筏隊山神社講中大祭

2020年10月29日
秋真っ盛りです🍁
この時期、全国的に見ると秋の実りへ感謝を捧げる「秋祭り」が数多く行われるものの、今年はコロナのせいもあり、中止になった祭りも多かったようだ。
翻って我が秋田県を見ると、コロナとは関係なく、晩夏~初冬にかけて行われる祭りはそれほど多くないが、神社のお祭りはそれなりに行われていたりする。
今回訪れた横手市山内の「筏隊山神社講中大祭」はその中の一つと言える。基本的に他には見られない特徴がないと当ブログで取り上げることはないが、このお祭りについていえば一般的なお祭りとは一線を画した、あるユニークな特色があるのだった。

祭りは10月29日に行われる。
当日は平日だったが、このお祭りのため一も二もなく有休をとる。ただ、コロナ禍の中での訪問は問題ないか心配だったので、事前に神社に連絡して伺ったところ「小っさな祭りだども、どうぞ来てください」と温かいお返事をいただいた。ありがとうございます!お邪魔させてもらいます😀😀
当日。開始時間10時に現地に着くように出発したものの、思った以上に時間がかかってしまい、10時20分ほどに到着。ちょっと焦りつつ、会場を目指す。
以前は小高い場所に鎮座している筏隊山神社本殿で祭りが開かれていたが、現在は県道40号線沿いに立つ社務所で行われている。

こちらが社務所。「祈祷殿」とも呼ばれているようです。


社務所内では祝詞奏上が執り行われていた。
参詣者は20人ぐらいだろうか。ネット等で以前の様子を見ると参詣者でびっしりと埋め尽くされていたが、コロナの影響だろう、今年は随分と少ないようだ。
筏隊山神社はかつて「阿羅々仙人の社」「阿羅々神社様」と呼ばれ、現在でも地名を由来とする「筏の仙人さま」などと呼ばれる由緒ある神社で、「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」によると「正中2年(1325年)に草創されたという縁起を持ち、山北三郡の領主、小野寺前伊豆守藤原道宣がこの地に勧請したと伝えられる。天正(1573~1591)年中、横手城主の小野寺遠江守が疱瘡に罹った際、祈願した結果平癒したことから、社領が寄進されたという伝説も残されている」と紹介されている。

神楽奉納

社務所ということもあり、お守りやお札を授けるスペースがありました。


「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」では「現在まで、腹痛を直す神様として県南地域一帯に講中が組織され、祭日には地元の横手市や平鹿郡はもちろん、大曲市や仙北、雄勝郡からの参詣者が集まる。(中略)現在の講中は大半が70歳代で、ほとんどが父親あるいは祖父の代からの講中という。平成7年の最も遠い地域からの参拝は仙北郡田沢湖町で、生保内、神代には講中組織が存在しており、講を代表して毎年1ないし2名が参拝することとなっている」と記されている。
2020年現在においても、講中のネットワークが変わらず存続しているのかよく分からなかったが、少なくとも地元山内筏では講という形が続いているように思う。

刀舞に移ってます。


前方から差す明かりで逆光となり、被写体が黒くぼやけて映ってしまった😥😥
社務所の裏には祠が鎮座している。かつて神社本殿内で行われていたお祭りが社務所へと場所を変えたのに合わせて、祠が建てられたのだろう。
因みに、本殿でのお祭りが取りやめられたのは、神社へと続く350段の石段をあがるのが、年配の方々中心の参詣者にとって難しくなったかららしい。

厳かな雰囲気の中、舞が続けられる。


のんびりとした山村のお祭りには似つかわしくないほどの厳粛な神楽
神への捧げものである舞の中でも、刀舞は刀に宿る力を解き放つ神聖な舞で、非常に重要なのだそうだ。
現地で教えていただいたところによると、神楽の皆さんは、国指定重要無形民俗文化財にも指定されている、横手市大森に伝わる保呂羽山の霜月神楽でも神楽を披露しているとのこと。霜月神楽は、今年はコロナの影響で関係者のみが参加して行われた。来年以降は通常開催できる世の中であってほしいと思う。

祠から御神酒が持ち出され、参詣者に授けられる。


これにて神事は終了
一般的なお祭りであれば、この後は直会に突入という流れになるが、「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」で「参詣者は朝8時前後から訪れるが、境内の一隅に同村の特産品であるイモノコ(里芋)を煮た『いものこ汁』を振舞うのがしきたりで、これを食べながら長床で時間を過ごす」と書かれている通り、このお祭りがユニークなのはひとえに必ずいものこ汁が振舞われる点だ。
直会は「神饌としてお供えしたものを神職と参加者でいただく」という意味なのに対し、ここで出されるいものこ汁は神饌ではないだろうから、直会とは呼ばれないのでは、と推測しております。

テーブルを広げて支度にかかります。


9月に訪問した、鹿角市尾去沢の「大森親山獅子大権現舞」ではコロナのため、直会が中止になってしまったし、今日のいものこ汁も中止かなあ、と薄っすら心配だったが、例年通りのようでまずはよかった😀
このお祭りの象徴と言える、いものこ汁が出ないとやはり雰囲気が出ないワケです。テーブルに段ボール製パーテーションを置いて、これでコロナ対策は万全(のはず)❗

いものこ汁が運ばれてきた、👏パチパチ👏


いものこ汁がこの祭りの名物なのは知っていたが、どんなものなのかは知らなかった。
一言でいうとめっちゃシンプル!いものことセリだけが入る、隣県山形の芋煮のような豪華さの対局にあるような椀だ。
いものこ汁を作った地元の女性に教えてもらったところでは、昔はいものこ・セリの他に、今では採取禁止になっているナントカという名前のキノコも入れていたそうだ。
なお、いものこ汁を振舞う風習は昭和の時代に入ってからのことらしい。

いただきま~す


コロナのせいもあるのだろうか。わいわいがやがや‥ということはないが、皆がいものこ汁を楽しんでいる様子が伝わってくる。
年配女性たちは、にぎり飯にガッコを持参。賑やかな食卓、といったかんじだ。
宮司さんの説明によると、このお祭りで使ういものこは地元在住の男性が作ったもので、秋田県民にはお馴染みの「種苗交換会」審査で3年連続で入賞経験のある逸品なのだそうだ。(なお、2020年の種苗交換会は、翌日10月30日から地元横手市で開催されました)

管理人もいただいてしまいました。ありがとうございます😄

美味い❗文句なし❗小さい頃から慣れ親しんでいるいものこ汁だが、これまで食べた中でいちばん美味いいものこ汁に確定!(まあ、なべっこ遠足に行っても、ろくに食べずに駆けずり回っていた方のクチでしたけど、、、)
管理人的にはいものこ汁というと「いものこ・油揚げ・なめこ」の3点セットの味噌仕立てっていうのが、いつからか定番になってるが(山形の芋煮のように庄内風【味噌味/豚肉や厚揚げが入る】、山形風【醤油味/牛肉が入る】のような明確な区別がされていない本県ではいものこ汁の定義・嗜好は十人十色だと思います)、その薄っぺらい食歴を軽く凌駕するぐらいの美味しさだ。また、セリの独特の風味がきちんとアクセントを添えていて、極上の仕上がりとなっている。この味を知らずに死ねるものか!

厨房の大鍋を見せていただいた。


全く予想外だったが、煮干し出汁だった。
何でもこの地域では、昔から肉を出汁に使うことはせずに必ず煮干しを用いていたそうだ。
いものこ汁を作ったご婦人が「山内は昔から水が良い場所だがらよ。普通の料理も美味いのよ」と教えてくれた。そうか、そんな秘訣があったのか。
秋~冬にかけての山内では、いものこの他にもブドウやいぶりがっこなどの特産が続々生産される(国道108号線沿いに軒を連ねる果樹販売所目当ての車列がずらっと並ぶ光景は、何故か管理人の古い記憶に残っています)。そんな恵み豊かな地域のユニークなお祭りグルメ、本当に素晴らしいと思う。

参加者はいものこ汁を平らげるとともに、三々五々帰路に着く。管理人も社務所をあとにする。


この日は雨が降ったりやんだりのはっきりしない天気だったが、それほど寒くはなく、まあまあの秋祭り日和だったと言えよう。
県内では冬祭り・夏祭りは多いものの、春のお祭りと秋のお祭りが少ないと常々思っていた。
秋に関して言えば農作物の収穫時と重なってしまううえ、準備に手間がかかるし、調整とか大変だし‥という理由で秋祭りがこれまで行われてこなかったと思うのだが、今日いただいたいものこ汁と紅葉が進んだ周囲の景色が、十分すぎるほどの秋のお祭りの風情を醸し出してくれていた。

筏隊山神社にも行ってみましょう。


350段と言ったらそれなりに大変な段数ではあるが、エラいしんどいというほどではない。が、何故かメチャメチャきつい!石段は文政12年(1830年)にお隣南郷地区から掘り出された南郷石で造られたそうだが、段の一つ一つがいびつな形で、段差や傾斜がまちまちなのが辛い原因のようだ。また、この日の石段は時折降る雨で濡れていて、滑らないように気を付けねばならない。
思いがけず汗だくになってしまった😅

本殿に到着、ハアハア(*´Д`)


ひっそりとした境内に静かに建つ社殿
今日が例祭の日とは思えない静寂に包まれているが、少し前までは社務所で見たような和やかな光景がここで展開されていた訳だ。
「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」では「ご祈祷が終わると山を降りるが、かつては、下山の途中で下居明神の傍らや参道両側の杉の幹から皮を剝ぎ取って持ち帰るのが習わしで、これを乾燥させて保存し、腹痛の時に煎じて飲む。代表が代参する講中では全員に配れるように剥ぎ取って持ち帰るが、現在では風習として杉皮を剥ぎ取るだけで、実際に煎じて飲むということはないという」と紹介されている。
決して大がかりではないが、講中の人たちが心を寄せていたささやかなお祭りの姿が思い浮かぶようだ。

石段を下ります。そろそろ帰ろう。

「秋田県の祭り・行事 -秋田県祭り・行事調査報告書」で「この神社の下に小さな池がある。この池は『おぎゃしず』(御清水の転訛だろうと●●家では伝えている ※管理人注:●●家には実名が入ってますので伏字にしました)と呼ばれていた。ここに小さな魚が棲んでいて、これを生きたまま食べると腹痛が治ると信じられていて、参拝の帰途に杉の皮とともに持ち帰った人もあったという」と紹介されている池。鳥居付近の案内板では「筏隊山神社の池に清楚に咲くハスは『中尊寺ハス』である。このハスの種子は昭和25年に行われた中尊寺学術調査の際、奥州藤原氏第四代・泰衡の首桶から出てきたもので、研究者の培養により長年の眠りから覚め、開花した」とも説明されている。
秋の紅葉に包まれた周囲の景色と、静謐な池の様子が調和してとても心地よい雰囲気だ。(もっともこの直後に天気が急変し、土砂降りの雨が降ってしまいましたが)

山内の実り多き秋を象徴するような楽しい祭りだった。
宮司さんの仰る通りの小さな祭りだったが、山内筏の皆さんが楽しみにしていた様子が伝わってきたし、今年のいものこの出来栄えやいものこ汁の美味しさについて語らう場にもなっていた。
筏隊山神社の歴史、神楽の厳粛さといった古風な要素に、皆を笑顔にするいものこ汁の美味しさが合わさった、複合的な魅力を持ったお祭りと言えるだろう。
これからも参詣者に美味しいいものこ汁を提供し続ける、ユニークなお祭りとして末永く続いてほしいと思う。


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