長太郎稲荷神社の初午梵天

2017年2月5日
1月2月とたくさんの行事を回って歩いた。
我ながら「あちこち回ったなあ」と思うが、この先の2月の小正月行事大ラッシュを数々回ってこれで冬の行事を大体押さえたな‥などと言うのは、秋田の行事の何たるかを知らないおバカさんの戯言である。
冬の秋田を代表するあの行事が全く登場していない。
そう。それは「梵天行事」!!

どんな行事かを一言で言うならば「昔の町火消が使った纏(まとい)に似た梵天(ぼんでん)という旗印を、たくさんの男たちが『ジョヤサ!』の掛け声とともに神社に荒々しく奉納する」とでもなろうか。
秋田では非常にポピュラーな行事で、何でも90件ほどの開催事例が確認されているらしい。
だが、稲 雄次さんもその著書「カマクラとボンデン」に、最もポピュラーであることによって深く考察されず、逆にその本質が隠されているとしてカマクラとボンデンを挙げている(管理人も同意である。カマクラ行事についてもおいおい取り上げていきたい)ように、その遍在ぶりが災いして不当に低く見られている気がする。
秋田の小さな祭りを取り上げる当ブログがそんな行事をスルーする訳にはいかないし、前々から興味があったので行ってみることにした。

そこで選んだのが今回の記事である長太郎稲荷神社で行われる梵天行事
場所は横手市旧大雄村
秋田の祭り・行事」を読むと「昭和55年に復活した」と書かれているが、何人ぐらいでどれぐらいの規模で行われているのか?これまで登場した多くの行事のように年配者が中心となっているのか?など基本的な部分がよく分からない。
何はともあれ開催日である2月5日に旧大雄村に向かうことに決めた。

当日9時半過ぎに秋田市内の自宅を出発
お馴染みの出羽グリーンロードをひたすら南下して旧大森町から旧大雄村に入り、梵天開始時間である11時前に長太郎稲荷神社へ到着する。
雪道のせいで到着までもっと時間を要するかも?と考えていたのだが、ほとんど雪のない出羽グリーンロードの運転は快適そのものだった。
神社周辺を撮ったこの写真も、一見雪が大量に積もっているように見えるが例年に比べるとどうやらそれほどでもないようだ。
045

045

鳥居をくぐり神社を目指すとあっさり到着、本堂は思っていた以上に小さい。
神社の規模感から言えば以前一日市裸参りの際に調べた、中嶋稲荷神社や押切愛宕神社といった小社殿の神社と大差ない。
045

社殿の扉が開け放たれている。
もちろんこれから行われる押し合いに備えてのことだ。
045

神社は小さいが、予想していた以上に人が集まっている。
おそらく周辺地区の人たちばかりだと思うが、梵天奉納する人たちを合わせると120~140人ぐらいはいようか。
045

11時前から周辺では「ジョヤサー!」の掛け声が響いている。
おそらく神社のある中島地区を巡っているのだろう。
そして神社周辺に梵天と男衆が集まり始める。
045

梵天は長太郎稲荷神社付近の4つの地区(中島、宮丁、西丁、乗阿気)から出される。
後日秋田魁新報を読んで知ったのだが、乗阿気(のりあげ)地区の梵天はなんと25年ぶりの参加らしい。
子供たちに地域の行事を継承していこうと、30代の父親たちが梵天制作を一から学んで作り上げたとのこと
その心意気と行動力に拍手を贈らずにはいられない。

中島
045

宮丁
045

西丁
045

乗阿気
045

こちらは恵比寿俵
045

神社の周辺に男たちが集まってくる。
いよいよ始まるか‥というかんじで胸が高鳴る。
045

045

そして行事が始まる。幕開けは梵天唄から

梵天行事にはつきもののシーンである。
梵天唄の節に合わせて男たちが「ジョヤサ!」と声を合わせて制札(せいさつ)を打ち合う(秋田の三吉神社の梵天においては制札は「村札(むらふだ)」と呼ばれているようだ)。
その熱気をさらに煽るかのように法螺貝が鳴り響く。
管理人は梵天行事に馴染みがなく、今日の鑑賞が秋田市太平山三吉神社の梵天に続いて2回目でしかないが、この風景は冬の秋田を象徴する場面だと思っている。
秋田県人の遺伝子の中に梵天の記憶が刻み込まれているのだろうか。

梵天唄は通常「荷方節(にかたぶし)」が唄われる。

法被の色でどの地区の男衆かを見分けられる。
藍色‥中島、アズキ色‥宮丁、格子模様、青色‥西丁、赤色‥乗阿気、となる。

そして梵天の奉納が始まる。
045

鳥居をくぐれば社殿目掛けて勢いをつけ一気に奉納するのが特徴である。
掛け声、法螺貝の音色、男衆の熱気が一体となり、エネルギーが渦巻く。
そして中にいる男衆との押し合いが行われる。
太平山三吉神社の奉納は「喧嘩梵天」と呼ばれるように、この場面でほとんど喧嘩まがいの押し合いが始まる。
ここ長太郎稲荷神社は階段が狭く社殿も小さいため、威勢はいいものの比較的スムーズに奉納が行われる。

梵天の材質について「カマクラとボンデン」には実に34にもおよぶ種類があると書かれている。
現在主流となっているのは「サラサ梵天」と呼ばれる布製の梵天だが、中には「わかめ梵天」、「魚梵天」、「油揚げ梵天」、「椀こ梵天」といったちょっと材質と呼べるか微妙なものも混じっている。
大仙市大曲花館の「川を渡る梵天」ならぬ「食べられる梵天」といったところだろうか。

奉納は続く。
梵天を男性自身、社殿を女性自身とみなして奉納を男女の交わりの暗喩、と捉える向きもあるが、それはちょっと飛躍のしすぎだろう。
それでも、性的興奮とは異なる、男たちの眠れる本能を呼び覚ます行事であることは間違いないと思う。
征服欲、達成欲、到達欲といった男たちの欲求を満たす要素があるのではないだろうか。

続いて行われるのは恵比寿俵奉納
恵比寿俵のことはご存知だろうか?
恥ずかしながら管理人はついこの間知りました。
いわば「中に餅やみかん、お菓子などが詰められた米俵」とでもなろうか。
こちらも梵天同様にいったんは社殿に奉納されるが、その後に中に詰められた食べ物を見物人たちにばら撒くのが習わしである。

そして恵比寿俵奉納

梵天が一基ずつ奉納されたのに対し、恵比寿俵については4地区分がいっぺんに奉納されるため、社殿で激しい押し合い叩き合いが繰り広げられる。
梵天のほうはその大きさゆえ、あまり派手に立ち回れないという制約があったのに対し、恵比寿俵のほうは手頃なサイズが幸いして思いっきり押し合いができる。
男衆のボルテージが一段とアップする!

もともと長太郎稲荷神社の奉納は恵比寿俵がメインだった。
それが一度廃れて昭和55年に復活した折に、梵天が新しく登場して奉納されるようになったらしい。
やはりクライマックスは恵比寿俵奉納、ということでこのヒートアップぶりとなった。

また、「初午梵天」の「初午」とは旧暦2月の最初の午の日の意味であり、元々の開催日でもあったのだが、現在は2月の第一日曜日開催ということになっている。

社殿の右横には出口があり、そこから男衆がはける訳だが、恵比寿俵奉納の場合にはご覧のとおりの状態となる。

転がりながら退出する男たちと法螺貝の音色、さらに近くにいたご婦人の「あややややや‥」、「さささささ‥」が重なり、局地的に一大カオス状態となるのだった。

恵比寿俵奉納は実に3度にわたり繰り返される。
最終の突撃、いや奉納になると持てるパワーを出し尽くすかの如く、男衆が熱く燃え上がる。

度重なる押し合いに、さすがに疲労の色は隠せない。
それでも男衆は見事に奉納を済ませることができた。
ご苦労様でした!

その後梵天コンクールの結果発表
1位は地元中島、2位は乗阿気、3位は宮丁、4位は西丁となった。
乗阿気地区は4半世紀ぶりの復活を、2位という好成績で飾ることができた。
045

続いて恵比寿俵の餅、みかん、お菓子などが振舞われる。
待ってました!とばかりにビニール袋を片手にした観客たちが密集し出す。
045

やはり餅まきは盛り上がる。
老若男女の分け隔てなく、皆が同じように本気になりそして笑顔になれる時間だ。
また、この日撒かれた餅はかなり硬いらしく、頭に餅の直撃を受けて「痛えーっ!」と呻く声がたまに聞こえるのだった。
そういったハプニングも含めて境内は楽しげな雰囲気で溢れる。

結構大量の餅、みかん、お菓子が撒かれる。
餅まきと言えばたいていは祭りの終わりにおまけ程度に撒かれるのが通例だが、こちらの餅まきは結構長い時間続けられる。
奉納行事と同様に場内のボルテージが上がる、というのは少し大げさだとしてもみんな一生懸命に餅を集めまくる。
045

餅は雪山の上と、社殿脇の木の上の2箇所から撒かれる。
木に登って餅を撒くとはまるで花咲か爺さんみたく思われるかもしれないが、こちらで撒いているのはモデル顔のイケメンである。

空になった恵比寿俵は社殿脇ですぐに燃やされる。
045

餅まきも終わり、これで1時間にわたって繰り広げられた奉納行事も終了
男衆は撤収を始め、見物人も三々五々帰っていく。
045

045

行事の後の社殿
045

梵天行事を初めてしっかりと鑑賞した。
冒頭に書いたように秋田県民にとっては身近すぎる故その存在をつい忘れがちになる行事だが、梵天作りに創意工夫を凝らし、奉納に全力を注いで、梵天唄に魂を込める地元の人たちに支えられている行事であることは知っておくべきだろう。
また、男衆の活気みなぎる姿、高らかに鳴り響く法螺貝の音、そして雄々しく冬の空にそびえ立つ梵天を鑑賞する価値は十分にあると思う。
根子番楽の記事で「番楽を知らずして秋田の芸能を語るなかれ」というようなことを書いたが、それになぞらえると「梵天を知らずして秋田の行事を語るなかれ」とでもなろうか。
この日訪問した長太郎稲荷神社は大きな神社ではなく、この行事も決してメジャーではない。
それでも乗阿気地区の四半世紀ぶり参加のニュースからも分かるように、中島地区周辺の人たちにとっては真冬の厳しい寒さに彩りを添える大切な行事なのだ。
これからも「ジョヤサ!」の掛け声を冬の大雄に響かせて欲しいと思う。


“長太郎稲荷神社の初午梵天” への2件の返信

  1. 『ジョヤサー』の掛け声の語源は何なんでしょうね?その他にも『ワッショイ』これも普段は違和感無く使っていますが、、、興味が有ります。
    いつも楽しい記事、ありがとうございます

    1. 隣人1号さん
      いつもありがとうございます!
      「ジョヤサ!」の語源ですが、はっきりとは分からないようです。
      「除夜の鐘」の「除夜」から来ているとか、「ジョイヤサ!」が本来の言い方であり、本当は宗教的な言葉だ、などと聞いた気がします。
      2月は祭り・行事がたくさんありすぎて、まだ記事化できていないものが6件ほどあります。
      順次アップ予定ですので気長に記事お待ちくださいませ~m(_ _)m

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です