2022年3月21日
コロナ第6波が収束の気配を見せない2022年春。2021年5月に秋田市勝平神社地口絵燈籠祭りを鑑賞して以来、10ヵ月ぶりに行事に出かけた。
万灯火 - 今回で6回目の訪問となる。この行事は上小阿仁村と北秋田市合川町の2個所で行われていて、これまで代わる代わる見てきたが、今年は合川町のほうを鑑賞。管理人にとって馴染みの行事ではあるものの、10ヵ月のブランクが少し気になるし、何よりコロナのこともあり、地元の方たちとの接触はなるべく回避することを心がけつつ、現地合川町へと向かう。
15時30分に自宅を出発、17時に合川町に到着
天気は晴れ。冬の寒さの名残はあるものの、たいして気にならない。そして、ここ数年は雪がほとんど残っていない中で行われるのがお決まりだったが、今年は残雪がかなり多い。あとで地元の方から伺ったところによると、この時期これぐらいの量の雪が残っているのは本当に久しぶりなのだそうだ。(コロナなんで地元の方との接触を控えるみたいなこと書きましたが、結局それなりにお喋りしてしまった。猛省せねば😰)
合川町では鎌沢、三木田、麻当といった集落の万灯火をこれまで見てきたが、今回はより北側の集落を見物しようと計画。まずは地元の方に西根田【にしこんだ】会場への行き方を教えてもらい、早速向かった。
すでに万灯火がスタンバイ済み。あらためて万灯火について紹介すると「祖先の霊を供養するために、墓の前でワラを燃やしたのが始まりといわれています。日が暮れると集落近くの田の中や川の堤防、小高い場所などに設けた仕掛けに火をつけます」(「秋田の祭り・行事」より)とのことで、集落によって会場はまちまちだが、ここ西根田は道路(男性からは「広域農道」と教えていただいた)沿いに立てるスタイルのようだ。このあと芹沢【せりさわ】へ行って下見を行い、さらに東根田【ひがしこんだ】会場も探したが、そちらのほうは分からなかった。もしかしてやらないのか?東根田😥
東根田会場を探し当てられないまま、開始時間(と管理人が思い込んでいた)18時30分近くになったため、初めに下見した西根田へと向かう。
集落の方々がぼちぼち集まり始めていたのでお話を伺ったところ、西根田は19時の開始ということが判明。開始まで30分時間が空いたため、東根田に再び行ってみることに決定。西根田のある方から「東根田?やってないってことはねえよ。いっつも川の土手んトコでやってんだよ」と伺う。そうなのか、分かりました😀
小阿仁川沿いへと向かうと先ほど探したはずの場所にもうもうと火が立ち上っている。これが東根田の万灯火か!
ん?青春・・・?しかも💛?
いきなり万灯火界の異端児に出会ってしまった。上小阿仁村史 通史編(上小阿仁村と合川町は行事の様相はほぼ同じです)には、万灯火で作られる文字に関して「『彼岸』『ヒガン』『中日』『マトビ』とか、文字の他に部落名や年号を入れたものもあった」とあるし、「青春💛」なんてのは当然紹介されていない。普通の万灯火に比べてダンポの間隔がかなり狭く配置されていて、もうもうと煙が上がっている。これまで6回にわたり万灯火を見てきて、いっちょまえに万灯火マスターになれたぐらいに自惚れていた管理人の鼻をへし折る意外性!奥が深い、、、あとでtwitterを見たところ、おそらく東根田の関係者の方がツイートされていて、青春💛の画像とともに#来年は何にしようかとハッシュタグがつけてあったので、来年は別の文字になるんでしょう。
気を取り直して(?)芹沢へ向かいます。
集落の消防小屋近くに車を止めて、近くに寄ってみる。5~6人の人たちが見物中。点火を終えた集落の人たちがすでに会場をあとにしようとしていた。おそらくここ数年の少雪の状況であればダンポ(万灯火をかたち作る炎)が地面に落下すると火災のリスクがあるため見張りを付けるのだろうが、今年は先に書いた通り雪が多く残っているのでその必要はなし、ということだと思う。
壮観です!
これまで県道24号線を走りながら、わき見をする程度だった芹沢の万灯火を初めて間近で見た(2017年に動画を撮影したことはありますが、遠目からの撮影でした)。片仮名で「セリサワ」と描かれたダンポの炎がメラメラと燃え盛っている。日没前に下見した際に地元の方から教えていただいたところによると、以前は漢字書きの「芹沢」や「中日」など3つぐらいの文字を並べていたが、年々スケールが小さくなっているそうだ。少し寂しい気もするが、「セリサワ」に山(▲形の万灯火)を冠して、さらに山の両横にたくさんのダンポを並べるゴージャスさは目を見張るものがある。なお、山の両脇に並べられたダンポの数は芹沢の世帯数と同じ数らしい。
今回初めて近くで見たので分かったのだが、「セリサワ」と▲は前後に距離を空けて配置されており、県道から眺めるとうまい具合にセリサワの上に山が被っているように見える仕組みになっていた。
祖先が迷うことなく各家々に舞い戻るための目印としたのが万灯火の起源とされているが、一方で集落の人たちにその美しさを楽しんでもらうという目的もある。行事の主旨を踏まえると、イルミネーションを売りにしたテーマパーク的エンタメとは明らかに一線を画すものの、そういった要素を内包しているのは明らかだし、事実集落の人たちが万灯火を見に集まってきているわけで、伝統と現代的なモダンさが違和感なく同居しているとも言えるだろう。
独特のフォルムのダンポの炎
ボロ布や古い軍手を幾重にも丸めて針金で縛り、灯油を染み込ませたダンポ。風が吹くと少々形が乱れてしまうものの、美しい曲線を描きながら燃え続ける。
また、ダンポは行事のみならず、万灯火が行われる集落(地元で「下小阿仁」と呼ばれる地域。1955年に廃止されるまで下小阿仁村が形成されていた)においては、彼岸になると墓前でも灯される。かつては火をつけた松明を使用していたとこれまでの記事の中で度々紹介させてもらったが、下小阿仁に含まれない合川駅北側では墓前で松明に火をつけていた集落もあった。ダンポは用いないものの、墓前で火を焚くのはこの地域一帯の共通した風習なのだろうか?
風に揺れるダンポの炎
芹沢の万灯火をじっくりと見させてもらった。
これまで県道沿いを車で走りながら「おお、きれいだな」と横目で見る程度だった芹沢だったが、あらためて近くで見ると派手さはないものの広い田んぼの中にポツンと万灯火が立っている様は印象的で、本当に美しかった。
19時を過ぎて、西根田へ三たび移動
万灯火の明かりに照らされて、道路沿いの木々がぼんやりと暗がりに浮かび上がる。
下見の際に数えたところ、ダンポの杭の数は110本(さらに言うと、1本に2個のダンポがつけられて杭もあり、ダンポは合計140個製作されたそうだ)、全長200m以上に渡って立てられていた。いわば道路に沿って明かりが点々と居並んでいる、シンプルこの上ない風景だが、神秘的で思わず引き込まれそうになるほどに美しい。地元の人たちに、秋田市から見に来たことを伝えると「なんでわざわざ?上小阿仁村のほうがいいべ~」と皆一様に謙遜していたが、なかなかどうして。西根田の万灯火も雰囲気満点で素晴らしいです😄
地元の男性から教えていただいたところでは、現在ダンポは地元の老人クラブの方たちが手作りされているそうだ。以前は各家々で2個ずつ作っていたそうだが、時代の移り変わりを感じざるを得ない。また、万灯火自体も昔は尾根つたいにおびただしい数を飾ったうえ、車万灯火も回されていたとのこと。ただでさえ参加者減の状況が続いていたうえにコロナが追い打ちをかけたようになってしまっていて、実情を説明してくれた男性はさすがに寂しそうだった。
西根田の皆さん
人口減少やコロナなど様々な要因で、規模が徐々に小さくなっているように見えるものの、実は合川町内では「新田目」集落があらたに万灯火を始めている(多くの集落は彼岸の中日に行事を行っているが、新田目は彼岸明けに開催)。観光的要素を含みつつも、先祖供養という欠かすことのできない年中行事である万灯火は決して消え去ることはないだろうし、新田目のような新規参入の集落が出てくるほどに、この地域一帯の人たちにとっては重要な位置を占める行事なのだろう。
ダンポの炎が揺らめく。
15分ほど鑑賞したのち、西根田をあとにした。
芹沢同様、これまで気にはしていたものの近くで見ることがなかったので感慨もひとしおだ。県道24号から眺めると芹沢と西根田が重なって見えて、荘厳なまでの煌びやかさを放っているが、西根田単体で見ても十分に目を引く美しさを持っている。特に今年はダンポの灯りが残雪に反射し、幻想的な雰囲気を醸し出していた(雪のない年はさすがにこうはならないだろう)。そんな意味でも十分に楽しませてもらいました。大満足です😀
合川町を出発、上小阿仁村へ移動して道の駅かみこあに近くの小沢田へ到着。万灯火鑑賞の締めにここに立ち寄るのが習慣になってしまっている。
もう炎が消えそうになっているが、それでも万灯火が川面に映る景色は風情に溢れていて綺麗だ。
例年ならば万灯火に合わせて出店やら、和太鼓演奏やらイベントが数多く開催されてたくさんの集客があるが、昨年同様にそれらは中止となったため、客はほとんどいないし、あたりはシーンと静まり返っている。それでも、これまで見たことのない合川町内の万灯火を見れた満足感に浸りながら帰路に着いた。
例年同様、万灯火の美しさを堪能させてもらった。
新田目集落が新しく行事を始めたことからも分かるように、決して規模が小さくなっていくだけの行事ではないし、まだまだ発展していく可能性は大いにあると思う。コロナ禍収束と同時に、新しい姿を見せてくれることに期待したい。