松葉・相内の裸参り

2020年2月16日
今回の行事は仙北市西木町の「松葉・相内の裸参り」
何を隠そう、一週間前の2月9日に行事を見ようと現地に足を運んだところ、開催日を勘違いしていて、ものの見事に空振ってしまった因縁の行事だ。
あのときは西木町~湯沢市三関への移動を敢行、三関の大綱引きを鑑賞して、どうにか伝統行事鑑賞欲を鎮めたものの、当然ながら松葉・相内の裸参りは見られず仕舞いだったわけなので、今回はリベンジということで再び西木町を目指した。
さっきから「因縁」だの「リベンジ」だの、一人でイキっているわけだが、この裸参りにそこまで拘る理由は特にはない。

当日
一週間前に一度現地に行っているので、おおよその所要時間は見当がついている。9時過ぎに自宅を出発、10時半には会場となる桧木内地区公民館へと到着。
これまでの記事でたびたび今年の雪の少なさについて触れてきたが、一週間前には少し積もっていた雪がさらに融けてしまい、今日は道路にほぼ積雪なし!予定よりもかなり早く着いたのだった。これが桧木内地区公民館です。

中に入り「ごめんくださーい」と呼びかけると、関係者の方が出てきてくださった。「どうぞ中に入って休んでください」と談話室に通していただく😀裸参り参加者は現在別室で準備中とのこと

段ボールに入れられて用意されているのが「けんだい(腰蓑)」
「秋田の祭り・行事」では「1年間忌みのなかった家の男たちが参加し、裸にワラのケンダイを着け白足袋にワラジで、午前11時の花火を合図に桧木内川で身を清め、旭山神社まで駆け上がって参詣、ケンダイとワラジを奉納します」と紹介されている。
県内のいろいろな地区で裸参り行事が行われているが、腰蓑を装着して参詣するスタイルはとても珍しい。
「けんだい」の語源についてはよく分からないものの、管理人的には山形県遊佐町の来訪神行事「アマハゲ」が着用する蓑を「けんだん」と呼ぶことをすぐに思い出したし、その材質・形状が類似していることから、共通の語源を持つ可能性はかなり高いのでは?と考える。
また、「松葉・相内」というのは隣接する2つの集落のことであり、いわば2集落合同の裸参り行事と考えてよいとは思うが、集落外の方の参加も認められていて、あとに記すが、中には首都圏からの参加者もいらっしゃった。

談話室へ。お邪魔しますm(_ _)m

11時の行事開始まで、まだ時間があるので談話室で少しのんびり。
あとから管理人と同じように、行事鑑賞に来られた男性と会話を交わす。
何でも、横浜のご友人が裸参りに参加されるというので、わざわざ長野県から西木町まで来られたそうで、今回が3度目の鑑賞となるそうだ。
しかもここに来る前に横手市十文字町の梨木水かぶり(2月第3日曜日に行われる裸参り行事)を鑑賞された、とのこと。
ガチの伝統行事マニアきたー!とお話を伺おうとしたが、写真がお好きなだけで、特に伝統行事に興味がある訳ではないとのこと。そうでしたか😅
それでも、この行事のことをよく分かっていない管理人に、いろいろと詳しいことを教えてくださり、助けていただいた。ありがとうございました😃😃😃

管理人的には11時の裸参り一行の出発を見届けてから、途中一行が水垢離を行う桧木内川へ移動しようと思っていたが、長野の男性曰く、公民館 → 水垢離会場まで1kmほどあり、それでは間に合わないので、桧木内川へ先に行っておいた方がよいとのこと。おお、では行きましょう。ということでともに桧木内川へと向かう。
本来、裸参り一行が通過する道路は集落内の主要道路だが、ショートカットで桧木内川会場へと向かうルートを辿ったので、思いのほかあっさり到着できそう。また、例年であればかなりの積雪量のはずだが、ご覧の通り国道105号線はアスファルトが見えている。

国道から桧木内製材さんの敷地脇を通る小道を抜ける。

桧木内川沿いへ出ました。すでに雪上に道が作られているのと、10人ほどのギャラリーがいたのでここで水垢離をすることがすぐに分かった。

この裸参り行事の起源について、旧西木村が刊行した「西木村郷土史」では「この松葉の裸参りの起りは、明治10年5月、〇〇家(※管理人注:西木村郷土史には実在の屋号が書かれていますが、伏字にしてます)でミソ煮窯から火が漏れて折からの春の風にあおられ、松葉と相内沢川の住家非住家が全焼した。この年に再び松葉に火事をおこし、度重なる災難から集落を守るため、部落の有志が四国の金毘羅参りをし無火災を祈願し、金毘羅宮をかたどったお室とお札を受けて帰村し、早速集落の中央にある旭山に祠堂を建立して、これを祠った。この祠堂が金毘羅宮で、明治12年から毎年旧暦の1月10日に無火災祈願の裸参りが行われている」と紹介されている。
これまで見てきた裸参り行事のように修験との結びつきはなさそうで、金毘羅宮での火伏せ祈願が目的のようで、「秋田の祭り・行事」では行事名を「金毘羅裸参り」として紹介されている。
また、行事日はかつては旧暦1月10日だったが、現在は2月第3日曜日に統一されている。

おおっ一行が来ました❗❗今年は7名の男性が挑戦してます。頑張れ~\(>0<)/

先ほど公民館で見た、けんだいと草履を持参。雪中に敷かれた筵に置いて、これからいよいよ水垢離の開始です。ちなみにこの日の水温は3度、冷てえーー😵

そして入水。ひぃーーーーーーー、辛そう😵


冷たいというか、痛いんじゃないかってぐらいにきつそう。それでも参加者の皆さんは笑顔で談笑しながら水垢離を終えた。強い!!
これまで見てきた裸参り行事では桶に入れた水を被っていたのに対し、ここでは冬の桧木内川で沐浴。裸参り行事は総じて冬に行われるので、どこの行事も水垢離はつらいし心臓麻痺などのリスクが隣り合わせな危険度だが、ここ松葉・相内の水垢離はそのなかでも最恐じゃないかってぐらいに辛そうだ。
しかも、中には対岸のほうまでクロールで泳いでいる猛者もいるし😵😵😵もう十分に清められました!早く助けてあげて、いや違った、あがってくださーーーい!

川から上がった一行は、ここでけんだいと草履を装着する。

先に見た能代市二ツ井町の高岩神社裸参りと同様に、水垢離の場面がメインの扱いとなってしまっていて、肝心の参詣の様子が霞んでしまいがちになるものの、これからが本番。
この時期、西木町ではユニークな伝統行事がいくつか行われる。
有名なところでは「上桧木内の紙風船上げ」。毎年2月10日に上桧木内駅近くの特設会場で多くの巨大紙風船が上がる、賑やかだが幻想的なお祭りだ。管理人はかなり前に一度だけ鑑賞したことがある。
また、渋いところでは「中里のカンデッコあげ行事」。「秋田の祭り・行事」には「満月の夜、集落の南端の道祖神を祀る塞ノ神堂前の柱の大木の枝に、注連縄の両端にイタヤで作った鍬台(カンデッコ)とサワグルミで作った陽物を結びつけて投げ上げます」と記されており、塞ノ神行事系の奇祭として知られている。
この裸参りも、厳冬の桧木内川に裸一貫で飛び込む勇敢さが特徴の、注目すべき行事と言ってよいだろう。

一行はあっという間に桧木内川を離れて、ジョヤサ!と巡行を開始。ギャラリーも移動し、管理人も同様に移動。国道から見た桧木内川の様子

松葉集落内で一行を待つ。写真に映っている通りの向こう側が相内、手前側が松葉になる。

一行が来ました。


数は少ないながらも、外で裸参り一行を待っていた住民の方々が「頑張れ~」と声援を送る。
雪がないので走りやすそうにも見えるが、とにかく寒いし辛いに違いない。
それでも「ジョヤサ」の掛け声とともに、しっかりとした足取りで小走りに駆け抜けていく姿は本当にかっこいい。
なお、西木村郷土史民俗編には「途中の四ツ角にいる役方から『ねじり初穂』と『ロウソク』を受け取り、一気に旭山に駆け登り、金毘羅宮に無火災を祈願する」と書かれているが、ねじり初穂とロウソクがどのタイミングで渡されたのかは分からなかった。

一行が通過したのを見届けて、管理人も旭山神社へと向かう。
地元の方に「こっちのほうが近いぞ」と教えていただいた近道を使って小走りで向かったが、神社は↓の写真の丘のような場所を上った位置にあるという。うわ、ちょっときついかも(ーー;)

先行する裸参り一行が見えてきた。
ただ、結構な急坂なうえ足元が雪でつるつる滑ってしまい、なかなか追いつくことができない。

こちらが旭山神社本殿

旭山と書いて「あさひさん」と読むらしい。
西木村郷土史によると、現在の社殿は昭和16年に建立された、旧西木村の計8個所の元村社(村社:旧制度の社格の一。郷社(ごうしゃ)の下、無格社の上 ←デジタル大辞泉より)の中では最も新しい社殿のようだ。
そして、社殿は「本殿・幣殿・拝殿・其他」で構成されているそうで、其他とはおそらく金毘羅宮のことを指していると思われる。
なお、旧西木村の他の元村社は日月神社(小渕野)、八坂神社(堂村)、甲神社(門屋)、八幡神社(小山田)、加美減威神社(上荒井)、雷神社(西荒井)、上桧木内神社(上桧木内)の7個所となっている。

金毘羅宮は神社のさらに奥にある。

金毘羅宮に着きました。

すでに参拝は終了したようで、今はけんだいを御神木に巻き付けている最中だった。

全員で御神酒をいただく。

参詣が終わり、一行は公民館へと直行

これが金毘羅宮

見たことのない銘柄です🍶
調べたところ、下檜木内地区の酒店のみで取り扱っている、鈴木酒造店(「秀よし」で有名)の「檜舞台」というお酒のようだ。結構レアな一品です。

明治10年に2度に渡って集落を襲った大火災を経て、火伏行事として始まったこの裸参り。
現在のような防火設備がなかった時代に、同じ年に2度も火災事故があったのであれば、それはすなわち集落の存亡にかかわる大事だったはずだ。
集落を守りたいという切実な願いを叶えるために、遥か四国の金毘羅さんへ赴いてお札を受け取り、その後この地に金毘羅宮を建立したのは必然だったのだろう。
そのような松葉・相内の人たちの思いは、たしかに裸参り一行、関係者の方々へと受け継がれているような気がする。

旭山神社境内より集落を見下ろす。


2月中旬にもかかわらず、雪がまばらに積もるこの景色はまるで早春のようだ。
管理人が小さい頃、3月中旬を過ぎると少しづつ屋根の雪が解けはじめて、つららの先の雫が雪囲いのトタン板に落ちる「カン‥カン‥カン」の音が春の訪れを教えてくれた。
空は鉛色で、本当の春はまだまだ先なのだが「春遠からじ」の感が伝わってきて、密かに心躍らせていたものだ。
その頃を思い出させてくれるような景色だ。

皆、公民館に戻ります。

このあと、公民館2階の広間で待ちに待った直会の開始だ。
裸参り参加者は凍てつく寒さの中、頑張り続けただけあって、温かくて美味しいご飯が待ち遠しかったことだろう。本当にお疲れさまでしたm(_ _)m

一週間前に空振りしてしまった行事をようやく見ることができた。
裸参りの勇壮さもさることながら、厳寒の桧木内川での水垢離に見られるような過酷さと、その背景にある厄災(大火事)退散への切なる願いが特徴的な、ほのぼのとした裸参りだった。
紙風船上げ、カンデッコ上げと並ぶ西木町のユニークな伝統行事として、これからも寒い冬を盛り上げていってほしい。


“松葉・相内の裸参り” への2件の返信

  1. いつも楽しみに拝読しております。
    今回の松葉・相内の裸参りは比較的に歴史が浅く、祭りの縁起が明確である事が逆に興味深いと思いながら読ませて頂きました。
    日々の営みの中、災いから逃れたいと神仏へ発願しようとする、当時の人の思いが、時代が近いゆえに、より身近に感じられたところです。
    とはいえ、100年以上の歴史を誇れば、もはや伝統的な祭りともいえますね。

    華やかなお祭りは数々ありますが、様々な伝統的な祭りの根幹である「信仰」が最もストレートな形で表現されることに、こうした裸参りの厳かさを感じ、趣の良さを思うところです。

    こと、松葉・相内の裸参りでは、水温3度の川での水垢離ということで、どのような雰囲気かと思って動画を見ると、参加者のみなさんが意外に平気そうで驚愕しました。あの後の参詣ということで、さぞ、浄められた心身での祈願となるのでしょうね。

    長引くコロナ禍で秋のお祭りも軒並み中止、縮小傾向と聞いております。
    早期に収束し、こうした小さな伝統行事がまた連綿と続いて行くことを願うばかりです。

    1. アックスさん
      コメントありがとうございます!
      松葉・相内の裸参り。行く前は厳冬の厳しさに包まれた、鑑賞する側も緊張するような行事だと思っていましたが、全然そんなことはありませんでした。
      水垢離の様子も和気あいあいとしていて、観客から笑い声も出るようなリラックスした雰囲気でしたよ。
      とは言え、明治時代に起こった集落の一大危機(火災)が発端ということで、その背景にはこの地の人々の安寧に対する切なる思いがある訳で、その背景も含めてたくさんの人に知ってほしい行事です。
      仰る通り、今年の夏はコロナ禍でほとんどの伝統行事が中止という有様でした。
      管理人調べによると、盆踊りなどの風流系は皆無で、ささら・番楽などの芸能がほんの少し(それも規模縮小して)行われた程度、鹿島様のお祭りや鹿島流しなどの行事も幾つか行われたようですが、例年に比べると激減と言っていいような状態です。
      コロナ禍が早く収束することを願うのはもちろんですが、この状況のなかでどうにか開催にこぎつけた行事もいくつか見に行くことができましたので、この先のブログ記事で伝統行事のたくましさやしたたかさのようなものを感じ取っていただければ幸いです!!

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