水沢神明社の梵天

2019年4月29日
秋田を代表する伝統行事「梵天」
冬の代名詞のような行事であり、実際県央~県南各地で行われる梵天は圧倒的に冬期間に集中しているが、春~夏にかけて行われるところもある。
かくいう管理人も1度ぐらい冬以外の季節の梵天を見たいと思っているものの、梵天以外の行事につい目が行ってしまい、これまで鑑賞機会に恵まれることはなかった。
そんな管理人が桜咲くこの時期に、梵天を見ることになったのは本当に偶然からだった。

ゴールデンウィーク序盤の4月29日
この日は私用のため、仙北市角館方面へ向かっていた。
折しも全国からの花見客が角館の桜を愛でようと、県内に大集結している時期でもあり、角館に向かう国道46号線はかなりの交通量だ。
管理人もそんな状態のなか、車を走らせていたところ、道端に何やら人工的な原色が施された何かがちらちら動くのが見えた。
「あれは!?」車を進めて近くで見ると紛れもなく梵天ではないか!
こんなところで梵天にお目にかかるとは全く想定しておらず、「えっ?えっ?」とか思いつつも一旦は素通りしてしまったが、私用と言っても急ぐ用事ではないので自由に時間を使える。これは見ない訳にいかない!
ということで梵天一行を追い越した先に車を停めて、いそいそと徒歩で駆けつけると、途中に小さいながらも神社があり、祭りの幟が立てられている。
そうか、今日はこの神社のお祭りで梵天が行われているのか、と理解。何神社かも分からないがとりあえず行ってみる。


どうやら「水沢神明社」という神社らしい。道路沿いに数台の車が停まっていたが、今は誰もいないようだ。
澄み渡った4月の空を背景に幟がはためく様がささやかながら祭り気分を盛り上げてくれる。

本殿


すぐ脇を走る国道46号線が花見客の車で混雑しているのが嘘のように静かな空間にたどり着いた。
秋田神社庁のHPを見ると、あの四八(よんぱち)豪雪の影響で昭和49年に本殿が倒壊し、昭和50年に再建されたそうだが、それほど古い神社には見えない。
春の花咲く時期の本殿がとても印象的だ。

この先で行われている梵天を見るのが目的なので、神社には数分いたのちに移動を再開。
途中の民家の庭に咲いていた桜。最高に綺麗

さらに歩くと向こうから梵天一行がやってきました。

「通りすがりの者ですがちょっと梵天見せてもらっていいですか?」と声をかけると快諾いただいた。
ブログへの記事掲載もOKをいただき、急遽同行させてもらうことになった。ありがとうございますm(_ _)m

今は集落内を巡回し、梵天を上げているところ。早速一軒のお宅の前で梵天上げが始まる。


遅ればせながら梵天一行の皆さんと、こちらのお宅のご主人に行事の概要を教えていただいた。
先ず、今管理人がいるのは大仙市協和稲沢水沢という、60世帯ほどで構成される集落ということ
また、水沢を含む稲沢、落合の3集落を総称して「稲沢」と呼ぶこと、かつて稲沢の梵天は4月27日、落合の梵天は4月21日に行われていたが、今は行われていないこと
今管理人が見ている水沢の梵天は午前中に神明社を発って、下(秋田市方向)から上(角館方向)へと向かっていること、etc

「ジョヤサ!」の掛け声とともにホイッスルが吹かれ、梵天につけられている鈴の音がシャンシャンと鳴る。
梵天の動きと呼吸を合わせるかのように、同行する恵比寿俵も上げ下げを繰り返す。
素朴な賑やかさの漂う素敵な光景だ。

管理人も持たせてもらった。

やはり重たい!重たいというか持ちあげられない。4~50kgぐらいはありそうだ。
ついでに梵天の中も見せていただく。
外張りとなる骨格部分には近くの山から刈ってきたヨシが使われていて、毎年取り替えられるそうだ。
外から見ていたのでは分からないが、結構手間のかかる作業を経て、今日のお目見えとなっている訳だ。

次のお宅へ移動


花見ピークの時期だけにさすがに車が多い。
角館町内まで15kmぐらいの距離だが、6年前に角館バイパスが開通する前はこのあたりまで花見渋滞が続いていたそうだ。

次のお宅です。


お婆ちゃんが梵天を出迎える。
梵天唄を歌ったあとに数人で代わる代わる梵天を上げる。
これまで見てきた梵天行事では一軒に長く時間をかけることはなかったが、水沢の梵天は滞在時間が結構長い。
もちろん巡回する戸数の関係もあるのだろうが、家人といろいろお喋りしたり、飲食したりしてじっくり時間をかけて廻っている。
また、梵天行事ではお馴染みの村札/制札が見当たらない。
梵天一行の先頭が持ち、時には別の集落の梵天一行とバンバン!と打ち合うこともある手板だ。
考えてみれば、今日は集落単独の梵天なので「我らは水沢の梵天一行だ!」と他集落にアピールする必要もない訳で、これまでずっと村札/制札を持ったことはないそうだ。
稲 雄次さんの著書「カマクラとボンデン」によると、秋田市の木曽石梵天や横手市平鹿町荒処の沼入り梵天(結構有名ですな)などで、同じように村札/制札が使われないとのこと

道路を横切って次のお宅へ。交通量が多いので、ちゃんと左右を確認して渡る。

こちらのお宅でも威勢のいい梵天上げが展開された。


バランスを崩すとあっという間に倒れそうになってしまう。
先に書いたように重さは相当なもので、しかも重心がかなり上にあるため極めてバランスが悪い。
それでも横手あたりに多い頭飾(旭岡山神社の梵天が有名)がない分、まだマシなのかもしれない。
梵天の形はどの地域も同じようなものだが、微妙な差異があるのは明らかでその製法や形状を分類しても面白いかもしれない。
また、水沢の梵天はこれまで見た中ではもっとも「さがり(梵天の下に垂れ下がる布)」が短いものだった。

豪華な手料理が振舞われた。管理人もご馳走になりました。美味しかったです!


こちらのお宅にもかなり長い時間滞在、飲食をのんびりと楽しんだ。
これまで見た梵天行事ではお盆に乗せた御猪口を梵天一行に手渡して日本酒を振舞うシーンが圧倒的に多く、これほど手の込んだ料理が出てくるのはほとんど見たことがない。
おそらくは今日が(梵天祭りとは違う)神社のお祭りの日だということで、各家庭がご馳走を準備しているのだろうが、考えてみれば神社のお祭りだからと言って料理に腕をふるうなんてことは今の世の中多くないと思う。
そう考えてみると水沢の人たちの、神社(神様)に対する想いが伝わってくるようだ。

梵天には今日の日付が記されている。


背景には田起こし、代掻きをする前の田んぼが広がっている。
5月に入ると田んぼ仕事が本格的になるが、この時期に行われる梵天にはやはり五穀豊穣の願いが込められていると思う。
山の神はこの時期に田へ下りて田の神として米の生育を見守り、収穫が終わった12月に再び山へ帰るとされている。
そう考えると梵天が山の神を迎え入れる依代(よりしろ)であるようにも思えるが、どうなのだろうか。

再度道路を横切って次のお宅へ向かう。


リヤカーに取り付けられた刺股のような部分に梵天を置いて移動、こんな優れモノを見たのも初めてだ。
これまで見てきた梵天は比較的住宅の多い地域ばかりだったので特に移動の足には拘っていなかったのに対し、水沢では長い距離を歩く箇所もあるため、このような移動方法を採っているのだろう。
冷えた飲み物をキープするクーラーボックスまでついてます。

次のお宅


梵天唄もバリエーション豊かだ。
歌い手の方に教えていただいたところによると、「長持唄」「草刈」など全部で10曲以上のレパートリーがあり、家々で曲目を変えるそうだ。
雪景色に響き渡る凛とした梵天唄も良いが、春の長閑な景色を背景に唄われる梵天唄も実に味わい深い。

続いては押し合い


結婚・出産のお祝いや、厄払いなどを目的として梵天一行が押して、家の人たちが押し戻す。
土地によって梵天の作法が異なることは知っていたが、このように戸を外して玄関先で押し合いをする場面は初めて見た。
youtubeに上がっていたある動画の解説を読むと、これは「つっこみ」と呼ばれる作法なのだそうだ。

こちらのお宅でも家の前に卓を用意して、料理と酒で一行をもてなす。


管理人もいただきました。しし茸茶とナスのがっこ。
しし茸は全国的には「香茸」と呼ばれるキノコであり、松茸を凌ぐ幻のキノコと云われるほどで、たまに道の駅に出回ることもあるそうだ。
恐る恐る飲んでみたところ、苦味が強いもののほんのりキノコの薫りも感じられる独特の味だった。
そして二日酔いには抜群の効果があるらしい。

こちらのお宅にお住まいの梵天の先輩へ「上げてください」リクエストが。しょうがねえなあ、とばかりに先輩が梵天上げ披露


上の写真を見るとわかるが、梵天を上げる左手が完全に棒から離れている。
何でも梵天を上げるときには、支える方の手首にスナップを利かせ、錐もみ状に回転をつけるのが基本の動きなのだそうだ。
なので、添える方の腕に力を入れる必要はなく、かつ回転をつけずに突き上げるのに比べて少ない力で上がるらしい。
もちろん土台となる腕力は欠かせないが、それだけではない技術が必要なことを知ることができた。

次のお宅へ移動

上げてます。


県内における梵天行事といえば、秋田市の太平山三吉神社の喧嘩梵天、横手市の旭岡山神社の飾り梵天など特色を持つものも多いが、ここ水沢の梵天は春のうららかな陽気のなか、ささやかな村祭り行列のごとく家々を廻るのがとても印象的だ。
稲 雄次さんの「カマクラとボンデン」では、県内の広範な地域の梵天行事を紹介しているが、水沢神明社の梵天に関する記述はなかった。
すでに行われなくなったお隣 稲沢神明社の梵天について「4月27日に、家内安全、五穀豊穣、商売繁盛を願って町内を一巡した後に稲盛会が中心となってボンデンを奉納する」と簡単な説明がされているだけで、同著のような専門的な書に水沢の梵天が載っていないことに、あらためて秋田の伝統行事の多さ、奥深さを見た思いだ。

様々な飾り付けがされている恵比寿俵

県南における梵天行事には恵比寿俵が登場することが多いが、横手市大雄の長太郎稲荷神社の初午梵天などは梵天よりも恵比寿俵奉納が主だったりする訳で、恵比寿俵の扱いひとつ取っても地域差があることが分かる。
ここ水沢では、おかめの面や紙垂、枝木があしらわれていて、ささやかな賑やかさを際立たせている。

梵天上げが続く。

この後も家々を廻ったあと、午後~夕方にかけて水沢神明社へ奉納されるらしいが、何ぶん用事が控えているため、ここらで水沢をあとにした。
ただの野次馬に過ぎない管理人を、快く迎えてくれた水沢集落の皆さん、ホントにありがとうございましたm(_ _)m

帰りがけの道路傍に見つけた桜。青空によく映えます。

偶然に発見した行事を急遽フォローした訳だが、思いがけず素敵な光景を目にすることができて得をした気分だ。
冬以外の梵天行事という希少さを除いても、水沢の人々の梵天を継承しようとする熱意と、ほのぼのとした巡回の様子はとても好ましく、見た甲斐があったというものだ。
メディアに大きく取り上げられることはないし、限られたコミュニティのなかで続いていく行事ではあるものの、これからもこんな出会いを重ねていきたい、と思ってしまうような素敵な行事に巡り合えたことに感謝したい。


“水沢神明社の梵天” への4件の返信

  1.  土崎港祭り以来無調法してまして誠に申し訳ありません。いつも貴重な情報ありがとうございます。7月~9月まで各地の北海盆踊りしてまして、その中で小樽高島越後盆踊りに参加したとき、北前船との関係に益々興味を持ちました。北前船は雄物川上流まで影響しているようで、梵天もそうなのかなと思ってみたりしてます(秋田にいた頃は三吉神社の梵天しか知りませんでした)。小樽の盆踊りの動画は整理してyutubeとかにアップしたいと思っております。

    1. hosakaさん
      コメントありがとうございます!
      こちらこそご無沙汰しております。
      土崎港祭りの折には盛り上がりに水を差すようにお邪魔しちゃって申し訳ございませんでした(苦笑)
      北海道内各地で北海盆踊りが踊られたのですね、お疲れ様でした。
      北前船交易は各地の伝統芸能に影響を与えたようですし、盆踊りや謡以外にも遠方の文化・風俗が運ばれてきた可能性もあるように思います。
      ちなみに申しますと、梵天はもともと御幣のような形状だったものが次第に進化・巨大化を遂げて今の形になったようですよ。
      小樽の盆踊り、楽しそうですね。いつの日か動画サイトで拝見できる日を楽しみにしております!

  2. いつも楽しく拝読しています。
    私は梵天が大好きなので、今回の水沢の梵天の記事も興味深く読ませて頂きました。
    梵天の時期というと、冬と夏が多いと思っていましたが、春に行われるものもあるのですね。
    そして、「カマクラとボンデン」にも記述がないということで本当に希少なものを紹介頂いたと思います。
    稲沢・落合地区の梵天行事が行われなくなったということはとても悲しく、残念ではありますが、管理人様が今回ブログでご紹介下さったり、YouTubeに動画を上げて下さったことは非常に価値が高いものと思いますし、頭の下がる思いです。これからの記事も期待しています。

    1. uxorialさん
      コメントありがとうございます。
      合わせて励ましのお言葉までいただきまして、嬉しいかぎりです!
      稲 雄次さんが「カマクラとボンデン」で述べておられるように「最もポピュラーであることによって深く考察されていない」行事の最たるものが梵天だと、管理人も思っています。
      分布についてもまとまった資料などないようですし、県内でどれぐらいの規模で行われているか把握するのも難しいのでは?とも考えます。
      そんななか、今回のように行き当たりばったりではあるものの、ひっそりと行われる梵天行事のひとつを紹介できたことは、(小さな祭りを主に取り上げる当ブログの)管理人冥利に尽きる!の一言です。
      いずれuxorialさんの地元の金沢八幡宮梵天にもお邪魔したいと思っています。その節はよろしくお願いします!

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