富根報徳番楽

2017年9月17日
9月も中旬ともなれば、さすがに夏の暑さは感じられなくなる。
そして、お盆あたりを中心として無数とも言えるほど行われていた祭り・行事も9月になると一段落するが、この日9月17日に限って言えば、秋田県内各地で伝統行事が行われた。
去年お邪魔させてもらった「本荘八幡神社祭典」、県内に2件残存する地歌舞伎のひとつである「森岳歌舞伎」、藤里町の「根城豊作相撲」、そして前日に宵宮を観覧した「浅舞八幡神社祭典」など
それらの中から選んだのが、今回の記事である「富根報徳番楽」である。

秋田県内の数多くの番楽の中で、富根報徳番楽には特に惹かれる要素があった。
それは、豊作への感謝と日頃の仕事の疲れを癒す目的で行われる「作番楽」が存在していることによる。
会場となる愛宕神社境内で集落の人たちが秋の一日を、のんびり飲食、談笑し、ときには寝転びながら番楽を鑑賞する。
そんないにしえからの光景の再現に憧憬の念が積もるばかりだった。
これは見に行きたい!
「秋田の祭り・行事」によると、開催日は「9月の作休み(15日前後)」となっている。
15日前後というのも随分とアバウトな情報だが、「9月の作休み」というのが更にいつだか分からない感を増幅させる。
で、能代市教育委員会に尋ねたところ、今年は9月17日(日)に行われるとのこと
開催日のファジィさを逆手にとって日曜日に開催ということかな?

当日
「秋田の祭り・行事」によると作番楽は朝10時~夕方4時まで行われるそうだ。
正味6時間!これは長い。
だが、先に書いたように農作業の疲れを取るのに1日まるまる休みを取る訳で、演じる側ではなく観る側からするとそれぐらいの時間がちょうどいいということになるのだろう。
で、管理人は6時間全部の鑑賞というのもなかなかたいへんなので、途中から観覧しようと目論み11時ぐらいに着けばよいかなあ‥と9時半に秋田市を出発した。
そして、11時すぎには能代市二ツ井の富根集落へ到着。難なく愛宕神社を見つけることもできた。

神社脇の通り

そして境内に入ると‥やってます。

おっいきなりかっこいい武士舞やってますよ!
こちらは「鈴木舞」


今日の鑑賞にあたって、秋田県立図書館で「秋田の民俗芸能 – 番楽を踊る」を借りた。
たびたびこのブログでも紹介したが、富根出身の大高政秀さんが富根報徳番楽を中心に秋田の番楽について記した著書だ。
番楽のことをほとんど知らなかった管理人が秋田の番楽シーンを知るのに大変役立った本であるとともに、大高さんの番楽への探究心と情熱がダイレクトに伝わる良著だった。
そして、大高さんが熱く語っていた富根報徳番楽を一度見てみたいと思ったのも、今回の訪問の大きな要因となっている。

そして「鈴木舞」
「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」には「富根の番楽にとっては番楽そのものといっていいほどの重要な舞」として紹介されている。
鈴木舞のモデルである武将「鈴木三郎家重」は源義経に付き従い、奥州衣川で非業の死を遂げたとされる(羽後町に落ち延びたという説もあるようです)。
その鈴木三郎の慰霊の意味が鈴木舞には込められているらしいが、大高さんはさらに「豊作に感謝する」意味合いが盛り込まれているのでは、と推測されている。
祖先への感謝と、現世に生きる人たちの幸福への願いが、この勇ましい武士舞に昇華されているとも言えようか。

鈴木舞が終わる。
と、そこでTシャツ姿の男性が舞台に上がり、何やら喋り始める。


これは「花よみ」
番楽に寄せられたご祝儀や祝いの品を、寄進された方の名前とともに幕間に紹介する一種のミニコーナーだ。
読み上げのあとに披露されるのは「みしま節舞」
みしま節舞は「奉納舞」のひとつであるとされている。
この後、花よみはまるでTVコマーシャルのように幕間のたびに行われ、都度みしま節舞が舞われるのだった。

時刻は11時半
この次の舞は何ですか?などと思っていたら「ここで昼休憩に入ります」とのアナウンスが
ということで演者、観客に振舞われるのはきりたんぽ鍋

この雰囲気の素晴らしいこと!
観客は、富根集落内の方々や、能代市外からの方などあわせて3~40人ぐらいだろうか。
作休みのひと時を、気心の知れた人たちが思い思いに語らい合いながら、食べて飲んで過ごす。
管理人もたくさんの人から、この番楽に関するエピソードやよもやま話を聞かせていただいた。
この楽しい空間がこの先もずっと受け継がれていくことを願ってやまない。

また、「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」の著者、大高政秀さんも見えられ、お話を伺うことができた。
その著作を通じて一方的に敬意を抱いていた方と、直接話をするというのは心躍るものではあるが、実に不思議な感覚だ。

何の前触れもなく、突然やってきた管理人にも有難いことにきりたんぽを振舞っていただいた。
美味い!文句なしに!

富根報徳番楽はもともと7月後半の愛宕神社祭典と9月の作休みあたりに行われていたが、作休み開催をお盆の時期に変更した経緯がある(そのへんのいきさつは「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」の序章に詳しく書かれている)。
それが5年前に再び作休みに戻り、現在に至っている。
また、本来は豊作の年のみの開催だったそうだ。
現代においては不作のため収入減とはなれど、決して飢え苦しむということはない。
だが、いにしえにおいては不作とはすなわち生命の存続に影響を及ぼすものであり(実際に「天明の大飢饉」「天保の大飢饉」では富根集落でもかなりの死者が出ている)、その裏返しとして豊作における人々の喜びはいかほどのものだったかが容易に想像できる。
「美味しいなー」という感想以外にあまり思うところなく、普通にきりたんぽを食べてしまったが、作番楽の本来の意味を今一度思い返していただくべきだった。

ノンアルカクテルまでいただいてしまった。
それにしても、昼休憩の10分前ほどに会場にやってきたばかりなのに昼ご飯をご一緒させてもらうというのは、遅刻して会社に昼前に着いて肩身の狭い思いをしている矢先に、上司から「おい、メシ食いに行くぞ!」と誘われたような感じで何だか気恥ずかしい。

時刻は12時20分
楽しい昼休憩の時間が終わり、ここからは午後の部
昼休憩時間はきっちり1時間。こういった集落の小さな集まりは進行タイムテーブルなどあってないようなものだが、ここ富根では割と几帳面に時間通りの進行をしていたように思う。
そして再開後、最初の舞は「荒舞」


荒舞は別名「露払い」とも呼ばれる。
「露払い」と言えば以前鑑賞した根子番楽では必ず番楽の最初の演目として披露される特徴を持っており、ここ富根では荒舞がそれにあたる。
(このように、一番最初に披露される演目のことを「先番楽」と呼ぶらしい)
今日も開演と同時に荒舞が披露されたのだが、どうやら始まってすぐの時間にはあまり観客が集まっておらず、せっかくの舞を観覧できた人が少なかったらしい。
ということで、再度の登場となった訳だ。
小学生の児童2人の勇ましい舞。見事!

荒舞から午後のプログラムが開始した訳だが、午前中のプログラムは以下のとおり
①荒舞
②鳥舞
③千歳舞
④翁舞
⑤三番叟舞
⑥女舞・朝飯前(根子切)
⑦鈴木舞
現在でも20ほどの演目が継承されているが、様々な情報を集約すると「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」の書かれた8年前に比べて、少し演目の数が減っているようだ。
また、「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」によると、白の翁面を使う翁舞と、黒の翁面を使う三番叟舞は富根報徳番楽の中でも重要な舞なのだそうだ。
それは翁面が富根の番楽の精神的な象徴として重要視されているからだという。
いわば本海獅子舞番楽における獅子頭のようなシンボリックな存在が白と黒の翁面ではないか、という分析を大高さんがされている。
午前の部もしっかりと見とくんだったー、と悔やまれる。

続いては「さぎり舞」
さぎり舞についてはよく知らないのだが、「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」には「(曽我)」と注釈が付けられていたので、これまで観覧する機会のあった「曽我兄弟」に類似した演目だと思う。
まずは一人舞

続いてもう一人が登場し、二人舞となる。

と、ここまでは曽我兄弟の流れと大差ないのだが、さぎり舞が大きく異なるのは3人目となる「狐」が登場し、2人の間に割って入ることだ。


「狐」は道化役としてたいへん人気があり、その登場に歓声が起こり、一挙手一投足に皆が沸いた。
そしてまさかのムーンウォーク!マイケル・ジャクソンばりのこの所作は番楽の新しい扉を開いただろう!?
また、狐のインパクトに持って行かれてしまったが、武士舞の勇壮さ・迫力が十分に伝わる素晴らしい演目だった。

続いては女舞「機織舞」


機織については地域は全く異なるものの、本海獅子舞番楽についての著作である「本海番楽 -鳥海山麓に伝わる修験の舞-」にその内容が書かれている。
「夫の留守に長者に迫られた機織女郎が若狭が浦山王ヶ池に身を投げ、地獄の業火に責められながら機を織り、やがて仏力により救われる」といったストーリーのようだ。
機織舞は中学2年生の女の子によって舞われたが、その内容は人間の情念を表現したおどろおどろしいものだった。

機織に続いて、というかセットになって披露されるのは橋架(根子切)
「根子切」とは女舞に付随するいわば寸劇混じりの舞のことを言うようだ。
まずは、まるでひょっとこのようなお面を付けた、滑稽な風体の男が登場


一般的な舞では、決して舞い手が言葉を発することはないが、この根子切りにおいては舞い手が喋る、喋る、とにかく喋る。
どうやらこの男は橋の普請をしており、その苦労やら大変さを説明しているようだが、いかんせん訛りが強く何を喋ってるのかほとんど分からない。
ただ、なまじ意味が分からなくても、その雰囲気や語り口から何だかユーモアを含んだ喋りをしていることは十分に伺える。

そこへ男の妻と思しき女が登場
男の休憩に酒を差し入れようとしているらしい。


夫婦コントのような軽妙な掛け合いが愉快だ。
これまで、このようなくだけた雰囲気の演目を見たことはなかった。
まさしく、作休みの1日に心から大笑いできる素敵な見世物であり、日々の重労働をひととき忘れさせてくれる舞だった。

先に書いたように、幕間には花よみが行われる。
御年89歳(もう少しで90歳とのこと!)の「長老」によるみしま節舞
軸足を起点にくるくると左右を頻繁に向き直す所作を軽々とこなす。素晴らしい!!

続いては大黒舞


赤い頭巾と打出の小槌でお馴染みの大黒様が舞う。
管理人は全く知らなかったが、「大黒舞」と言えばそれすなわち「門付け芸」なのだそうだ。
門付け芸 - このブログで以前紹介した秋田万歳などがそれにあたるが、「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」では、この後登場する汐汲舞に関して能の演目との関連が指摘されているし、番楽という芸能が想像以上に様々な芸能とクロスオーバーしている可能性があるように感じた。
そして、大黒天は農業(・商業)の神である。

続いては恵比寿舞


あれ?ひとつ前の大黒舞と出で立ちが酷似してますなあ‥などと思っていたが、面も違うし、演者も違うのだった。
ともに予祝芸能として、番楽の中では「道化舞」の位置づけではあるが、きちんと違いを意識して観覧すると面白みも増してくる。
ちなみに恵比寿天は五穀豊穣の神だ。

どの舞にも共通して見られるのが後半部分は急激にテンポが早くなり、舞い手がとにかく踊りまくるところだ。
恵比寿舞も例に漏れず、激しい舞を見せる。

大高さんが「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」に書かれているように、まさに「舞い手は陶酔している」(←この文章はにかほ市の冬師番楽を観覧されたくだりに出てくるが)と思わざるを得ない。
この急激なテンポの変化がクライマックスに一直線に進むために必要なのだろう。

因みに面はこのように客席後方に用意されており、演者がめいめい自分の舞で使用するものをピックアップする方式だ。

終演後にこの番楽で使われた多くの面を制作した方と話をした。
そこで、実際に面を付けさせてもらったりしたのだが、軽くて被りやすいうえ、顔の横幅に応じて調整できるよう左右の耳のあたりにネジが付けられている。
これはいい!思わず舞を始めたくなるほどの快適な付け心地だった。

続いては蕨折舞


蕨折は貧しい暮らしの中、両親に蕨を食べさせようと山に分け入った女性の姿がモチーフになっているらしい。
先に披露された「機織舞」や、ここ富根では舞われていない「鐘巻」「若子」などと並んで女舞を代表する演目のようだ。

そして蕨折舞から糸煮焚物(根子切)へと続く。

さっき橋架で登場した男が再登場
異なる演目に全く同じ格好の舞い手が登場というのは珍しい。

ここでもひょっとこ顔の男は喋りまくっている。
この演目が行われている間、あちこち歩き回ったりしていたものだから、あまり喋りを聞いていなかったのだが、どうやらひょっとこが木の切り株に腰掛けている老人に「木を切るのでそこをどけ!」というようなことを言っていたようだ。

が、どうしても老人はどかないので、力づくでどけようとしたが何故か老人を動かせない。

と、そうこうしているうちに老人がに鬼のような面となり、ひょっとこと対決!(とか、そんなかんじのストーリーだったと思います。あやふやでゴメンなさい‥)
最後は老人を肩車してエンディングを迎えました。

続いては汐汲舞

優雅だが、どことなく哀しさが漂う舞
平安時代の歌人として有名な在原 業平(ありはらのなりひら)の兄、行平(ゆきひら)を思い慕う海女「松風」の舞が、能や歌舞伎などに波及し、番楽にも取り入れられたのがこの演目の始まりのようだ。
「秋田の民俗芸能-番楽を踊る」によると、秋田の番楽でも珍しい演目らしい。
そして、汐汲舞を舞うのは高校生の男の子だ。
もともと女舞は男性が面を付けて舞うものであり(というか、もともと番楽を舞うのは男性と決まっていた。なお、女舞を女性が舞う場合には「機織舞」「蕨折舞」のように面を付けなくてもよいということだろう)、その男っぽい踊りが実は女舞には必要だということを大高さんは指摘されている。
女が恋に落ちて、恋に狂う様を表現するには男性のダイナミックさが必要ということらしい。
たしかにこの汐汲舞を見ると、さもありなんという気がしてくる。

そして最後の演目「山の神」
舞うのは大高政秀さんご本人
というか、大高さんはこれまで2つの演目に登場されているし、同じ人が複数の演目に登場するのが当たり前のようになっている。
富根集落の観客は「あの舞は○○さんが踊ってるんじゃない?」というふうに話しあったりしていて、これがまた密かな楽しみだったりするようだ。


山の神は一度、山内番楽で鑑賞した演目だ。
そしてその際も見せ場となっていたのが、大皿に盛った米(か塩)をこぼさずに体の周りで回す曲芸的な所作だ。
これは柔軟性がないとできません!

この舞は必ず番楽の最後に舞われることになっているらしい。
山の神は春先に田んぼに降りてきて田の神となり、秋の収穫を見届けて山に戻るとされている。
豊作に感謝するという作番楽本来の意義に照らし合わせると、集落の人たちの感謝の気持ちがこの最後の演目に込められているのだと思う。
そして被り物を外して、刀を持っての激しい舞へ移行


山の神が終わり、全ての演目が終了した。
アナウンスの男性が紹介していたが、大高さんは山の神を舞うにあたって練習を行わず、いきなりのぶっつけ本番で臨まれたそうだ。
これまでの積み重ねがあるとはいえ、これほど細かい所作が続く舞を練習なしで舞い遂げるというのはレベルが高すぎる!!
最後にすごいモノを見させてもらった気分だ。

時刻は2時半
秋田の祭り・行事に書かれていた時間(4時)の終幕ではなかったが、3時間ほどに渡り飲んで食べて笑って、そして真剣に鑑賞して楽しませてもらった。
演者の皆さん、お囃子方の皆さん、おつかれさまでした!

かねてから見たいと思っていた富根報徳番楽をじっくりと鑑賞できた。
実はこの日は日本海沿岸を中心に強風が吹き荒れており、ここ富根も午後からやや強い風が吹き始めていたのだが、それでも秋の爽やかな1日を愛宕神社の境内でのんびりと過ごせて、本当に満足だ。
富根集落に古くから根付いている作番楽の伝統にどっぷりと浸かる、その愉悦感は格別のものだった。
そして何よりも多数披露された演目の面白さ
県北地方の番楽を観覧したのは向達子番楽に続いて2度目だったが、「機織舞」や「蕨折舞」、「汐汲舞」といった女舞をじっくりと鑑賞できたのはとても新鮮だった。
県内に番楽は数あれど、その一つ一つに特徴や個性があるのだなあ、とあらためて認識した次第だ。
これからもこの素晴らしい伝統芸能をフォローしていきたいと思う。


2 Replies to “富根報徳番楽”

  1. はじめまして^^ 
    富根報徳番楽で笛と囃子をやっているものです。
    昨年の作番楽のことをこんなに詳しく書いていただき、ありがとうございます!
    私は富根の人間ではないのですが、縁あって番楽始めてから今6年目?くらいです。
    地域外の人間でも楽しく番楽に携わることができるのが、この富根報徳番楽の良さかな~と思っています^^
    毎年12月の第二土曜には、能代市の旧料亭金勇で、能代市の鰄渕番楽との大競演会もやっておりますので、ぜひそれも見に来てくださいね~^^
    そして秋田市などでもお呼びがかかれば番楽やりにいきますので、そういうお話があったらぜひお声かけくださいませm(__)m
    私はFacebookでの番楽ページを管理しております( ´艸`)
    それでは!

    1. ゆかこさん
      書き込みありがとうございます!
      作番楽から4ヶ月近くもかかってようやくUPした記事でしたが、読んでいただいてありがとうございました。
      次々と演目が披露されるなか、集落の人たちがまったりとくつろぎ楽しんでいる様子が昨日のことのように思い出されます。
      FB拝見しました!
      活動の様子がダイレクトに伝わり、思わずじっくり拝見してしまいました。
      また、当ブログをご紹介してくださってありがとうございますm(_ _)m
      ゆかこさんはお囃子方として頑張ってらっしゃるんですね、機会があればまた見に行きますね~
      演目の面白さ、バリエーションの豊富さなど能代市外の人たちにもっと知ってほしい番楽ですし、何かあればお声がけさせていただきます。
      今は寒い冬ですが、風邪などひかずに頑張ってください!!
      それでは!

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