浅舞八幡神社祭典(宵宮)

2017年9月16日
今回の行事は横手市平鹿町浅舞の浅舞八幡神社祭典
秋田の祭り・行事」では「浅舞の山車」という名称で紹介されているように、この行事の目玉は「山車」、そして「お囃子」である。
管理人の実家から車で20分ほどの距離ながら、伝統行事に全く関心のない実家暮らしだった頃には、見たこともなければあることすら知らなかった。
聞けば、結構豪華で壮麗な山車がお目見えするらしい。
本当は10基以上に渡る山車が各町内を巡行する本祭を見たかったのだが、その日は予定があったので、前日の宵宮を鑑賞することに決めた。

本祭の様子は先に書いたとおりだが、宵宮では何が行われるのか?
山車の巡行はなくても、何らかの形で山車披露があるとは思うのだが‥
普段ならいろいろ事前に下調べをして行事鑑賞をするのだが、実家から近距離で行われる気易さから何もリサーチしなかった。
どうも、県南(特に実家の近く)あたりの行事については、「行きゃあなんとかなるよ」と軽く考えて準備を怠ることが多い。

当日
所用で6時ぐらいまで実家にいたのちに浅舞へ移動し、スーパー駐車場へ車を止める。
祭りが何時から始まるか、どこで行われるか、などの基本情報も持ち合わせていなかったのでえらく不安だったが、何となく人の流れが浅舞の商店街が立ち並ぶメインストリート方向に向かっているようだ。
とりあえずついていってみよう。
初秋の夕暮れの景色は美しかった。

商店街
人はちらほらと集まり始めているものの、祭りの始まる気配は全くない。

不安の中とぼとぼと商店街を歩いていると‥
道路脇に作られた仮設小屋のようなところに山車を発見!!
たしかに祭りが行われるようで、まずは一安心
こちらは覚町上「助六由縁江戸桜」

少し歩くと、別の山車が。こちらは栄町「山崎の合戦」

こちらは覚町下「日本振袖始」

おそらく他の丁の山車は各地区ごとにスタンバイ中であろう。
山車を次々と見つけていくに従い、「これから祭りが始まるんだなあ、ワクワク」と気持ちが昂ぶってくるのがわかる。
それにしても、山車に飾られている人形はけっこう精巧な作りだ。
宵宮に合わせて「飾り山車めぐりスタンプラリー」が開催されたのだが、その応募用紙に「平鹿町史」から抜粋された「浅舞山車」に関する文章が記載されている。
そちらによると人形制作について「現在は土崎の港祭りの山車製作者・越前谷鉄蔵と新庄市の野川陽山が作る飾り山車、それと秋田県民謡と手踊りを披露する踊り山車がある」そうだ。
おそらく、平鹿町史が発行されてから年月が経っているので状況は少し異なっている可能性はあるが、かなり本格的な人形であることには違いない。
また、顔つきの特徴から覚町上・覚町下は新庄市の野川陽山制作、栄町は越前谷鉄蔵制作であることが分かる(間違えていたらすいません)。

近くの住民の方に肝心の宵宮の中身について伺ってみる。
「商店街に全丁の山車が2~30mおきに陣取り、山車の前で賑やかにお囃子を奏でる」のだそうだ。
おお、そんなコンテンツになってたんですね。
と話を伺っていると、遠くからお囃子の音が‥
みると1基の山車が会場となる通りに駆けつけるべく、行進していた。

こちらは新町「助六由縁江戸桜」(覚町上と同じ題目)
入場は「寄せ囃子」の演奏に乗って行われる。
寄せ囃子のメロディは、西馬音内盆踊り「寄せ太鼓」とほぼ同じであり、耳に馴染みがある。

おお‥やはり山車の行進は迫力に溢れている。
静止した状態の山車もそれなりのスケールだが、お囃子に合わせて進む山車の迫力は想像以上に素晴らしい。
秋田県立図書館で借りた「秋田県の祭り・行事 -調査報告書-」に浅舞八幡神社祭典の詳細が記されており、それによると元々は置き人形(祭典の折に丁の辻々に人形を置いたそうだ)だったのを、曳山に乗せたことで今のような山車行事に変わったらしい。

ところでさっきから「丁」という呼び方でいくつかの町内を紹介したわけだが、山車を運行する丁は以下の通りとなっている。
①伊勢堂
②蒋沼
③栄町
④覚町上
⑤覚町下
⑥新町
⑦仲町・六日町
⑧宿館
⑨本町
⑩四ッ関
⑪田中
この中で「仲町・六日町」だけが人形の飾り山車ではなく、秋田県民謡と手踊りを披露する踊り山車が出される、とのこと
山車については、管理人もちょくちょく覗かせてもらっているこちらのサイトが超詳しい。

先ほど行進していた新町が定位置に到着したようでお囃子を披露する。


宵宮においては、山車を横に置いての太鼓演奏がハイライトとなっている。
大人の中に子供たちも交じり、各丁が住民総動員!とばかりに太鼓の競演に没頭する姿はとてもエキサイティングだ。
お囃子は先ほどの「よせ囃子」以外にも「けんばやし」「きつねばやし」「道中ばやし」などがあるそうだが、どの演奏がどの曲かを聞けなかったので、そのへんはよく分からない。

こちらは伊勢堂「忠臣蔵」

大石内蔵助が正面に据えられた、迫力ある山車だ。
そういえば、商店街在住のご婦人から「ここの山車は神社の祭典が終わったら、雄物川町沼館のお祭りに貸し出されるんだよ」と教えていただいた。
これだけの豪華で壮麗な飾り山車であれば、他のお祭りにお呼ばれするのも頷ける話だ。

いちばん初めに山車を発見した覚町上がお囃子を披露


こちらは「鍋倉囃子」として知られている。
太鼓の奏者が次々と交代しながら演奏を続けるのが特徴だ。
もちろんリズムを保ちながら演奏は続くが、それでも奏者によって細かくバチさばきに個性があるのが分かる。
いわば太鼓がメイン楽器であり、笛や鉦がバックの演奏に回っているようなものだ。

こちらは四ッ関「島津の退き口」

続いて蒋沼「本能寺の変」

栄町「山崎の合戦」


絶えず鳴らされる鉦の音色や、大振りなアクションを混じえたバチさばきなど、演奏スタイルは結構ユニークだ。
県南地方の行事ではこれに類似するサイサイ囃子が見られるものが多いが、かなりの練習を重ねないと所作を身につけることはできないと思う。
それを、動画に映っているような子供たちが堂々と演奏していることにちょっとした感動を覚えてしまった。

栄町の陣取る丁字路を曲がり、スーパーよねや前の通りに入る。
こちらも大賑わい

それはそうと、9月中旬ともなると夜は気温が下がり結構寒かったりする。
この日も日中はまずまずの陽気だったのが、祭り開始の頃から薄ら寒い。
で、管理人は何も考えずTシャツ、短パンの出で立ちだったのだが、これが実に辛かった。
この時期の秋田の夜の寒さを知っているはずなのに、こちらのほうも準備を怠ったツケが回ってきた格好だ。

次は田中「川中島の合戦」
武田信玄と上杉謙信の有名な一騎打ちの場面が再現されている。


「浅舞の盆踊り」「ひらかまち盆踊り」の名で知られているこの地の盆踊りの発祥は田中であり、別名「田中おどり」とも言われている。
非常に伝統ある盆踊りなのだが、当ブログにコメントをくださったふじけんさんによるとどうやら現在休止中らしい。
県南サイサイ系の系譜に連なる素晴らしい盆踊りだけにぜひ復活してほしい。

続いて本町の「石川五右衛門」

プシューッ!とスモークマシンの煙が吐き出される仕掛け付き
妖しげな照明効果と相まって、五右衛門の凄み、迫力がよく表現されている。
煙が吐き出されるたびに「オーッ」と歓声が上がるのだった。


「秋田県の祭り・行事 -調査報告書-」によると、明治3年の祭典の折、現在の曳山のルーツとなる置き人形を制作したのはここ本町とのこと
また、このあとに紹介する踊り山車を最初に出したのも本町ということで「祭典の中心的な役割を果たしてきたのは本町だった」と同書は結んでいる。

次は宿館の「ひよどり越え」

こちらが数多く並ぶ山車の一方の端となる。
山車と太鼓の他に、えらく元気の良いよさこいの披露があった。
餅まき(お菓子だったかな?)も行われ、他の丁とは一味違う盛り上がりを見せていた。


先にこの行事の変遷について、置き山から曳山に変わったと記したが、厳密に言えばその間に「担ぎ山」だった時代がある。
担ぎ山については詳しくはないが、どうやら御輿に近いかんじの山だったようだ。
その頃は宿館は山を出しておらず、お隣の本町の手伝いをしていたため宿館の人たちは「宿館山担ぎ」という呼ばれ方をしていたらしい。
その後曳山になってから、宿館をはじめとしてたくさんの地区が参加するようになったということだ。

端まで一通り見て歩いたので、Uターンしてもう一度観覧

通り沿いには「天の戸」で今や全国区になった浅舞酒造の酒蔵がある。
祭典の行われる2日間は特別試飲販売会ということで、たくさんの人が美酒を堪能していた。
因みに管理人はこの後車の運転も控えているし、何より日本酒を飲めないので立ち寄ることはなかった(興味はあったんですが‥)。


たくさんの人が思い思いに時間を過ごしている。
熱心に山車を写真に収める人もいれば、お囃子演奏に見入る人、友達とキャッキャッ語らいながら通りを歩く人、楽しみ方は様々だ。
管理人はブログ用の写真・動画撮影がメインだが、屋台のソーセージとビール(日本酒は飲めませんが、ビールはいけます)を楽しみながら、各丁をブラブラと流し見するのも一興かなと思う。

ほとんどの山車が商店街中心に集中しているなか、一つの丁だけが少し離れた場所に陣取っている。
それがすなわち、先に書いた踊り山車の「仲町・六日町」
踊り・民謡を披露するのは「渡辺幸子社中」だ。
もちろん生唄・生演奏。秋田の伝統を感じさせる正統派の踊り、演奏だ。


おそらく商店街中心から離れたところにいるのは、他の丁のお囃子の影響を受けないようにとの配慮からだろう。
山車の前には観覧者用のゴザも用意されており、たしかに他の丁とは毛色が違っている。
お囃子の熱気から少し離れて、一服の涼を与えるようなかんじの山車でとても印象的だった。

商店街を一往復
これで全ての山車を観覧したわけだが、もう一度見てみよう。


新町でもスモークが焚かれる。
お囃子の足元が煙がかかる演出はまるでライブステージのようだ。

覚町上のお囃子
鍋倉囃子の醍醐味とでも呼ぶべき、バチを空中で投げ回しての演奏がスリリングで楽しい。

サラッとやっているので分かりづらいが、この所作は難しい!
管理人も家のすりこぎで試してみたが、利き手である右手ならまだしも左手でやるのは至難の業だ。
それを両手でタイミング、加減を見極めて演奏するというのは熟練の証でもあろう。
また、「秋田県の祭り・行事 -調査報告書-」によると、打ち手が巧みに交代することも演奏の優劣にかかわる重要な要素らしい。


伝統のお囃子を見ようとたくさんの人が集まっている。
もともと鍋倉囃子は山車に付随していたものではなく、鹿島祭りに付くお囃子として始まったそうだ。
昭和初期にいったんお囃子が途絶するまで八幡神社祭典で演奏されることはなかったが、戦後に復活した折に山車とセットとなっての演奏が始まったらしい。
絢爛な山車と、華やかな鍋倉囃子はとても親和性が高いと思う。

栄町の演奏


時折、タイミングをずらしてステレオ効果を作り出す演奏が耳に楽しい。
演奏にはたくさんの少年少女が加わっていた。
おそらく小さい頃から練習を重ねているはずだが、こんなに多くの少年少女たちが山車、お囃子にかかわっているとはつゆ知らなかった。
浅舞と言えば、管理人的には先ほどの「天の戸」であるとか、漬物であるとかついついイメージで一括りにしそうになるが、これほどに熱く、皆が夢中になれるお祭りが脈々と根付いていたことに今更ながら気づかされた思いだ。

流し見が続く。

1.5往復ほどしただろうか、時刻は9時近くになった。
と、ここで「ドーーーーン!!」と轟音が

宵宮のエンディングを飾るべく打ち上げ花火が上げられた。
これを合図にあれだけたくさんいた観客の数は徐々に減っていき、演奏を終了し引き上げを開始する丁も出始めた。
管理人も十分に堪能した満足感とともに秋田市へ帰るべく、車を止めたスーパー駐車場へ向かう。
駐車場へ向かう途中もひっきりなしに花火が上がり、山車・お囃子観覧から花火鑑賞に移行する人も多数

帰る頃にはさらに気温が下がり「うー寒むーー」などとブツブツ言いながら浅舞を後にした訳だが、宵宮のほうは熱く盛り上がる、寒さとは無縁のお祭りだった。
前後、左右からお囃子の音色が響き、興奮のるつぼとまでは行かないものの、楽しく華やいだ気分で観覧させてもらった。
山車のぶつけ合いや、競い合いなどの激しさの代わりに、初秋の県南の爽やかさを伝えるお祭りとしてこれからも続いていくだろう。
そして、各丁で山車の巡行が行われる本祭の方もいつの日か見てみたいと思う。

※地図は横手市平鹿地域局


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