに非常にたくさんの人が集まる訳で、当然の如く立錐の余地なしの感がある。
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神社の鳥居付近には到着したが、人が大勢いるために身動きがままならない。
これはどういう展開になるのかなあ‥などと考えていると、いきなり梵天唄が始まった。
梵天唄と梵天行列の勢いなどを審査する梵天コンクールが行われるのだ。

いつも男たちの野太い「ジョヤサア!」しか知らない管理人にとっては、子供たちの可愛らしい「じょやさー!」はとても新鮮だ。
どうやらこれは地元の保育園児の掛け声のようだ。
この梵天行事は、地元の町内会や企業、そして学校などが参加するということは聞いていたが、保育園児のジョヤサーが聞けるとは思っていなかった(小学生でも男の子限定とか、保育園児は梵天行列の後ろにくっついて歩くだけ、とかそんなかんじだと思っていました)。

続いては小学生の登場
こちらはのほうは‥
おおっ!梵天唄を歌うんだ!?

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おそらく学校で皆で練習したのだろう。
男の子も女の子も練習の成果を一生懸命に発揮し、大きな声で梵天唄を歌っている。
その光景だけで何だか泣けてきそうだ。

その後は地元中学校と続き、そして地元各企業や町内会単位の梵天唄披露となる。
マイクを通してではあるが、素晴らしい歌声を聴かせる方もおり、ここで梵天唄聴き比べというのもありだな、と感じた。
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まだまだ梵天唄は続くようだが、神社に向かって進むことにした。
切通稲荷神社へは参道となる階段を上らなければならない。
で、その参道もそれほど広くないので、大人数でいっぺんに登ろうとすると当然このようになる。
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階段の中ほどぐらいで梵天が駆け上がってくるのを待つ。
由利本荘市は秋田県の中でも雪が少ない地域であり、この時期の市内中心部はほとんど雪が消えているし、旧大内町内においても道の駅おおうちあたりではほとんど雪はなかった。
が、ここは大仙市との境あたりにあるため、多くの雪が残っている。
そして、梵天が駆け上がる際にはその雪が障害となり、多くの人が足を滑らせて転倒するのだが、それもまた盛り上がる要因になっている。
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この祭りは、この神社が京都伏見稲荷神社から移された明治17年に始められた。
最盛期には50本ほどの梵天が奉納されたらしいが、今は15本ほどとのこと(後日秋田魁新報の記事を読んだところ、今年は13団体17本の梵天が奉納されたらしい)
それにしても50本もの梵天を境内に全部納めるまで、どれほどの時間を要したのだろうか。

そして階段を上がり切ると境内となる。
まあ、予想はしていたが、人の多いこと多いこと
おそらくこの日秋田県内で最も人口密度が高い地点はここだったんじゃないか、と思ってしまう。
祭りのあとに、警備をされていた警察官の方と今日集まった人数について話をしたのだが、1000人には達しないものの500人は確実に集まっているだろう、じゃあ6~700人ぐらいじゃないか、と適当に数合わせをした。
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梵天大集結
結構壮観です。
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どんなかんじで奉納が始まるのか‥
「喧嘩梵天」の名の通り、いきなり荒っぽい奉納シーンが展開されるのか、などと考えていたら、一番手は先に紹介した保育園の梵天

梵天を持つのは大人だし、ママ同伴ではあるが、社殿内に入り「じょやさー」と可愛らしい掛け声を上げる。
管理人は懐疑的なのだが、梵天を男性器、社殿を女性器に見立てた意味を梵天は含んでいるとの説がある。
その見地から言えば、梵天を社殿の天井まで突き上げる場面に幼い保育園児が立ち会うなどとんでもない行為だが、地元で大切にされている行事であること、その梵天裏テーマがあまり重要視されていないことから、「いたいけな子供になんて事させるの!?」という声が上がったなどとは聞いたことがない。

次は小学生たちの梵天奉納

皆、楽しそうに声を張り上げて奉納に立ち会っている。
楽しかった今日という日を忘れずに、いつまでも良い思い出として心に刻んでおいて欲しいと思う。

次は中学生の奉納

中学生ともなると自分たちで梵天を持って奉納するし、「ジョヤサア!」の掛け声も大人たちのそれと遜色ない。
そして福俵と呼ばれる奉納俵も登場
これまで度々このブログで紹介してきた恵比寿俵と似たようなかんじで、中に餅やお菓子が入っており、見物客に振舞われる。

管理人がカメラを構えている目の前に奉納を終えた中学生が集まり、餅まきを始めた。
それにしてもたくさんの人だ。
人の数では成田山新勝寺の節分には及ばないものの、人の密度は勝るとも劣らない(かな?)
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そして大人たちによる、各地域・各団体の奉納が始まる。
おー、やはり勢いがあるなあ。
そしてここから、先に奉納した側があとから奉納しようとする側と社殿入口部で激しい攻防を繰り広げる押し合いが見られることとなる。

次々と梵天が奉納され、中はまさに芋洗い状態
熱気がハンパない。

先ほど奉納を終えたばかりの中学生が再度奉納をする。
このように、一度奉納を終えたあとも終りとはならず、何度も奉納が繰り返される。
また、繰り返しの順番なども決まっておらず、各梵天が自由に奉納するスタイルだ。
そして奉納を繰り返すたびにその押し合い、もみ合いがエスカレートするのが分かる。

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社殿の中はたいへんなことになっており、もうぐっちゃぐっちゃなのだが、稲雄次さんの著書「カマクラとボンデン」を読むと、昭和63年3月の奉納で、割烹着姿の婦人会による奉納があったことが記されている。
地元の方に、本当にそんなことがあったのかを尋ねたところ、たしかに以前は女性だけの団体による奉納があったらしい。
ただ、酒で出来上がって興奮状態の男衆が立ち回っている中に女性が入ることで風紀の問題が発生してしまい、今は取りやめているらしい。
そりゃそうなっちゃうだろうなあ‥と思います。

梵天奉納と並行して餅まきが行われる。
あっちでは梵天が突撃、社殿内では激しいもみ合い、その横では餅まきとまさにイベント同時多発状態
大勢いたカメラマンも、どこを撮ればよいかよく分からない。

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福俵を破ってお菓子や餅が取り出される。
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ちょっと恐ろしかったが、もみ合いの最中の社殿内に入る。
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こんな中でも奉納中の男衆と言葉を交わすことができたが、年配の男性が一様に仰っていたのは「昔はもっとすげ(凄)がったよ!!」ということだ。
かつては怪我や流血騒ぎが当たり前だったらしい。
いや、当たり前なことな訳なので「騒ぎ」と付けるのはヘンだ。
とにかく、以前は「喧嘩梵天」のネーミング通りの乱闘が付き物だったことが窺える。

奉納が延々と繰り返される。
もうぐちゃぐちゃというか、どの団体が何度奉納したとか、餅まきが何回行われたかなどどうでもいい。

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派手な殴り合いは見られないものの、あちこちで小競り合いが起こる。
かつては同じ喧嘩梵天同士ということで、秋田市太平山三吉神社の梵天が参加することがあった、と地元の方に教えていただいた。
詳しいことは聞けなかったが、おそらく奉納に太平山三吉神社の梵天とその男衆が合流したのだと思う。
喧嘩梵天vs喧嘩梵天とくればやることはただ一つだろう。
遠路秋田市から来た梵天連中から「今度は秋田(市)さ来い!待ってるがらなーっ!」と喧嘩梵天流のエールを送られたりしたそうだ。

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もう梵天はぐちゃぐちゃ
かろうじて形は保っているものの、いろいろな飾り物が壊れたり、取れちゃったりしている。
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太鼓の音が終始聞こえていた。
こちらのお兄さん、このお祭りで唯一のお囃子方ということになろうか。
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「カマクラとボンデン」を読むと、「ヒコシ」と呼ばれる小さな三角形の綿入りのお守りについての記述がある。
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この「ヒコシ」は梵天に取り付けられている健康祈願のお守りだが、小さな子を持つ親が「ヒコシ」を得た場合には自分の子の持ち物に縫い付けることになっているそうな
確かに当初梵天にいっぱい付けられていた「ヒコシ」が、祭りの終盤ともなればほとんど取られてしまい残っていなかった。
ご利益にあずかりたい、という人々の思いが伝わってくるようだ。
なお、地元の方はこのお守りを「ヒコシ」ではなく、別の呼び方をしていたのだが、それについては書き留めるのを忘れてしまった。

そして、これでもか!とばかりに1時間以上繰り返された奉納が終わりを迎える。
いっせいに梵天は撤収を開始する。
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あれだけ賑わっていた境内が、さほどの時間も経たないうちにガランとした空間になってしまいました。
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神社の下のお宅の倉庫に梵天唄を歌いながら、梵天を納める。
これらの梵天の所有者である「伊藤さん」のお宅に収納される旨、いくつかの書籍に書かれてあったが、ここが伊藤さんのお宅の倉庫ということでよいのだろうか。

これにて行事は終了
道路沿いの露天にたくさんの客が集まり、お菓子やらフランクフルトやらたこ焼きやらを食べている。
特に梵天奉納の参加者にとっては延々繰り返された奉納の緊張感も解け、よいおやつになったと思う。
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今日は10ほどの屋台が店を構えていたが、以前は鎌や鍬などの金物の露天なども店を出して、神社へ続く沿道沿いに隙間なく屋台が並んでいたという。
往時ほどの賑わいはないものの、その当時の名残は十分に感じ取ることができた。

そして管理人も沿道の賑わいを背にして車のある場所に戻り、ここ長坂の地を立ち去ったのだった。
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冒頭で、梵天行事について「ポピュラーすぎて重要視されていない」と書かせてもらった。
県南各地域で行われるためレア感に乏しいこと、大きな特色の違いがないために他地域と差別化しづらく、観光に結びついていないことなどが要因として挙げられると思うが、ここ長坂地域では梵天に対する圧倒的な熱量というか人々の情熱を感じ取ることができた。
地域の公民館のような施設の入口に梵天のオブジェが作られていることからも分かる。
その情熱たるや、秋田市土崎のいわゆるザキ衆が土崎湊まつりに、刈和野の人々が刈和野大綱引きに掛けるのと同じぐらいのレベルだと思う。
「俺たちにはこれがある!」感が強烈に伝わってくるのだ。
管理人が話をさせてもらった年配の参加者の方は「そうだよ、これが秋田で一番の梵天だ!」と仰っていた。
これほどまでに地域の人たちのアイデンティティとして根付いている祭りに触れられただけでも、本当に観覧した甲斐があったというものだ。
梵天行事については、まだまだ横手市大森の「三助稲荷神社の梵天行事」や、大仙市清水地区の「八坂神社の梵天祭り」など未見のものもたくさんある。
梵天はまだまだ奥が深いぞ、と認識をあらたにした一日だった。


“切通稲荷神社梵天祭り” への4件の返信

  1. まだ見ぬ切通稲荷の梵天の雰囲気が凄く伝わりました!地元の人の祭りにかける意気込みが感じられ、とても読み応え、見応えがありました。
    県内には本当に沢山のぼんでん行事がありますよね。
    逆に、横手で生まれ育った私は、小さい頃は各地区ごとにぼんでんがあるのが当たり前だとさえ思ってました。
    カマクラとボンデンを読んでも、その数の多さや多彩さに驚かされますよね。

    県南はぼんでんシーズンですね。
    お時間と機会があれば是非一度我が金沢のぼんでんも見に来て下さいませ。

    1. uxorialさん
      書き込みありがとうございます!
      切通稲荷神社の梵天、アツかったですよー
      老若男女 + 幼児までが「ジョヤサー!」と掛け声を上げる様は凄かったです。
      これから梵天行事も盛んになりますので、管理人も楽しみにしています。
      uxorialさんは横手市金沢の方なんですね!
      今年の金沢八幡宮梵天は日曜日ですよね?
      是非「女梵天」の異名をとる金沢の梵天を見てみたいのですが、今年は残念ながら用事があって行けません。
      来年以降の楽しみにとっておきます。
      そうそう。金沢といえば「金沢八幡宮掛け歌行事」
      実は今から検討しています(;^_^A

  2. 『梵天』のルーツが何なのか?。子孫繁栄、地域活性、やっぱり子供が多く参加する事が大事ですよね。
    産めよ増やせよ!私がもう少し若ければ、、、笑。

    1. 隣人1号さん
      いつもありがとうございます!
      梵天のルーツは結構謎のようですが、子孫繁栄が一つのテーマなのは間違いないと思います。
      少子化が問題となっている秋田にはもってこいの行事なんですけどねー。
      気持ちさえあれば、年齢は関係ないと思いますよ(笑)

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